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2006年7月14日 (金)

お金をさわらせよう

以前書いたことがあるように思うが、実は私は子どもの頃にちょっとおかしな趣味があった。
子どもの頃からあまり物欲がない方だったので、親に何かを買ってとねだることもなかったし、プレゼントをもらうのはお誕生日とクリスマスとお年玉と決まっていて、それにも不満はなかった。

なので、お金がほしかったとかいうことではないように思うし、実際、さわっていても「ほしいなぁ」とか「いいなぁ、これだけあったら。。。」というような感覚は全く持たなかったようにも思う。

それでも私はたびたび、母のいないときに母のお財布を取り出し、小銭だけをテーブルの上に広げて、全部でいくらあるのかを数えるのが好きだった。

1円玉、5円玉、10円玉、100円玉とグループに分け(まだ500円玉はなかった。)それぞれ何枚あるかを数え、10円玉がたくさんある場合は10枚ずつ積み重ね、10枚で100円という風にして、合計金額を出しては、満足してお財布に戻すなんてことを、どのぐらいの頻度だったかは覚えていないが、少なからず繰り返していた。

時々母に見つかることもあったが、勝手にお財布をさわっていたことに対して最初は叱られたものの、お金をとる気がないということもわかり、その後は母も多分黙認してくれていたように思う。

誰かが答え合わせをしてくれたわけではないので、その合計が合っているかさえ定かではないわけだが、なぜかその作業が楽しくて、何度もやったことを今でも覚えているのだ。

ただ、今になって思えば、あれはあれで大変役に立ったのではないかと思っている。
当然そんなことは全く意識もしていなかったが、1円が10枚集まれば10円になり、10円が10枚集まれば100円、100円が10枚なら1000円になるという風に、知らず知らずのうちに繰り上がりや10倍などの感覚を身につけていたように思うのだ。

私はそこまではやらなかったような気がするし、仮にやろうとしたって、母の財布に1000円札が10枚以上、1万円札が10枚以上なんて、まず入っていることはなかったし、結局繰り上がりの学習には直結しなかったけれど、そのあたりまでやっていれば、絶対算数で役に立つのではないかと最近しみじみ思っている。

以前にも少し書いた気がするが、例えば、「50×6」などの計算でも、ただの数字だと全く手が出なかったり、わざわざ筆算を書いたりするような子に、「50円のお菓子6個買ったらいくら?」と尋ねると、難なく「300円」と答えたりするような例は少なくない。

何かに100をかけるとか、1000に何かをかけるとか、そんな計算でも、放っておくと筆算をする子がかなりいるのだが(特に高学年になってから来てくれているような子達は殆どみんなそんな感じ。)、100円がいくつとか1000円が何枚と言い換えてやれば、大抵は即答するのだ。

もともと、数というのは抽象概念だ。例えば、ひらがなひと文字だけを取り出しても意味がないように、「2」といわれても、「2」というものは存在しないのだ。

ただ単に、経験として「2」と言われれば、おはじきが2個だったり、飴玉が2個だったり、犬が2匹だったり、折り紙が2枚だったり、鉛筆が2本だったり・・・と何らかのイメージが蓄積され、その結果「2」という形のないものを捕らえているに過ぎない。

結局それは幼い頃から色々なものに触れ、経験を重ねたことによって獲得されたものであって、何も見せず、何も触れさせず、ほったらかしにしていて勝手に数を身につけるなんてことはそうそうあることではない。

殆どの子どもは10までの数は簡単に捕らえることができるようになる。それはおそらく、手の指が10本だからではないだろうか。困ったときには数えればいい。指を折って数えることを繰り返し、そのうち指を見るだけでわかるようになり、最終的には手を使わなくても、その指を頭にイメージできるようになるのだろう。

また、教室では更にそれを玉やドットの描かれた紙などを使って、10、100、1000などをイメージできるようにしていくわけだが、ドットで1000や10000などを見せるとなると、それはそれで結構大変なことだし、家庭でそれだけのものを用意して見せるのはほぼ不可能だ。

けれど、お金であれば、1000だって10000だって簡単に見せられる。100だって、決して大きな数ではないのだ。100円玉が10枚で1000円になることがわかっていれば、「100×25」などの計算だって100円玉10枚重ねたものが2つあって、残りが5枚。それさえイメージできれば「2500」とすぐ答えられるようになるはずだ。

これは割り算にだってもちろん使える。何かを100や1000で割るときには、100円が何個になるか、1000円が何枚になるかさえわかればいいのだ。

ご家庭によっては子どもにお金はさわらせないというところもおありのようだが、大きな数でもイメージしやすい手軽なものの筆頭に上げられるのではないかとさえ思う。

もし可能であれば、1000円札もなるべくたくさん用意しさわらせてあげられたらいいのだろうけど、さすがにそれは大変ということであれば、おもちゃのお札でも、手書きのお札でも構わないだろう。

お店屋さんごっこや両替ごっこなどを、お子さんが小さいうちからおうちの方が一緒にやってあげれば、少なからず算数の助けになるのではないかと、この頃の子ども達を見ながら、改めてしみじみ思っている。

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