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2007年2月18日 (日)

決め付けないでほしい

実はしばらく前から自分の中でモヤモヤと、まだちゃんとした言葉にならない感覚がある。

いずれ書きたいと思いながらも、それはものすごく大きなテーマのような気がして、そして、すごくすごく大切なことのような気もして、自分の中である程度きちんとまとまって、時間や気持ちの余裕のあるときに丁寧に書きたいと思っていることであり、正直、今の自分の状況からすると、それらについて書けるのは少し先になるだろうなと思っている。

しかし、昨日あるブログを読んで、どうしてもこれだけは言っておきたいと思った。
例によって、少なくともブログ上ではかなり有名な方のようだし(きっとアクセス数では私の5倍、10倍おありなのではないかと思う。)、面識も何もない方なので、実際にどれだけ影響力がある方なのかはわからないが、ある記事にどうにも背筋が寒くなるような感覚を覚えたのだ。

ひと言で言えば、安易に決め付けないでほしい。軽々しく断言しないでほしい。
あなたが全知全能で、絶対に間違いを犯さない方なのであれば構わない。けれど、そうでないのなら、ひとりの人間でおられるなら、ご自分のお考えを述べるのはもちろん自由だが、断言しないでほしい、そう思った。

個人攻撃をする気はないし、ものの考え方や価値観は人それぞれなのはよくわかっている。
例えば、私は直接の面識はないものの、みかみ先生は素晴らしい先生に違いないと思っている。好きか嫌いかと聞かれれば、迷わず好きだと答える。
それでも、私自身は勉強を苦しいものだと思ったことがあまりないし(まあ、高校時代落ちこぼれかけたときは正直苦しかった気もするが)、受験に対して勝ち負けという意識もない。
それは考え方の違いであり、別にみかみ先生を否定しようとも思わないし、かといって同調しようとも思わない。

そういう意味で、自分と違う考え方がいくらでも存在することぐらいわかっているし、むしろ、自分と同じ考え方の人の方が少ないのだろうとも思っている。
特に、同業者の中で私は恐らく異端なのではないかとさえ思うから、お前がおかしいんだと言われれば、そうなのかもしれない。

でも、こと、子どものことに関してだけは違うと思ったら反論もするし、それは危険だと思ったら自らの意見を主張もする。
そういう意味で、今回は書かねばと思った。個人攻撃しようとか、そういうことではないので、それだけはお断りさせて頂く。

昨日読んだあるブログで、子どもの能力差は「聞く力」の差だというようなご意見を書いておられる方がいた。(かなり端折っているので、実際はもっと具体的に書いておられたけれど。)

更に、小学校低学年ぐらいまでは教科書内容が簡単すぎて、差がつかない、理解できない子などいないはずというようなことも書いておられた。
しかし、私から言わせれば、それは大人の目から見た想像の意見に過ぎないように思える。

もちろん、聞く力は重要な要素のひとつであろうとは思う。それを否定する気は毛頭ない。
しかし、仮に幼い子ども達が集まっている場で、先生の話をしっかり聞ける子と聞けない子がいたとして、それは単純に「躾」や「働きかけ」の差によるものとは言えない面が絶対にあるはずだ。

以前ご紹介した松永先生の「男の子を伸ばす母親は・・・」の著書などでも書かれていたけれど、聴力の男女差というものもあるようだし、もちろん、性別だけでなく個人差もあるだろう。

また、ちょっとしたことが気になってしまう性格の子であれば、先生のお話中であっても、何かに気をとられていて返事ができないことだってある。
更に、一所懸命お話を聞いていても、だからといって誰もがすぐによいお返事ができるとも限らない。

実際、私のところの子ども達だって、同じ年齢でもできることはバラバラだし、同じ親が育てたって性格も能力もバラバラだ。
それこそ、同性の双子であったって得意不得意が異なるぐらいなのだから、訓練などによって、みんなが「きちんと聞くべきとき」に「集中して」話を聞き、「すぐに」「望ましい」反応を返せるかと言われれば、私は無理だと思う。

理解に時間がかかる子であれば、一所懸命聞いていても、まだ理解し終えていない間に先生は次の話に進んでいるかもしれない。
だからといって、そういう子が賢くないかといえば、それも一概には言えない。
理解に時間はかかるけれど、じっくり考えて必ず自分のものにしていき、結果的に無理だといわれていた志望校に合格していった中学生を知っている。
教室の子ども達だって、反応は遅く、理解するのはゆっくりだけれど、理解すれば確実に身についているというタイプの子だっている。
その子たちは私から見れば十分に賢い。

極端な話、もし幼稚園の先生のお話をきちんと聞けない子がいたとして、先天的な障害などがないのであれば、先生の話が面白くないということだともいえるのではないか。

少なくとも、子どもを惹きつける力が足りないであるとか、お話の内容が難しくてわかっていないということなども考えられるはずだ。
つい先日ウロコ先生のブログにもそんなことが書かれていた気がするけれど、子ども達は楽しいこと、大切だと感じること、理解できることであれば、普通は聞くはずだ。

更に、幼児期は発達の差もあるし、例えば4月2日生まれの子と翌年4月1日生まれの子が同じ学年にいるのだから、幼児期であればあるほど、その能力差も大きかったりするはずだ。それを一律に見て、あの子はちゃんとできるけど、この子はできていないから訓練すべきだという発想にはとても危険なものを感じてしまう。

影響力のある方が何かを断言すれば、それをご覧になったお父さん、お母さん方がそのままに受け取って、「早速訓練しなくっちゃ!」と思ってしまわれることがこわい。

もちろん、能力的にそれに耐えうる子もいるだろうけれど、あまり幼いうちから、その子の状態もよく見ずに訓練しようとすれば、かえって望まない結果を生むことだってあるに違いない。

子どもを育てるということには多分マニュアルなんてなくって、全て一人ひとりのオーダーメイドでなければならないはずだ。
そして、それができるのは他ならぬお父さん、お母さんたちであろう。(私ができることはせいぜい僅かなお手伝いでしかないだろう。)

目の前の子を見て、その子の幸せを考えて、マニュアルや著名な方のお話などに踊らされることなく(もちろん、素晴らしい先生、素晴らしいご意見も沢山ある。ただ、鵜呑みにするのではなく、常に「自分の子どもにはどうだろう?」と一度考えてみて頂くことも大切なのではないかと思う。)、素敵な子育てをして頂きたい。

子育て経験のない私が偉そうに言えることではないのだが、大切な子ども達のためにも心から願っている。

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コメント

そうですね、すっと腑に落ちると言うか要領よく
理解して難なく出来る子供や、中々腑には落ちないのだけれども一度理解するとオリジナリティー
あるアウトプットが出来るお子さん。色々でしょう。学力点数と言う面ではちょっと前者に分があるかな?とも思いますが、後者はそれ以外の面で
ユニークな独自性発揮するケースも見られ、人生
どちらが勝ち組に近いか(笑)なんて分かりません。まあ価値観のパラダイムも変化してます。
あまり小さい枠で子供を観ることは無意味と思いますね。

生きる力としての学力、ささやかな副産物の学力&合格。これ位のスケールと哲学が欲しいですね
、あまり枝葉末節の部分で子供を見ても伸びないかなと思います。
(素人がスイマセン。あくまで一父親の意見です)

投稿: 金の字 | 2007年2月19日 (月) 20時19分

いつもありがとうございます。
嬉しいです。
子育てしたこともないくせにと言われれば何も言えなくなる身ですので、
子育てしておられる方にそう言って頂けると嬉しいです。
同業の方の多くは低学年は守備範囲外、もしくは添え物的扱い
という方が多いでしょうし、高学年以上のお子さんを見ておられる
先生方は同じものさしで幼児や低学年も測ろうとされがちですよね。
実際、私も数年前までは低学年と高学年で指導を変えるべきという
感覚は持ち合わせていませんでしたし。
色々難しいところですね。
けど、小さな小さな声でも気がつくたびに上げ続けていこうと
思っています。
ありがとうございます。

投稿: TOH | 2007年2月19日 (月) 20時42分

はじめまして。
楽天のmasa/k先生のページを経由して、
訪問させていただきました。

千葉で細々と、「個別学習ヴァージャー」という塾を営んでいる、岡本と申します。

子供の数だけ方法はある、そう思って日々奮闘しています。私にもまだ子育ての経験はありませんが・・・・。

お邪魔いたしました。


投稿: verdure-okamoto | 2007年2月20日 (火) 18時14分

岡本先生、ご訪問ありがとうございます。
私はときどき先生のブログ拝読しております。
細々となんてご謙遜を・・・。先生が細々だったら、私は一体・・・。(苦笑)
今後ともどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: TOH | 2007年2月20日 (火) 21時14分

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