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2006年9月20日 (水)

またもつらつら考える

昨日、また、とあるブログを読んで、ちょっと背筋が寒くなるような感覚に襲われた。
それは以前にも違和感を感じたブログで、だったらもう読まなければいいじゃないと自分でも思うのだが、たまにふと覗いてみるとこういうことになる。

そこに書かれていた内容に違和感を感じる方はきっと少ないだろう。
それどころか、賛成か反対かのどちらかを選べと言われたら、きっと前者の方が圧倒的に多いんじゃないだろうかとさえ思う。
特に教育関係者たちであれば、もしかすると9対1かそれ以上の割合で、記事に賛成するのではなかろうかと、そんなことを思いながら読んだ。

だからこそ、なんだか背筋が寒くなる思いがしたのだ。

私はこのブログでずっと、幼少期の機械的反復学習について否定的立場をとり続けている。
もちろん、それを否定する代わりに、幼少期にそれをしなくてももっと楽しく、もっと短時間で、同等以上の力をつけることができる方法が自分の目の前にあるからこそ、否定しているのであり、それはダメだと一方的に言いながら、代替案がないというわけではない。

だから一層、幼少期には弊害が大きいと思われる学習法(大量の機械的反復学習)を選ばなければならない理由がわからないのだ。

それでもそれを選び続ける方が跡を絶たないのは、言われている弊害をまだご存知ない方が圧倒的に多いこと、教育や子育てに「絶対の正解」というものがないこと、同じ子どもを二度異なるパターンで0歳から育て比べることができないことなど、色々な理由が挙げられるのだろう。

今回違和感を感じた記事は「小学生時代にはたっぷり遊ばせるのが大事」という意見に対して、それはあくまでも家庭できっちりと子どもを管理できていればの話というようなことが書かれていた。

しかし、どうしても自分にはぴんとこないのだ。
もちろん、人はみんな、自分の経験がまず大きな基準になるのだろう。自分の経験してきたことをよかったと思えば自然とそれを人に伝えていこうとするのだろうし、よくなかったと思うことは反面教師として生かしていくのだろう。基準はやはりまず自分の経験なのだ。

親が中学受験をして、その後の学校生活などに満足をしている場合、子どもにも同じように進ませてやりたいと自然に願うようになるだろうし、勉強嫌いで学歴はないけれど、その代わり何かのお仕事でバリバリ活躍されているような親であれば、勉強よりまず手に職だと思うのかもしれない。

私はたまたまサラリーマン家庭に生まれ、両親とも学歴が高いわけでもなく、かといって勉強ができなかったわけでもなさそうな、そんな環境で育った。勉強に関してうるさく言われることは一切なかったし、テストでどんな点を取ろうとも叱られた記憶もない。だからといって放任であるとか無関心だったとかいうのとも違う。
そんな風に大きくなり、今の私がある。
そのブログを書いた方には、厳しく親に管理され、指導されて育ったご経験がおありなのかもしれない。

以前にも書いたかもしれないが、私の小学生時代は、高学年でも本当に毎日お天気さえ悪くなければ、完全下校のギリギリまで運動場で走り回ったり、遊具にのぼったり、手打ち野球やドッヂボールをしたりと、さながら「男の子」のような生活を送っていたように思う。
帰宅すれば宿題はやったけれど、それ以外には塾に行ったこともないし、その頃には宿題以外の勉強をした記憶は殆どない。

本を読むのは好きだったし、文を書くのも好きだった。けれど、「勉強」は決して好きではなかったし、宿題などのやらなければならないことをやっていれば、親はそれ以上何も言わなかった。中学高校もずっと運動部で、この6年間は習い事は、塾も含めて見事に一切していない。

もちろん、小学校時代に、今学校で習っていることさえおぼつかない状態であれば、親は何か手を打つべきだと思う。高学年になっても足し算・引き算もおぼつかないような状態であれば、「子どものうちは遊んでいればいい」とも言えないだろう。しかし、基本さえきちんとできているのであれば、大量にやらせる必要などないし、その分しっかり本気で遊ばせればいいと、私はホントにそう思う。

書きたいことが色々あって、どこから書いていけばいいのか迷い迷い書いているので、話がまとまっていないかもしれないが、お許し頂きたい。
この仕事をしながら、最近富に思うようになったことがある。

例えば、もし今お子さんに何かスポーツを習わせようと思ったとき、その指導者がこう言ったとしよう。

「足腰を鍛えるにはうさぎ跳びが一番!さあ、今からうさぎ跳びでトラック3周!」

あなたはそんな指導者に子どもを預けようと思うだろうか?

「スポーツに勝つには精神力が大事だ。どんなに苦しくても練習中は水を飲むな!」

こういう指導者だったらどうだろう?

今なら非常識と言われるこれらのことだって、私たちが子どもだった頃にはまだ「常識」としてまかり通っていたことは、多くの大人が知っているはずだ。
これまで常識とされていたことが実は非常に危険だった。子どもには絶対やらせてはいけないことだった。そんなことは私が知っているだけでもいくつもある。
なのに、こと「勉強」に関しては旧態依然とした方法が未だに大手を振ってまかり通っている。もちろん、いい方法もあるには違いないし、全てを否定する必要もない。昔ながらの伝統の方法で、素晴らしいところはもちろん長く受け継ぐべきだろう。
ただ、それが本当に素晴らしいのかどうかは他の何かと比較して初めて判断できることなのではないだろうか。

(と、ここまで書いてそろそろ時間切れです。続きはまた夜にでも。)

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