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2006年8月13日 (日)

待つことの難しさ(後編)

前編から続く。しかし・・・思いがけずまなめさんに取り上げて頂き、微妙にプレッシャーが。。。(苦笑)でも、もう書き上げてあったものなので、ご期待に添えなくても何卒お許しを。)

先日、2年生の子と掛け算のレッスンをしていた。掛け算のレッスンも暗記からは入らない。まず足し算や引き算、倍にしたり半分にしたりという操作をして答えを出す方法をさせる。
その方法で掛け算を知った子は、2桁や3桁×1桁だろうと2桁×2桁だろうと、考えて解くことができるようになる。

もちろん、2桁×2桁の計算はぱっと見てすぐできる子は殆どいない。そして、それを目指してもいない。ただ、数がどんな風に集まっていることを表しているのかを理解させ、実感させるために筆算を教える前にそれをやらせているのだ。

レッスンでは「57×42」などの面倒な計算も出てきた。これをどんな風に考えるかと言えば、例えば「57が40個と57が2個」といった具合だ。

「57が10個なら570だから、57が20個なら1140。40個はそれを倍にすればいいから2280・・・。」

見ていると、そんな手順で子どもは考えていく。(もちろん状況に応じて最初はヒントを出したりもするが。)
40個で2280とわかれば、後は57が2個だから114。これを足して「2394」という答えに辿り着く。

うんうんうなりながら考えているその子を見ながら、すごいなぁと思っていたが、その一方で、多くの大人はこんな姿を見てもきっと

「そんなの筆算でやればいいじゃない。」

とか

「なんでそんな面倒なことをわざわざするの?」

とか思うんだろうなとも思った。

まあ、2桁×2桁は大人も筆算でなければスラスラは解けない人の方が多いだろう。(私は算盤も機械的反復もしていないので、即答なんて全くできない。)
実際、急いで答えを出したいときには筆算をするし、子ども達にも暗算であれこれ試行錯誤させた後にはもちろん筆算を指導する。

ただ、その前段階で試行錯誤があるかないかは大きな差になるように思うのだ。

この2年生も、足し算をして考えながら、2回だといくつだから、4回だと、8回だと・・・と、自然と倍にしていく考え方を使っていたり、掛け算で掛ける数が1増えるごとにいくつ数が増えていくのかを嫌でも意識することになったりしているわけで、そういう「面倒なこと」をすることによって、「もっと楽にできる方法はないのかな?」とか「何か工夫できないかな?」という発想が出てくるとも言えるのではないか。

私たちの生活は、何か不便に感じることがあって、それを解消するために新しい製品が開発されるなんてことは当たり前すぎてみんな意識もしていないかもしれない。

不便に感じることがなければ、発明や開発自体が起こらないかもしれないのだ。
また洗濯の話になるが、もし昔の人たちがみんな喜んで洗濯板とたらいで洗濯をしていたのなら、洗濯機が登場することもなかったかもしれないし、登場したところで普及しなかったかもしれない。

多分、九九だって、初めは数を足すということで計算していた人たちが、同じ数を何度も足すのをもっと楽にする方法はないかということで考え付いたのではないのだろうか。

それを考えると筆算だって、苦労があって初めて生まれた計算方法なのではないか。その苦労をさせる前から筆算を教えられた子達は、その計算の便利さや素晴らしさに気づくことは少ないだろう。

これまで何度か書いているが、うちの子達は足し算・引き算でも4桁同士ぐらいまでを暗算でできるようになるまで筆算は一切指導しない。
だからこそ、筆算を知ったときに「な~んや、めっちゃ簡単やなぁ。」という言葉が出るのだと思う。もっと難しいこと、高い能力を必要とすることができる子がそれより能力を使わずにできることをやれば、できて当然なのである。

教室を始めた頃、私はどこまで待てばいいのか迷った。お月謝を頂いて、教えずに黙ってみていていいのだろうかと何度も悩んだ。
しかし、経験を重ねるうち、「この顔は何か考えているな、じゃあもう少し待ってみよう」とか「これは何も考えられていなさそうだな、じゃあ少しだけヒントを出そう」とか、多少の判断はできるようになってきた。

しかし、ヒントを出すときも本当に必要最低限だ。どんなにヒントを重ねて出したとしても、最後は子ども自身に気づかせるようにしている。

「この人は待ってくれる。」
「この人は簡単にヒントはくれない。」

そんな認識を子ども達がしてくれたら、私の一番の仕事は子どもの表情を見ていることだ。どんなに時間がかかっても、子どもが何かを考えているうちはレッスン時間が終わるまででも待つ。

2桁×2桁の暗算1問にたとえ10分かかろうとも、筆算で1分で解いた1問との重みは全く違う。10分で筆算で10問解くか、暗算で1問解くかなら、小学生のうちはまず後者をやらせるべきだ。

それをやらせた後で筆算を10分で10問でもいいだろうけれど、この順番だけは逆にすることは難しいだろう。
なぜなら、「洗濯機での洗濯を覚えた人は、わざわざ洗濯板での洗濯をしようとは思わない」からだ。

話を戻すと、三角形の面積だって、公式を教える前に何度も試行錯誤をさせればいい。その試行錯誤の中で子ども自身が発見するのを待つのが最良だ。
そして、たっぷり時間をかけてそれができるのはやはり低学年のうちなのではないかと思う。

待つことには忍耐が要る。
忙しい大人にはなかなか大変なことだ。

それでも、そこをぐっと堪えて、あと5分でも3分でも待ってあげることで子どもは何かを発見するかもしれない。
自分で何かを発見したときの子どもの表情は最高に素敵だ。

その表情を見るためにも、何か言いたくなったらまず深呼吸をしてみてはどうだろう。
その我慢が子どもの最高の笑顔を見せてくれるかもしれない。

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コメント

またまた共感して引用させていただきました。

>お月謝を頂いて、教えずに黙ってみていていいのだろうかと何度も悩んだ。
上質な「考える時間」を与えていただけるわけだから
堂々とお金をもらうべきだと思いますw

投稿: ボボコフ | 2006年8月15日 (火) 19時40分

またまたありがとうございます♪

りんご先生はボボコフさんがああやって書いてくださったことで、
もっとご自分の意見を出してみようと思われたようですよ。

多分、男性の塾長さんにはかなり少ないタイプの方なんじゃないかと
思います。きっとボボコフさんが共感されることが多い先生だと
思いますよ~。

これからもどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: TOH | 2006年8月15日 (火) 22時39分

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