2008年12月 2日 (火)

不思議ちゃん。

教室の子どもたちはホントにみんな可愛いけれど、可愛さもそれぞれ違っていて、当然ながら性格もみんな違っていて。

で、男の子にも女の子にもときどき不思議なことをいう「不思議ちゃん」がいるのだけれど、今日のレッスンで可愛い不思議ちゃんが突然尋ねた。

「先生、結婚したん?」

(は?なんなん、それ?唐突に…)「へ?してへんよ?なんで?」

「え、○○ちゃん(他の曜日に来ているお友だち)が、この前先生が指に指輪はめてて、どうしたんって聞いたら『結婚した』って言ってたって。」

・・・・・・・・・。
う~ん・・・・・・・・・。

多分1年かもうちょっと前まではほぼ毎日自分で作った指輪をかわるがわるはめていたけれど、ここのところ、自分でもいつからかわからないぐらい指輪自体をしていない。

おまけに、「○○ちゃん」にそんなことを尋ねられたことももちろんない。
強いて言えば、先週のレッスンで○○ちゃんに「なんで服紫なん?」と尋ねられたぐらいしか…。(その日はタートルセーターとパンツが紫で、でも、上には白のセーターを重ねていたので、ぱっと見が全身紫だったわけでもないのだけど…。)

不思議ちゃんが夢でも見たのか、○○ちゃんが何か言ったことを勘違いしたのか、○○ちゃんが夢でも見たのか………。(悩)

いっそ予知夢だったらいいのに。(をい)

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2008年12月 1日 (月)

やっぱりそう思うよね。

今日は、同業とは少し違うものの、子どもに関わるお仕事をしておられる方が見学に来られた。
振替のレッスンが1つあるんだったので、それをご覧になる予定で、それより少し早く来られ、教材などをお見せしてお話ししていた。

もう今では私にとってはこれが当たり前で、(まあ、もちろん、私が見てもこれは急激に難しくし過ぎだろ?とか、ここまで難しいのをやる必要はないのでは?と思うところはなくはないが)いい教材だと思うし、子どもたちも大半がすんなりと取り組んでくれる。

ただ、今の私にはそれがいつの間にか「当たり前」になってきているけれど、そういえば、一番初め見学に伺ったときに、教材を作られた先生の教室で分数のレッスンを受けていた小2くんの姿に衝撃を受けた。
そのときの私の気持ちは、(うそ、なんで分数の勉強2回目って子が、3分の1時間だの8分の1日だの、10分の7時間だの、式も書かずに答えられるの?!)というものだった。

ほかにも、さすがにこんなの低学年では無理でしょう?と思うところもいっぱいあった。
今日いらした方にも一部教材をお見せしたけれど、上述の分数の単位換算の問題などをご覧になって、「これは難しいですね」とおっしゃった。

そう言われて、ああ、そうか、そう言えば、私もそう思ったんだったなぁと昔を思い出した。

確かに、一般の大人の感覚からすると、こんなの1年や2年にはできないでしょ?と思うものがたくさんある。
でも、実はそれは大人の思い込みで、提示の仕方さえ選べば、子どもたちは難なくやってのけたりする。子どもたちの能力はホントにすごい。

子どもたちの能力を潰さないよう、邪魔しないよう、もっとしっかりがんばろう。
今日は初心を思い出させてもらった。

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2008年11月30日 (日)

予想通り……。

昨日は、大方の予想通り、気づいたら寝ていました…。
土曜はどうにもこうにもダメですね…。
何か書こうと思っていたことがあるような気がするのですが、それも忘れてしまいました…。(汗)

書こうと思っていたことではないのですが、一昨日だったか、ネットであるニュース記事を見ていたとき、「モスクワの数学の英才教育を受けれる機関に云々…」という表現がなんだか妙に心にひっかかりました。

私自身は子どもの頃からある程度何でも平均かそれ以上ぐらいはできるというあまり特徴のない、イマイチ面白くないヤツでした。
自分自身、広く浅くが向いているという意識もありましたし、まあ、大学に関しては教育学部志望でしたから、もともと私学受験という考えはなかったわけですが、私学文系の英語や社会みたいに、重箱の隅をつつくような(もちろんそんな学校ばかりではないでしょうけれど)、狭く深い勉強は自分には無理だと最初から決めてかかっていました。

というわけで、私のような人間には共通一次(今はセンター試験ですけど…)みたいな基本的な内容を問われる試験の方がよかったですし、二次試験も文系なのに社会ではなく、英数国で受験できたうちの大学は、私にとっては本当にありがたかったものです。

ただ、きっと、公的なものでなければそういうところはあるのかもしれませんが、日本の今の学校教育は、一般に大学に行くまでは広く浅くしか学べないような印象があります。(高校では少しずつ、特化された教育を受ける機会が増えてきているようではありますが。)
でも、うちの教室の限られた子どもたちだけを取ってみても、算数のセンスがずば抜けていい子もいれば、一所懸命頑張ってもなかなか思うように身につかない子もいます。

算数だけに限ってしまえば、算数の得意な子と不得意な子ということになってしまうのでしょうけど、子どもはそれぞれ興味の対象が異なったり、能力の違いがあったり、性格だってひとりひとりみんな違うわけです。

算数が苦手な子でも、国語は抜群に得意な子もいるでしょうし、絵を描かせたら天才的な子だっているでしょう。走ることなら周りの子には負けないって子だって当然いるはずです。

うまく言えないのですが、本人が希望した場合、その子が得意とするものを心行くまでやれるような教育環境というのは今の日本にはまだほとんどないんじゃないかと思ったのです。

例えば、一流のスポーツ選手などは、子どもの頃から親御さんが強力にバックアップするなどして才能を開花させることはありますが、国などの公的なものが小さい頃からその才能を開花させるためにバックアップするということは、まずないのでは。

それと同じように、特定の教科などが突出してできる子どもでも、それに対応してくれる公的機関はないのではないでしょうか。(私が知らないだけかもしれませんが。)

もちろん、私のような、何でも平均的で何にも突出してないような人間は、現在の義務教育のようなスタイルでも構わないでしょうし、むしろそうでないと何をしたらいいか困ってしまうかもしれません。

でも、今の時代、平均的人間を作ることを目指す教育ばかりをしたって仕方ないようにも思うのです。
もし、本人が望むのであれば、その子が得意なものをとことんやれるような、そんな選択肢が公的に用意されたら、もっと子どもたちは生きやすくなるんじゃないのかなと、そんなことをぼんやり思いました。

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2008年11月29日 (土)

ああ!

日付が変わる!!

とりあえずすべりこみ。
あとで書きます、多分。(寝落ちしなければ…。)

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2008年11月28日 (金)

とりとめなく更新…。

その1.
金曜の3コマ目のメンバーの中で、普段は大人しめの可愛らしい(そして賢い。言うことなし。(笑))女の子がいるのだけれど、今日は彼女が何かおかしい。

普段より明らかに陽気で、いつもはか細い声で控え目にしゃべるのに、今日は結構大きな声を出して笑ったりもしている。
おまけに、普段は私が追いつけないぐらい計算が速くて、かなり正確なのに、今日はなんだかやたらとうっかりミスをする。
それだけにとどまらず、分数の分母が勝手に書き換えられていたり、とどめは、漢数字の「百」の中の棒が何度かに一度2本になったり、「九」が「丸」になったり…。
指摘するたび、本人も大笑い。

なんだか普段と違う彼女が見られて新鮮だったけど、何かあったんだろうか?(笑)

その2.
その時間の彼女とは別の子たちが、「今日給食で納豆出た!」と教えてくれた。(神戸市灘区と東灘区の子たち。)
給食に納豆…。それもここは間違いなく、関西なのに…。
まあ、私は子どもの頃から納豆には全く抵抗はないけれど、うちの父は納豆はダメだし、兄は健康のために卵を混ぜたりして納豆のにおいをごまかして食べているとか言っていたし、納豆がダメな人は身近にもまだたくさんいる。

ということは、家庭で納豆が出ないところもあるんだろうし、更にあのネバネバ…。
給食に納豆か…。時代は変わったなぁ。(まあ、私の頃はご飯給食自体なかったし…。(汗))

その3.
帰りに教室の最寄り駅のホームで。
金曜の晩とあって、ホームにはお酒が入っているらしき人が大勢。

向かいのホームに友達らしき若い男性2人が座っていた。ひとりの男性がかなり立派な体格だったもので目に留まったのだけれど、細い方の男性がトイレかどこかに行くようだ。
「ひとりで行けるか?」と立派な体格の男性。その男性に、大丈夫という風に手をあげて細い方の男性が歩き出したのだけど、これがもう見事な千鳥足。
何度も線路の側に近づいていく。こちらで見ていてハラハラして、ああ、お願いだから、体格のいいあなた、気がついてよ!!と思っていると、携帯を見ていたその彼が少し遠くなった友達の姿に気づき、慌てて立ち上がって駆け寄っていった。
走って追いついて、ポンと肩を叩いて、肩を支えて一緒に歩いて行った。

なんかいいものを見たなと、ほっこりした。

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2008年11月27日 (木)

おもしろいのになぁ。

このところ、ちょくちょく、中学受験塾の問題や中学入試問題を目にすることがある。
何度も何度も言っているけれど、私は幼小中高とず~~~っと公立だったから、中学受験の問題には全く縁がなかったし、塾に勤めるようになっても、公立の子たちが通う塾だったから、やはり縁のないまま来た。

今もほとんど縁はないというか、解かねばならないという必要性はないのだけれど、なぜか結果的にそういう問題を考える機会が時々ある。

そのたび、まあ、面倒な計算問題とかは全然面白くないけれど、工夫できる計算問題や、なかなか骨のある、だけど、実生活とかで経験していればなんとなく考えることはできそうな文章題など、面白いなぁと思うものは結構多い。

私は「○○算」と呼ばれる類のものをほとんどしらないし、元来不精な性格なので、解法を覚えようとも思わない。
その都度問題を見て、どうやったら解けそうか考える。
もちろん、何度か似たような問題に出会って、ああ、これはあれで解けるな…と思うようなものもなくはないが、そうなってしまうともう面白くない。

ただ、骨のある問題考えるのは結構面白いし、パズルっぽさを感じるものも少なくない。
だから、私は中学入試問題を解くのは嫌いじゃない。
中学受験をしない子どもたちでも、教材が終わってしまって、そういう問題に取り組むこともあるけれど、あれこれ試行錯誤しながら解いている姿は、案外楽しそうにも見える。

でも、実際に入試に合格しようと思ったら、決められた制限時間内で、ああいう問題をこなしていかなければならないのだろう。
初見の問題をあれこれ試行錯誤しながら解いていたのでは、到底合格できないということなんだろう。
合格するためには、ああいう問題を味わうとか、楽しむなんてことはできなくなってしまう子が多いんだろうな。
ただひたすらに数をこなし、パターンを覚え、いかに早くこなしていくか、それに力を注ぐんだろうな…。

よくわからないのは、学校側の考え方。
特に、算数の問題を作っておられる先生方は、パターンを覚えて時間内に素早く解いてほしいとは思っていないような気がしてならない。
そして、そういう勉強を頑張ってきたという子を本当にほしいと思っているのかどうかもわからない…。

うまく言えないけれど、せっかく面白い問題で、うまく使えば、その子がどれだけ考える力があるかとか、試行錯誤できるかとか、そういうことも測れそうな気がするのに。。。

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2008年11月26日 (水)

ラブレターをもらった。(笑)

うちは受験指導はしていないので(というか、算数メインで希望者は国語という2教科だけだから、どっちみち受験に対応できないし)、中学受験を考えている方は3年生や4年生頃から受験指導に対応した塾に移られることがある。
それ自体は、そうして頂くほかこちらで対応できないのだから、お気遣い頂く必要はないし、新しく通う塾で力を発揮してくれたらいいなと思っている。

それ以外にも、お引っ越しや純粋に小学校卒業などで、子どもとお別れすることが時々ある。
どんな形であれ、やはり子どもとのお別れは淋しいもので、わかっていてもちょっとしんみりしてしまう。

で、もともと、受験するということである時期から別の塾にも通っていたけれど、教材が終わるまでは来たいということで来てくれていた女の子が今日で教材が終了することになった。
ちょうど月の終わりでもあり、今日が彼女とのお別れ。
昨日レッスンの準備をしながら、淋しいなぁと思っていた。

レッスンは他の子たちもお手伝いの先生もいるので、にぎやかで笑いが出たりもしつつ、普段通りに進行したけれど、終わりにお母さまがご挨拶に来てくださり、その子も「ありがとうございました」とお礼を言ってくれた。

来週からちょっと淋しくなるなぁと思いつつ、その後のレッスンも終え、お母さまから頂いた紙袋を見てみると、中に何か手紙らしきものが入っていた。
何かお手紙をくださったのかと思って見てみると、そこには子どもの文字が。
彼女がお手紙を書いてくれていたのだ。

下書きして一所懸命書いてくれたのがよくわかるお手紙。
すごくすごく嬉しいことが書かれていた。
どうやら彼女とは相思相愛だったらしい。(笑)

お別れは淋しいけど、またひとつ宝物が増えた。

Mちゃん、こちらこそ本当にありがとう。
私もMちゃんのことが大好きです。
これからも元気でがんばってくださいね。

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2008年11月25日 (火)

今日のひとこと

すみません…。今日はあまり遅くならずに帰宅した気がするのですが、食事を済ませたらもうこんな時間…。
最近、夜、家に帰ってきてしまうと書くことを思いつかず(多分、家に帰ってきてしまうとだらだらモードのスイッチが入ってしまうのかと…)、中身のない更新が多くて申し訳ありません…。

でも、今日もど~でもいい話を…。(それも超ショートなネタ)

今日のレッスンには、結構初期から来てくれていて、今はもう6年生になる子が来ていた。
その子が突然尋ねた。

「せんせ~、この塾の名前、なんて言うの?」

をい…。(苦笑)
そもそも、変なこだわりがあって「塾」って言われるのも好きじゃないんだけど、そして、確かにちょっと言いづらい教室名なのは認めるけど、けどさ、あなた、もう5年近く通ってくれてるんでしょ?確か。。。

ま、実際、初期組の子の中には勝手に「○○(←私の苗字)塾」と呼び続けている子もいたし、その子の弟は今でもそうとしか呼んでくれないんだけど…。(汗)

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2008年11月24日 (月)

なんとかならんか…。

今、たいていの学校の2年生は九九の暗唱をさせられているようだ。
教室の子たちには極力、学校で九九の暗唱が始まるまでに、かけ算というものがどういうものかを理解してもらうようにしているので、多少時間はかかっても、教室で一緒に学習した子たちは、覚えていなくてもかけ算の答えを出すことができる。
それこそ、丸暗記より遥かに応用もきくし、忘れても考えて答えが出せる強さもある。

しかし、多くの学校では何秒以内に言えたら合格であるとか、ちょっとでもつっかえたら不合格であるとか、そういうテストが行われているようだ。

正しい答えが出ればいいのであれば、「しちいち」を「なないち」と言おうが「はっぱ」を「はちはち」と言おうが、別に構わないように思うけれど、それも間違えたらダメという先生もおられるようだ。

まあ、確かに自分が子どもの頃にも九九カードがあって、それを見ながらぶつぶつ唱えては、先生の前で言って合格のハンコをもらったりしていたようには思う。
ただ、その頃の私はそれ以外の方法を知らなかったし、当然かけ算の意味を考えたりすることもなかった。
だから、覚えなければいけないものだと思っていたし、覚えていなければ答えられなかったんだろうと思う。

でも、教室に子たちは違う。かけ算というものの意味を理解し、考えたらきちんと答えも出せるのだ。
それこそ、まだ学校ではやったこともないような、2桁×1桁や3桁×1桁だって、その場で問題を出されても、考えて答えが出せるのだ。

なのに、やはりテストはみな同じ基準で判断され、少し考えたら答えが出せるとしても、それは評価されない。
そのことで落ち込んだり、必死になって覚えようとするあまりそれまでちゃんと考えていたことが考えられなくなったりしている子も見受けられる。

確かに九九は覚えた方が便利なんだろうし、それ自体を否定する気はない。
ただ、もともとあまり流暢にしゃべれない子は、覚えていても途中でつっかえるかもしれない。
先生の前に立つと緊張して、覚えていても度忘れしてしまう子もいるかもしれない。
そのあたりは考慮されないんだろうか…。

覚えるのが好きな子はいいけれど、覚えるのは好きじゃないけど考えたらできる子たちにとっては、早く九九の勉強が過ぎ去ってくれることをついつい願ってしまう。

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2008年11月23日 (日)

もうあと1週間で…。

気づけば、もうあと1週間で11月もおしまい。とうとう師走がやってくる。
なんかこの速さは異常…。

思えば今年はスタートから次々にトラブルが起き、事件が起き、もう本当に何かあるとしか思えない!!と、年の半ばに読んだ本で36年に一度の悪い年回りということを知り、ああ…それで…みたいに納得もし…。(苦笑)

ただ、9月に起きた事件(?)を最後に、ちょっと落ち着いてきたのかなという感じ。
今年もあとひと月余りなのはかなり焦るけど、36年に一度の最悪の年がもうじき終わるのかと思うと、それはそれで嬉しいような。(笑)
一応来年は「大殺界」のど真ん中の年ではあるけど、まあ、某氏の占いは外れまくっているとつい先日もネットのニュースで見たばかりだし。(笑)

やりたいと思っている仕事がなかなか進まず、なのに、休日にはひたすらだらだらしてしまい、うまく時間を使えない自分が嫌になることもあるけれど、今年は仕方ないかぁとちょっと自分を甘やかせていたりもして…。(をい)

頑張って教材作らなきゃ。
例によって今日はひたすらだらだらしてしまったので、明日からまたがんばろっと。

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