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2006年9月28日 (木)

うまく説明できないけれど

今の学習法での教室を始めてから3年数ヶ月が過ぎた。その間、もちろん初めは毎日とは行かなかったが(何しろスタートは子どもが全部で6人だったし)、来る日も来る日も子ども達と一緒に問題に取り組み、パズル問題も数え切れないほど沢山解いてきた。

もともと、教室を始める前に大先生に「まず自分で全部解いてみなさい。自分で解けないような人は指導できませんから。」と言われ、それもそうだとメインの教材に関しては全てのプリントを解いてから教室をスタートさせたのだが、普段はその答えは見ずに、その場で子どもの解いているものを見て丸付けをするようにしている。

まあ、そうなったきっかけのひとつには、初期のメンバーのひとりがある日ふと口にしたひと言がある。
その子は短期間K式の教室に通っていたらしいのだが、

「Kの先生はずるいねん。答え見ながら丸付けする。」

そんなことを言ったのだ。
もともと、低学年向け教材なので、初めのうちは大人なら見てすぐわかるものが多いということもあって見ずに丸をつけていたのだが、そんなことを言われたら、もう答えを出してくることなんてできない。(笑)

まあ、イレギュラーで一度に進度の違う子を3人見なければならないなど、急いで丸付けをしなければならないときだけは「自筆」の答えを見ながら丸付けすることはあるが、「自分で解いたんだからいいでしょ?」というと子どもは納得する。

ちょっと話はそれたが、お蔭で普段はできる限り解答は見ずに丸付けをする習慣が付いてしまったため、プリントによってはもう何十回も見ているものも出てきた。
それだけ何度も何度も見て、そのたびに考えていると、不思議なことにどんどん新たな発見をするのだ。

特に小学校の間に習ったことなど、やり方を教わって、それを覚えて解いたということが多く、なぜそうなるのかとか、もっと簡単な方法はないのかとか、そういうことを考えることなく通り過ぎてきたものが多い。

例えば、分数の割り算はひっくり返してかけることは知っているが、普通はなぜそうなるのかを考えたことがないというようなのも一例だ。

私は高校で理系の数学に挫折し、理系崩れの文系で進学したため、難しい数学はわからない。
けれど、小学校で習う内容については、子どもの頃にわからないと思ったことはなかったような気がするし、今更復習するまでもないと思っていた。

それなのに、やればやるほど発見があるのだ。
それにはさすがに自分でも驚く。

うちのスーパー5年くんがしばしば、こともなげに面倒な計算をやってのけ、「なんでそんなにすぐ答えが出るん?」と不思議がる私に、彼の方が(なんでそんなに不思議がるん?)とでも言いたげな顔をすることがあるのだが、理屈じゃないんだなと、説明できないけど感覚的にわかる、できるということなんだろうなと、その境地がほんの少しわかる気がする。

以前、今はどうにか考えられるようになったのだが、あるパズル問題がどうしても今ひとつ理論立てて解くことができず、どうやって考えたらいいのかお尋ねしたときに、大先生が「できる人はできる、できない人はできない。それが能力ってもんですよ」というようなことをおっしゃったことがある。

ちょっと誤解を生みそうな表現ではあるが、最近はあのときの大先生の言葉の意味がしみじみわかる気がするのだ。

歩けるようになった子どもに「なんで歩けるの?」とか「どうやったら歩けるの?」と尋ねても、うまく説明なんてできないだろう。
それこそ「歩けるから歩けるの!」だ。

だから、スーパー5年くんに「なんでそんな計算が一瞬でできるの?」と尋ねたところで、彼にとってそれが当たり前過ぎて、理由がわからないのだろう。

感覚で理解し、感覚的に解けるようになってしまったら、それはもう説明の付かない「能力」になっているということなんだろう。
運動神経のよい子に「なんで運動ができるの?」「なんで走るのが速いの?」と聞いても、大抵の場合説明できないのと同じなのだろう。

そういえば、しばしば頭のいい人はわからないことがわからないというような表現を耳にすることがあった。
例えば、学生時代ずっと優秀で、そのまま教師になった頭のいい先生などは、わからない子が「わかりません」と言っても、同じ説明を繰り返すというような話を子どもから聞いたことがある。
それはもしかしたら、結局、その先生にとってそれが理解できるのは当たり前すぎることで、それがわからないなんてこと自体想定外なのだろう。
先生にしたら「なんでわからないの?」と本気で質問したいと思っているかもしれない。

そう考えると、子どもを指導する立場の人間はよく勉強ができたという人では難しいのかもしれない。優秀すぎることが、かえって子どもを理解することを妨げる場合もあるだろう。

なんだか話がまとまらなくなってきたが、こんな歳になって、小学生の問題を眺めながら、まだこんなに次々と色んな発見があることが、どうも楽しくて仕方ない。

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コメント

こんばんわ! 私は5年生以上は子どもたちと一緒に問題を解いています。そうすると、私のほうが計算間違いをすることも多々・・。(子どもたち、喜ぶ)私が先に解くと「え~もうできたの?」と言われる。(私、得意)「え~そうやって解いたんだ!」と発見もするし、中学2年生以上は、正直、私も同時並行で勉強し直しているので、子どもたちがわからないところがとってもよくわかります!きのうも中3生と2次関数をしていて質問され、「待って!私まだそこまで行っていないから。今解いてみるから待って!」でも、そうすると、生徒がどこでつまづいたのかよくわかるから説明もしやすいですよね。「いいんじゃない、生徒と同じ目線で」と娘も塾生も言ってくれます。 そうそう、きのう2次関数の応用問題まで行き着いて、「わあ~!来たね!わくわくするね!楽しいね~!」と一番はしゃいでいたのも、私でした・・・。  

投稿: だんきち | 2006年9月29日 (金) 00時02分

だんきちさんこんばんは。
お返事遅くなりました。コメントありがとうございます。
そうやって子どもと一緒に解くのも楽しいでしょうね~。
私は算数・数学に関してはある程度はこれまでの蓄積があるので
(あくまでもある程度ですけど)、その場で一緒に解くと
いうことはあまりありませんが、パズル問題などは「私も解こ~」
というと、子ども達が俄然やる気になりますね。
そうやって同じ目線でやれるといいですよね。
では。

投稿: TOH | 2006年9月29日 (金) 22時04分

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