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2007年2月22日 (木)

なんか難しいな・・・。

昨日チラッと書いたが、今回はブログでご批判頂いたことがきっかけでひとつのご縁を頂いたのだが、それにまつわることでなんか考え込んでしまった。

その一件を気にかけてくださって、今日はある大御所先生がわざわざご連絡をくださったのだけれど、先生からのお話を伺って、また一層考え込んでしまった。

私は普段、極力個人攻撃になるような記事は書かないように心がけてはいる。
ただ、時々はどうしてもそれは違うんじゃ?と思うような記事に出会うこともあり、それが面識のない方であれば、基本的には争いが大の苦手な私はコメントを残すということには二の足を踏んでしまう。かといって、一度メールを差し上げてもきちんとリアクション頂けなければ、その次はもうメールしようとも思えなくなる。
そうして結局、消化できない思いを記事にするなどということも出てくるのだ。

喩えが正しいかどうかわからないが、私は大量・高速機械的反復学習には反対の立場をとっている。特に幼少期に関しては絶対反対の立場だ。
けれど、もし私がそう思っているからといって、その学習法をしている教室の先生に「それは絶対やめたほうがいい。こんなに危険なんだから!」と直接申し上げたところで、その方にはその方の信念やお考え、そして何より生活もあるわけで、「はい、そうですか。わかりました。」となることはほぼあり得ないだろう。

また、私は典型的日本人なので特に宗教信仰はしていないのだが、何かの宗教を熱心に信仰している方が別の宗教を強く勧められたって、そう簡単に宗旨替えすることはないのではないだろうか。

そういう感覚で、この方になら直接お話すれば何か感じて頂けるかもと思う場合と、最初からきっと無理だなと思ってしまう場合もある。

後者の場合、それなら何も書かず黙って読み流せばいいのかもしれないが、我ながらどうしてこうなんだろうと思うけれど、こと子どものことに関してだけは、それは危険だと感じると何か言わずにおられない。
だから、そういうことに関する批判めいた記事はこれまでにも何度か書いたと思う。

さて、ところでだ。

今日連絡をくださった大御所先生は、ある有名なブロガーの先生は記事に書いていることと実際にしていることは結構違うんだよと(書いていない部分でしっかり子どものことを考えているんだよと)教えてくださった。

また、私はほぼ間接的にしか存じ上げないのだけれど、やはりブログ界では有名な、いえ、ブログを離れても塾業界では結構知られているのではとも思う先生がいらっしゃる。

その先生のブログは最近はなんだか随分とマイルドになったように感じるのだが、以前は読んでいてしばしば「なんでそんな書き方するんだろう・・・」と思うことがあり、正直なところ、私はその記事から受ける印象で、その先生のことがキライでもあった。

しかし、その先生を直接ご存知の方が沢山おられ、その方々から伺うお話では、ブログとは全くキャラが違っていて、とてもいい方なのだと皆さんが口を揃えておっしゃる。

(ふぅ~ん、そうなのか・・・。だったらあんな書き方しなきゃいいのに・・・。)

私はそうとしか思えなかった。

私にとってのブログは、多少いいカッコしているところはあるかもしれないが、基本的にそのまんまである。

思ったことをそのまま、その日の出来事をそのまま。
もちろん、個人情報など、伏せねばならないところなどは若干ごまかしたり、作ったりするときはあるものの、それ以外の部分は自分の普段考えていること、普段やっていること、それをそのまま表現している。

自分がそういう人間なので、他の方のブログも基本的にそういう風に受け取る。
常に立派なことを書かれている方は立派なのだろうと思うし、常に軽いノリで書いている方はそういう方なのだろうと思う。
もちろん、すごく仕事のできる方がわざとふざけた記事ばかり書いておられることもあるのは何となくわかる。
しかし、何かを主張する記事を書いたときには、それは本当のその方の考えだと受け取る以外、私にはできない。

もちろん、面識のある方の記事であれば、イメージと違うなぁとか、そんなこと思ってないくせにとか、そんな読み方もできるであろうが、全く知らない方の記事はその記事に書かれたことをそのまま受け取るしかできないのは仕方ないのではないだろうか?(残念ながら私には予知能力とかの特殊能力はないし・・・。)

こんなことをここで書いても仕方ないのだけれど(何しろ弱小ブログですゆえ(苦笑))、おふざけ記事はともかく、何か確固たる主張をされるときには願わくば本音で書いて頂きたい。

著名なブロガーの方々であれば尚のこと、読者でその先生方に面識がある方の方が少ないのだろうし、そうであれば、その先生のご意見はそこに書かれた文章からしか受け取ることができないのだから。

そして、もうひとつ考えてしまった・・・。

どなたかの記事を読む。
それに対する自分の考えを書く。

私は普段読書のブログも書いているが、著書紹介は正に「どなたか」の表現されたものを読み、それに対する自分の考えや意見を書いている。

それと同じ感覚でブログ上のどなたかの記事を読み、それに対して自分の意見を書くということは控えた方がいいのだろうか?
賛成意見なら書いてもよくて、反対意見なら直接ご本人宛に言わねばならないだろうか?

いや、何を考え込んでしまったかといえば、どこからが批判で、どこまでが意見なのかということだ。
反対意見は全て批判なのだろうか?
そういう考え方もあると思うけれど、私はそうは思わないということは記事にしない方がいいということなんだろうか?
どうにも答えが出ない・・・。

というか・・・結局、何より一番のお願いは、「あんなこと書いているけど、実はいい先生なんだよ?」というパターンはなるべくなら避けて頂けると嬉しいなと。。。
そこまで裏を読めるだけの能力は残念ながら私にはないもので・・・。

逆も問題ではあろうけれど(「いいこと書いてるけど、実はひどい先生なんだよ・・・っていう。)、それは直接会えばわかることだろうし、文章で取り繕ってというのはまあ・・・会わない限りあまり問題はないような気もするので。(ブログ上で批判とかってことには発展しないので。)

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コメント

こんばんは。
また読ませていただきました。(笑)

ブログとリアル。捉え方が難しい問題ですね。
私のところも弱小ですが、何かを発信することに関しては、規模やポピュラリティは関係ないと、自分勝手に思っております。(笑)
意見の相違はあって然るべきでしょうし、成熟した大人であれば、批判を受けたら受けたで、大人の対応をすればいいだけでしょう。

ただ、どんなカタチであれ、一方的に「言うだけ言って反論の機会を与えない」ようなスタイルのブログ(誰だか分からない、コメント出来ない等)は、やはりそれだけのものなんだな、と思うようにしています。

「文は人なり」だと、私は思います。


長々と書いてしまいました。(読んだら消去されてもかまいません)


これからも先生のブログは読ませていただきたく思います。


お邪魔いたしました。

投稿: verdure-okamoto | 2007年2月23日 (金) 00時30分

THO先生の仰る通りと思いますよ。
どんなレベル規模でも、塾経営者や教育者が発する言葉、いやどんな方でも言葉を文字にして公に
発する場合にはそこに何らかの言いたい事や主張、視点、解釈でも良いので発言者の意見は何なのかが無ければ意味がないと思ってます。
私もブログでは愚論でも自らの視点は必須と思ってます。

ただ真面目な論vs論のコミュニケーションにはブログやメールは向かないのでは?コミュニケーションの中でもかなり
デリケートな部分なので建設的にはなり難いと個人的には思います。

開口健は小説家は無人島から書いたものをビンに
入れて海に投げるようなもの・・と言いましたが
自分としてはそんなイメージでブログは書いています。

投稿: 金の字 | 2007年2月23日 (金) 08時51分

岡本先生、こんにちは。
またまたコメントありがとうございます。
うちは文章も長いので、長いコメントも歓迎です。(笑)
「文は人なり」
いい言葉ですね。
皆さんがそういう風に文章を書いてくだされば、私の
悩みも少し軽減するんですけど。(苦笑)

投稿: TOH | 2007年2月23日 (金) 12時28分

金の字さん、毎度ありがとうございます。(笑)
ところで!!!
金の字さん、ブログを書いておられるんですね!?
読ませて頂きたいなぁ~~~。内緒ですか?
きっと素晴らしい文章を書いておられるのでしょうね。
読みたい、読みたい!!(笑)

投稿: TOH | 2007年2月23日 (金) 12時30分

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