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2008年7月21日 (月)

「思考の整理学」 外山滋比古著

ネット書店でピックアップされていて、結構古めの本なのに、なぜ話題に?と思って注文してみました。
外山先生の本は他にも読んだことがありますが、この本は1983年に筑摩書房から出され、その後1986年に文庫化されたようです。

実に25年前の本なのですね。。。

「思考の整理学」 外山滋比古著 ちくま文庫

評価 ★★★☆ (私には難しくって…(汗))

読み始めていきなり、おぉ!と思う内容がいくつか続いたのですが、大半の内容は私には難しく、また、自分が求めている内容ではないこともあり、なかなか入ってきませんでした…。

しかし、25年前の本が今も売れ続けているわけですから、必要としている方、頭のいい方(少しだけ難しい内容でも大丈夫な方)などが読まれると、きっと大いに役に立つのだろうと思います。

内容は6章に分かれてはいるのですが、それぞれの章にはタイトルがあるわけでもなく、内容で分類されているのかとも思うのですが、それほど明確に分かれている気もしないというか…。(賢い方が読まれたら、きちんとわかれているのかも…(汗))

ただ、いきなり1章の1項で「グライダー」と題されて書かれている内容に、思わずうなりました。
一部をご紹介しますと。

 ところで、学校の生徒は、先生と教科書にひっぱられて勉強する。自学自習ということばこそあるけれども、独力で知識を得るのではない。いわばグライダーのようなものだ。自力で飛び上がることはできない。(中略)
 学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、エンジンのついた飛行機などがまじっていては迷惑する。危険だ。学校では、ひっぱられるままに、どこへでもついて行く従順さが尊重される。勝手に飛び上がったりするのは規律違反。たちまちチェックされる。やがてそれぞれにグライダーらしくなって卒業する。
 優等生たちはグライダーとして優秀なのである。飛べそうではないか、ひとつ飛んでみろ、などと言われても困る。指導するものがあってのグライダーである。(
後略)

 (前略)グライダー専業では安心していられないのは、コンピューターという飛び抜けて優秀なグライダー能力のもち主があらわれたからである。自分で翔べない人間はコンピューターに仕事をうばわれる。

このコンピューターに関しては6章の最後の項でもまた取り上げられ、自ら創意工夫できないと、仕事を奪われるということ、知識を覚えて使うだけならコンピューターにかなわないということなどが書かれています。

25年も前に外山先生がこう書かれているのですが、25年たった今、学校教育は変わったのでしょうか?
相変わらず「グライダー」を量産しているのではないかと、そんなことを思いました。
そして、グライダーになれない、飛行機になりたい、そんな子たちの一部が不登校という形を選んでいるのかもしれないなと、そんなことも思いました。(もちろん、すべての子どもがそうというわけではないと思いますが。)

本の内容とは直接関係ないのですが、昔の本を読んでいると、漢字の使い方や送り仮名の使い方、カタカナ表記など、今とは違うものが見受けられ、そういうのを見ると、なんだか昔の日本語っていいなぁと思ったりするのでした。

他にもいくつか気になったところ、面白いと思ったところはありましたが、私にはやや難しかったかなと。
ご興味のある方はどうぞ。

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