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2008年7月24日 (木)

「わたしの母さん」 菊池澄子作

いつもお世話になっているtanA先生が勧めてくださったので、早速取り寄せて読んでみました。

「わたしの母さん」 菊池澄子作 北水

評価 ★★★★☆

読むのはすぐに読んだのですが、ご紹介のタイミングが遅くなってしまいました。
もともとは20年ほど前に出版され、「児童福祉文化賞」を受賞された作品だそうですが、最初の出版社の社長のご逝去に伴い、出版社が閉鎖。そして、一度は絶版になった作品だったようです。

それが2005年12月に北水の社長さんから連絡があり、2006年春に新装版として再び出版の運びとなったようです。

作者の菊池氏は作者紹介によると、1934年から「早船ちよ、井野川潔に師事」して児童文学を勉強されたとありますが、大学卒業後は、40年間、教育実践に従事し、進路支援および読書教育に力を入れられたと書かれています。
学校の先生をなさっていた方なのですね。
現在は、八王子市にお住まいで、発達が気になる子どもの相談所を開設し、相談活動を行っているとも書かれています。

また、本の帯には神戸大発達科学部教授、発達科学部附属養護学校校長の広木克行氏がこのような言葉を書かれています。

この本は、私達に人間の「幸せ」とは何かを根本から問いかけています。
それは学歴や学力で計られる「幸せ」へのこだわりを越えて初めて気づく、
今ある自分の力で精一杯生きるお母さんの素晴らしさです。

そして、あとがきを読むと、この本の「お母さん」にはモデルとなった方がおられるようです。

 この小説の母のモデルは、今年六十歳になります。高子も清も今では、それぞれ家庭をもって親元を離れていきました。母さんたちは老夫婦二人だけの生活になりましたが、元気で公園清掃や町内の交通安全のボランティアをしているそうです。(中略)
 このように二十年の歳月は、人に加齢し、風景を造り変えました。しかし、永遠に変わらないものは何でしょうか。本の中の高子たちといっしょに考えてみませんか。障がいのある人も、ない人も、互いに育ちあわないと、相手の良さがみえないし、認めあうこともできません。このような「人権尊重」は、わたしやあなたの日常生活の中に課題があるのではないでしょうか。
(後略)

物語は、知的な障害を持ったお母さんとお父さん、その娘高子と息子清の一家の出来事を中心に、高子の視点で書かれています。
幼い頃に病気で知的障害を持ってしまった両親の元に生まれた、障害を持たない高子。
彼女の葛藤と、それを越えて気づいたことなどが描かれています。

モデルとなったご家族がおられたということは、この物語に近い出来事があり、色々なことを考え、感じながら成長して行かれたのだと思いますが、もし自分の親が知的障害を持っていて、知能面で小学生の自分よりも劣っているという現実に直面したら、普通はどう感じるのでしょう。

私はきっと、物語の初めの頃の高子のようになってしまうんだろうなと思います。
そして、果たしてそれをちゃんと越えていけるのかなとも思います。

児童文学ということですから、これを子どもたちが読んだら、どんな風に感じるんだろうと、そのあたりの想像が付かず星4つ半にしていますが、まずは大人の方にも読んでみて頂きたい1冊だと思っています。

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