食べるということ
昨日、先日教材をご紹介し、一部お貸ししたお礼にとだんきちさんが有機栽培で作っておられるお野菜を送ってくださった。
「少しだけ」とメールに書いてくださっていたのだけれど、一人暮らしの上、最近は全く料理をしていない私には有り余るほどの量だった。
私は直接の知り合いで農業を営んでいるという人がいない。
たまに親のお知り合いなどが田舎から送ってきたなどといってお野菜を実家に届けてくださることはあるけれど、やはりそれは「知らない方」が作ったものだ。
そういう意味で、今回だんきちさんから頂いたお野菜は私にとって初めて、本当の意味で「生産者の顔が見えるお野菜」だった。(まあ、旦那様のお顔は存じ上げないけれど。)
不思議なもので、知っている方が丹精込めて(何しろ有機栽培だからその手間は一層大きなもののはず。)作られたお野菜を無駄にしてはばちが当たると思った。
もちろん、普段から食べ物を粗末にしてはいけないと思っているし、食事はなるべく残さず食べ、どうしても食べられないときには捨てる前に心の中で「ごめんなさい」と謝る。
それでもやはり、冷蔵庫の中でトマトを腐らせたり、葉野菜をしなびさせたり、別の場所ではジャガイモから激しく発芽させ、食べられぬまま処分することになるものも決して少ないとは言えない。
もったいないとは思うし、作ってくださった方に申しわけないとは思うのだけれど、やはり顔の見えない人が作ったものにはその程度の気持ちしかもてないということなのだろう。
昨日は教室を出たのが23時を回っていて、帰宅したときにはもう30分もせずに日付が変わるという時間だった。
普段ならそんな時間に帰って料理なんて絶対にしないし、特に夏休みは早寝早起きしなくちゃいけなかった分、夜遅くに食べると寝られなくなるし、それでも寝ると太るから、体力や健康を維持できるであろう最低限だけ食べて寝る、そんな生活を続けていた。
カット野菜の生野菜サラダに納豆やお豆腐、もずくやめかぶなどの海藻類、殆どそんなものばかり食べていたので、本当に長らく「料理」と呼べることをしていなかった。
けれど昨日は、送って頂いたお礼を、ちゃんと美味しく頂いた感想と共に伝えたかったので、久しぶりに包丁を握って火を使って、(まあ、そうは言っても料理といえるほどのことはしていないが)野菜を調理した。
(続きますが、すみません、一旦ここで帰宅します。今日は「だんきちさん自家製トマトソース」で晩ご飯を食べたいので。。。)
(帰ってちゃんと美味しくご飯は頂いたのですが、今度は眠くなって、頭が働かなくなってきてしまいました・・・。覗いてくださった方がおられたらお許しください。続きは明日書かせて頂きます。)
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