「なんだったんでしょうね。。。」
一昨日のブログに少し書いたのだが、つい先日、最近通ってくれるようになった子と掛け算のレッスンをしていた。
その子はこれまでにそろばんや進学塾などでも勉強をしており、既に掛け算は筆算までやっていると聞いていたのだが、もともと、お母さんがどうも実感を伴っていないような気がすると感じられて尋ねてくださったという経緯もあり、復習を兼ねて教具を見せながら掛け算をやり直してみることにしたのだ。
九九はもう完全に覚えてしまっているため、それに少しでも実感が伴えばということで復習をしたわけなのだが、やはり先に入ってしまったものは抜けるはずもなく、テクニックで答えを出し、その答えが合っているか合っていないかを確かめる術は持たないような状態だった。(そんな子は決して少なくないように思うけれど。)
九九の範囲はもう仕方ないなということで、2桁×1桁を教具を見ながら考えてもらう方へ移行した。教具を実際に目の前に置いているにも関わらず、既に答えを出す方法を知っているため、目で見た数を考えようとするより先に、そろばんをはじくように指が動いたりしている。
しかし、合わないときが少なからずあり、そのたび私が「これを見て。全部でいくつ?」と教具に目をやるように促すと、ようやくそれを見ながら考えるという状態だ。
もちろん、一気に変わるものではないことぐらいわかっているし、仮に計算に関してはテクニックである程度まで行ってしまっても、違った方向から刺激を与えることでテクニックに実感が伴うこともあるだろう。
けれど、正直大抵の場合かなり時間がかかるし、子どもも最初の壁を越えるまでかなり苦しそうにする。そこを乗り越えるのを放棄してしまえば、その子が変わることは難しいかもしれない。
まあ、そういう子どもは結構多いので、何も彼が特別なわけではないけれど、学校より先取りして学ぶものに関してまで、テクニックだけを優先させる意味はどこにあるのだろう?
77×7を98と答えることに違和感を感じない状態で計算の方法だけ知っていることに、一体どんな価値があるのだろう?
レッスンが済んだ後、少し離れたところでレッスンを見ておられたお母さんがつぶやかれた。
「いっぱいやってたんですけどね。なんだったんでしょうね、あれは・・・。」
この親子はまだ幸せだ。低学年の段階でお母さんが実感がないことに気づき、どうにかしなければと思われたのだから。
真っ白な状態からやるよりは少し時間はかかるかもしれないが、まだ充分取り戻せるはずだ。(もちろん、機械的反復学習を継続しなければの話だが。)
けれど、気づかない親御さんの方がきっと多いのだと思う。
そうでなければ、こんなにも根強く「大量の機械的反復による学習」が広範囲で受け入れられるわけがない。
あなたのお子さんは大丈夫だろうか?
方法だけを覚えて、実感も何もないのにどんどん先に進んではいないだろうか?
子どもの大切な大切な時間を無駄にしないためにも、お父さん、お母さんが数年後に後悔しないためにも、目の前のお子さんの状態をきちんと見ながら、ゆっくりじっくり進んでいってもらいたいと強く強く思うのだ。
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コメント
こんにちは。
最近すこしづつですが、怖さがわかってきました。
小学校でも二年に九九を2分以内?に言えたらメダルをもらえる。って息子が言っていました。
僕は早口が無理だから練習しないよー。とも言っているので放っていますが。。。。
悪いとも言い切れないですので(まだ僕自身がよくわかっていない)聞いているだけです。
なんだかなぁーという感じです。
投稿: 惣助 | 2006年12月 2日 (土) 11時45分
惣助先生、こんばんは~。
寒くなりましたが、お変わりありませんか?
九九を2分以内で暗唱ですか~。ま、私としては九九は覚えた方が
便利なので、覚えたらいいというか、覚えないと時間がかかって仕方
ないと思うので、完璧な暗唱はできるようになるに越したことはない
と思いますが、暗唱させるにしても、それは何をやっているのか
理解した上でやっているかどうかというような部分がポイントになる
のではないかと思います。
実際、うちの子たちも九九はみんな学校でやって覚えています。
ただ、九九の暗唱から入るか、掛け算とはなんぞや?というところ
から入るかで、その後の結果が違ってくるような気はしています。
投稿: TOH | 2006年12月 2日 (土) 19時50分