食べるということ(2)
(昨日の続きです。)
もう日付も変わる頃、仕事で疲れて帰ってきてキッチンで包丁を握る。長らく面倒でそんなこともしていなかったが、作る人の思いがこもった新鮮なお野菜を料理してすぐ頂く。そうすることで疲れが軽くなるような気がした。そして、何より気持ちまで満たされるような気がした。
改めて、食事というのがいかに大切なのかということを感じた。
もちろん、私の仕事は体が資本で、私が倒れたら代わりにレッスンをしてくれる人がいるわけでもないし、レッスンができなければ当然私の生活も成り立たなくなる。
だから、忙しいながらも睡眠や食事にはある程度気をつけているつもりだったが、手間のかからないものばかり食べていては、「心の健康」までは維持できないのかもしれない。ちょっとそんなことを思った。
有機栽培のお野菜は、通常、スーパーなどの店頭に並ぶものより値段が張るし、更に近所のお店でちょっと購入ということもまだまだ難しい。宅配などをやっている業者などの広告もたまに見かけるが、ひとり暮らしの上、毎日必ず自宅で食事をするとは限らない私には分量が多かったりもして、これまで利用することもなかった。
しかし、手頃なお値段のものをスーパーで買って、それを使い切れずに捨ててしまうのであれば、作った人が見えるものを少しの量買って、残さず美味しく頂く方が結局は体にも心にも、環境にまでもいいのではないか、そんなことを考えた。
とは言っても、このところ慢性的にバタバタしているので、思い切ってそんな生活に切り替えられるかどうかはわからないが、今回のことで改めて考えたことがある。
「食育」という言葉が使われるようになって結構になるが、子どもにとって「食べる」ということは単なる体の健康のためだけではなく、むしろ「心の健康」のためにとてもとても大切なことなのではないかと改めて感じたのだ。
あくまでも頭の中のイメージでしかないので、当然例外もあるだろうし、一概には言えないだろうが、「お母さんの手料理」が食卓に並ぶ家庭の子どもは、ファーストフードや出来合いのお惣菜、冷凍食品などのメニューが並ぶ家庭の子と比べて、色んな意味で「健康」のような気がするのだ。
お母さんの手作りといったって、何も「○○の××風」とか、手の込んだ料理じゃなくって構わないと思う。お野菜を切って炒めただけ、お肉を焼いただけ、お魚を煮ただけ、そんなメニューだって、子どもの健康を気遣い、心を込めて作ったものであれば、きっとそれは目に見えない力となって子どもに届くような気がする。
最近は世の中がどんどん便利になり、作る手間を考えたら買った方がかえって安かったりということだって少なくないだろうし、お母さん達も何かとお忙しいだろうから、毎日手作りの食事というのは難しいかもしれないが、子どもが小さい間は、それこそ、家事の中で最優先すべきことが食事の支度なのかもしれないとさえ思う。
掃除はしなくても死なないことは私が身を持って証明しているし(・・・威張って言えることではないけれど・・・)、お洗濯は殆ど機械任せでできるはず。他で手を抜いても、「食べること」はおろそかにしてはならないのではないか、そんな風に思う。
食事の支度に割く時間があれば、その分他に使いたい。
最近はもっぱらそんな風に思ってしまっていた私だが、今回だんきちさんのお野菜を頂いたことで、ちょっとその考えを改めよう、そう思った。
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コメント
朝ご飯にも
おやつにも、おもたせにも
登場する おにぎり♪
これで、なんとか母の面目を保っています(^^)
元気なお野菜を召し上がって
先生の細胞ちゃんたちを喜ばせてあげて下さいね♪
投稿: ころころ | 2006年9月16日 (土) 01時27分
我が家の場合も、忙しさのあまり、子どもたちは0歳から保育所&留守番生活をしていました。それでも、なんとか心の健康を保ったまま、育ってくれたのは、やっぱり「食べること」だけはおろそかにしなかったからかな、と思います。
今も起きて台所に入るなり、子どもらはもうろうとしながら、パンを焼いたり、ごはんをよそったりしています。「食べること」に対する執着がある子どもはやっぱり心も健康なように思います。
投稿: だんきち | 2006年9月16日 (土) 13時40分
食事の支度をするのは、お母さんじゃなくてもいいんです。我が家ではもちろん父親も料理しますが、小学校のうちから子どもが食事を用意することもあたりまえでした。
「仕事が忙しいからつくれない」という声はよく聞きますが、「じゃあ、子どもにつくってもらったら。」というと、みんなきょとんとします。「そんなの、無理」って。でも、子どもにもできます。やらせれば、必ず、できるようになります。
投稿: だんきち | 2006年9月16日 (土) 13時46分
仕事から疲れて帰ってきた時に、暖かいご飯が用意されていたら、こんなにうれしいことはありません。その準備をする子どもは決して「お母さんがつくってくれないかわいそうな子ども」ではありません。「食べたいものが自分でつくれる」「人の分もつくることができる」ラッキーな子どもだと思います。
「子どもの食生活」をいうと、どうしてもお母さんにプレッシャーがかかってしまうものですが、お母さんも忙しい今、もっともっと「子どもにご飯をつくってもらう」ことがあたりまえになってもいいのにな、と思います。ちょっとした考え方の転換で、仕事を持つお母さんもずいぶん楽になるものです!
投稿: だんきち | 2006年9月16日 (土) 13時58分
ころころさんこんばんは~。
ご無沙汰しててすみません。。。
体にいいものを「体にいい!」と思って食べるときっと効果倍増
なんだろうなと思っています。(笑)
おにぎりかぁ。確かに「母の愛」って感じですよね~。
投稿: TOH | 2006年9月16日 (土) 19時27分
だんきちさんこんばんは!
ホントですね、そうですね、それはとっても素晴らしい意見です。
私の母は私が小学生の間は完全に専業主婦だったので、お手伝いも
ろくにしないまま成長してしまい、それが当たり前になっていて、
そんな発想がありませんでした。
けど、ホントそうですよね。お母さんが絶対作らなくてもいいん
ですね。ホントだ。素敵だ。
投稿: TOH | 2006年9月16日 (土) 19時29分