2018年8月15日 (水)

休みボケ

恐れていた通り、今日の最初のレッスンでは、普段ならすんなりわかることが「あれ?どうだったっけ?」と戸惑ってしまい、かなり焦ったりもしましたが、時間の経過とともにどうにか通常モードに戻れたのではないかと。

しかし、子ども達も中にはお盆休み期間はほぼ全く宿題などをしなかったという子もいて、あれ?一体どうしたの?という様子の子もちらほら。
この状態はあと数日続くかもしれませんね。

異常な猛暑は少しひと段落したのかなと思いますが、次々と台風が発生しているようで、それも心配です。
夏の疲れも出てくる頃かもと思いますが、8月後半も元気にみんなが来てくれますように。

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連休最終日

結局例年通り、お盆休みはレジャーでどこかに出かけることもないまま、毎年恒例の家族での(形だけの)精霊流しに行って、連休が終わります。
連休中、ほとんど頭を使わなかったので、今日はほんの少しだけ出勤して、明日の準備や事務仕事などをしたものの、明日からちゃんと頭が働くかちょっと不安も…。

もう8月も後半になりますが、明日からまたどうぞよろしくお願いいたします。

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2018年8月14日 (火)

連休4日目

今日も更新お休みします。

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2018年8月13日 (月)

連休3日目

今日は引き続き家の掃除と片付けをして、随分スッキリしました。
お休みもあと2日。あっという間に過ぎていきそうです。

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2018年8月12日 (日)

連休2日目

今日は未明にサッカーの試合をテレビ観戦し、のろのろと少しだけ家の掃除や片付けをして、あっという間に夜。
そんな連休2日目でした。(^-^;

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2018年8月11日 (土)

連休初日

今日は高校野球に地元兵庫の学校が2校と、10年連続予選1回戦敗退だったのに奇跡の甲子園出場を果たした白川の試合があったので、日中は珍しく高校野球をながら観戦し、晩にはイニエスタとポドルスキの初共演ということで、これまた普段はあまり見ないJリーグの試合を見、それに平行して水泳のパンパシを見…と、テレビ観戦三昧のオフでしたので、今日は更新お休みします。

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2018年8月10日 (金)

夏休み前半終了

7月後半からずっと異常な猛暑が続いていて、みんな大丈夫かな、元気に来てくれるかな?と心配していましたが、夏休み前半は体調不良でのお休みの連絡はほぼなく、ほっとしています。

教室も明日から夏季のお休みになります。
帰省される方やご旅行にお出かけになる方も多いかと思いますが、ばっちり暑さ対策をされて、楽しい休日を過ごされますように。

お休み明けにまた、元気な子ども達に会えるのを楽しみにしています。


 教室の夏季休業     11日(土・祝)から15日(水)の5日間

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2018年8月 9日 (木)

目盛りの読み方

今日レッスンをしていてふと思ったことがあります。

もう随分前になりますが、真面目で大人しい高学年に差し掛かった女の子とレッスンをさせてもらっていたときのこと。算数に少し苦戦をしているということで通ってくれることになったように記憶していますが、話はきちんと聞き、言われたことはその通りにしようとする子でしたので、こういうタイプの子であれば、学校の算数ではさほど困らないのでは?と、少し不思議に思いながらレッスンをさせてもらっていたところ、どうやら数量感覚がなかなか身につきづらいのかなと感じるようになりました。

ですが、コツコツ努力できる真面目な子だったので、学校の算数ではほぼ困ることはないのではというぐらいにまで変わってきた一方で、その子が極端に苦手としていたのが目盛りを読むということでした。
目盛りを読むといえば、子ども達にとって身近なところでは時計の文字盤の目盛りを読んだり、定規で長さを測ったりということや、リットルますなどの目盛り、数直線の目盛り、秤の文字盤の目盛りを読んだりなどがあるかと思います。
そういう基本的なものについても、その子は数えることにとても苦労していました。これまでそういう子を見たことがなかったので(ほかにできることと比較して、目盛りを読むことだけが極端に苦手という状態)、効果的な対処の仕方が見つけられず、申し訳なく思ったことを覚えています。(幸い、その後中学受験をして、行きたい学校に行けたようですので、目盛りを読む以外の部分でしっかり補ったのだろうと思いますが。)

そのことを今日のレッスンで思い出したのは、今日のレッスンの1年生さんが時計の学習をしているときに、半端な分の目盛りを読むようなものを(例えば38分から60分ちょうどまでの読み方だと、60分の位置から5、10、15、20とあと2分と数えるか、38分の位置からそのまま、1分ずつ数えるか、39、40の2分を後回しにして、40分から、5、10、15、20と除けておいた2分と数えるかなど、どう読むかでスムーズに読めたり、面倒になったりします。)一度ちらっと60の方から数えたほうが数えやすいかもと言っただけで、さっさと5、10、15…と読み始め、見ていると、時には「ここで10」といきなり10ずつ数えていたり、分の帯が2本に分かれても、その子なりに工夫をしてスイスイ読んでいく姿を見たからでした。

そして、そういえば、算数が得意、数量感覚が優れていると感じるような子達はほとんど、目盛りを読む際にも何らかの工夫をしたり、自然と読みやすい方法を選んだりしている印象があります。
他方で、算数が苦手であったり、数量感覚が身についていないように感じる子は、とにかく1目盛りずつ「1、2、3、…」と数えていく場合が多いように思います。

算数に限らず、大人が教えなくても何かが上手にできるというようなことがそれぞれの子にあるのではないかと思いますが、目盛りを読むということに限ってみても、それで算数の現時点でのその子の能力がある程度わかるのかもしれないなと感じました。

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2018年8月 8日 (水)

違いに気づいていないのかもしれない。

遡ること高校時代、入学直後からしばらくの間、高校の数学で大苦戦をし、その後なんとか抜け出して、文系の数学は得意科目にまでなったのですが、友達がしばしば、数学の公式を眺めながら、「なんでこれで解けるの?」と尋ねてきました。
進学校で、日々の授業と予習や課題をこなすだけでもアップアップの状態でしたから、その頃の私には1問1問じっくり考えて解く余裕など、公式を覚えて当てはめて解くということをしており、公式が出てくるたびに「なんで?」という友達を見ながら、そんなことにこだわっていたら先に進めないんだから、そのまま使えばいいのにとさえ思っていました。

授業ではもしかすると多少の説明はしてくれていたのかもしれませんし、参考書などを読みこめば、どうしてその公式が導き出されたかを書いてあるものもあっただろうと思いますが、そこまでの余裕はありませんでしたので、結局「なぜ?」という部分は目をつぶって、どうにか高校の授業や大学入試を乗り切ったという感じだったように思います。

その勉強の仕方に違和感を抱かなかったのは、私自身、塾などに通ったことがなく、教科の勉強といえば学校で先生から教わるもの、教わったものを覚えて使いこなせるようにするものというような意識だったからだと思います。
自分で意味を考えるより先に、先生が説明をしてくださったり、教科書を読めば説明が書いてあったりするので、話を聞いたり、教科書などを読んで理解した気になるわけです。そして、それなりに覚えて問題が解ければ、本当の意味で理解しているかどうかなどは問われることはありませんから、自分でもできているからわかっているという気でいたように思います。

そして、今なお多くの指導者が、問題が解けることと本質を理解していることはイコールではないということに気づいていない、もしくは気づかないふりをしているのかもしれないと、教室を始めて以来しばしば感じています。

知識偏重、受け身の学習ではいけないということで、アクティブラーニングという言葉を頻繁に目にするようになりましたが、本当の意味で、問題を解けることと本質を理解していることとは全くイコールではないということを理解している指導者がいなければ、結局子ども達は振り回され、形だけの学び合い、教え合いに終わってしまう可能性もあるのではないかと思います。

高校時代の友人が「なんで?」と疑問を感じたそれを、しっかり解決して、公式に当てはめれば速く処理できるけど、公式を覚えなくても解けると思える状態になって初めて、その学習内容を理解したと言っても許されるのではないかと思います。(もちろん、それではまだ不十分な場合もあると思いますが。)

少なくとも、なぜその公式に当てはめれば答えが出るのかを理解していないものの、答えを出すことはできるという状態は、テストでは得点できるとしても、本当の意味では理解してはいないということだと思います。
そういう意味では、高校時代の私は数学のほぼ全てを「理解」はしていなかったものの、まずまずの成績をつけてもらっていたので、進学校であろうと、重視されるのは得点できるかどうかだったのだと思います。

もしこの先、本当に大学入試が変わり、それに伴って中学、高校の入試も変わっていくことがあるのであれば、本質を理解していない状態では点が取れなくなっていくだろうと思います。
しかし、指導者がその本当の違いに気づいていなければ、どんな指導をすればいいのかわからないというようなことも起こるかもしれません。

例えば、問題が解けずに先生に質問に行けば、解き方、考え方を教えてくださる場合がほとんどでしょう。
どうしてそうやって解くのか、なぜそう考えればよいのかまでしっかり教えてくださる先生であればいいのですが、仮にそうしてあげたい気持ちはあっても、時間的制約や人数の多さなどでそれができないという先生もおられるかもしれません。

算数の段階からきちんと理解せずに、やり方を覚えて解くということを繰り返し続ければ、中学高校でそれ以外の方法に切り替えるのには相当な苦労を伴うだろうと思います。
定期試験や入試などの期限があり、時間的に諦めざるを得ない場合も出てくるかもしれません。

ですが、小学校の算数の段階できちんと考えて本質を理解するということを積み上げておけば、それがその子にとっての当たり前になりますから、中学、高校に進んでもそれまで通り、自分で考え、理解するということを重ねていけばよく、覚えなさいといわれる公式の大半は覚えなくても解けることも理解できるだろうと思います。

ですから、小学校の算数は本当に大事に考えてほしいと思います。
やり方を教え込むのではなく、子ども自身に理解させることを意識して頂けたら、その先必ず大きな力になるはずです。

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2018年8月 7日 (火)

考えやすくなるかどうか

子ども達とレッスンをする中で、やり方を教える代わりに、色々な考え方や置き換え方を伝えることがあります。
もちろん、考え方や置き換え方も子ども自身がつかみ取ってくれるのが一番なので、待てるものは待ちますが、どうも分かっていなさそうだと感じたり、どうにか考えてはいるもののイメージできていなさそうだと感じたりするようなときには、助け舟を出します。

今日のレッスンでも色々な場面でそんなことがありました。

ひとりは算数が好きではない3年生さん。大きな数の学習に入って数回目のレッスンなのですが、数量感覚が身に付きづらいようで、数が大きくなると尚更苦戦することがあります。
それでもどうにかコツコツがんばってくれていたのですが、数直線の問題で一番左が0、10目盛り目に5000億、20目盛り目に1兆となっているものの1目盛り目が、その子には全く見当がつかない様子でした。

5000億ではなく、5000だったら1目盛りがいくつになるか考えてもらったのですが、どうも拒否反応が出ているようでした。ただ、その子は小さい頃から自分でお買い物をしたりする経験をしているようで、500円玉や1000円札も使ったことがあるようです。
そこで10個で5000円だったら1個いくらになるのかと言って考えてもらったところ、少し時間はかかりましたが、○を10個描き、その横に5000と書いて、しばらく試行錯誤した後、○を2個ずつ囲んで(2つで1000になると気づいたようで)、1個500だとわかってくれました。

別の5年生さんは、ある数に10を掛けるところを間違えて100掛けてしまったので、答えが正しい答えより2070大きくなってしまった場合の正しい答えは何かという問題で、あれこれ声掛けをしても、2070を10で割って207という答えからなかなか抜け出してもらえなかったため、「何かを10個買うつもりが、間違って100個買ったら金額が2070円高くなったんやけど、2070円は何個分のお金なの?」というと、やっと自分の勘違いに気づき、「ああ、90個分か!」と言って、正しい答えを出し直してくれました。

更に、ある6年生さんは受験算数の問題に取り組んでいて、今日は時計の短針と長針の成す角度と時間に関する問題などをしたところ、1分に5.5度ということが分かっても、その先どう解けばいいのかなかなかつながらない様子でした。
9時(短針が長針より270度先にある状態)から時計が動いて、長針が短針より10度先になる時刻を求めるものが出てきたのですが、それ以前の問題で1分に5.5度、分を求めるときには割り切れず、分母が11になるということなどはおおよそ分かったようだったにも関わらず、考え方がまとまらない様子でした。
そこで、「270m先にいる子を追いかけて、後ろの子は1分に5.5mずつ差を縮めるとして、追いついた後更に10m先に行くまでに何分かかるの?」と時計の針ではなく、人間2人が走る問題に変えたところ、急に手が動き出し、あっさり答えを出すことができました。

時計の針の問題はある意味、2人が追いついたり追い越したりする問題と同じですから、イメージしやすいものに置き換えただけで問題の難しさが変わったようでした。

このように、全くイメージできていなさそうな場合は、数値を簡単なものに置き換えるというだけでなく、時には子どもがイメージしやすそうな物事に置き換えてあげるということも有効ではないかと思います。

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