« 「プリンシプルのない日本」 白洲次郎著 | トップページ | 「あなたが世界を変える日」 セヴァン・カリス=スズキ著 »

2007年12月 6日 (木)

「世界が完全に思考停止する前に」 森達也著

お知り合いの塾長さんがこの方の本のことを教えてくださり、なんだか興味をひかれ、一度にいっぱいは読めないしと、まずは気軽にチャレンジ(?)できそうな文庫を読んでみました。
しかし・・・それすらも読み始めてから休んで他の本を読み・・・ということを繰り返したため、読み終わるまでに随分時間が経ってしまいました。

「世界が完全に思考停止する前に」 森達也著 角川文庫

評価 ★★★★

実は、教えて頂くまで森氏のことは全く知らず、ネット書店で著者紹介を見たところ、オウム真理教のドキュメンタリーを撮ってベルリン映画祭に正式招待されたり、そのほかにもドキュメンタリー番組、映画を数多く手がけておられる方だと知りました。

オウム真理教のドキュメンタリー??
どんなものなのか全く想像もつかず、ただ、その作品は海外でも高い評価を得たそうで、きっと私たちが報道によって作り上げられたイメージとは何か違うものが見られるのだろうなと、それにも興味を持っています。(まだ見ていません・・・)

この本自体は、森氏が新聞や雑誌などに書いたものを中心に、一部未発表原稿も含めてまとめられているもののようです。

すごく重いテーマだったり、すごく大切なテーマだったりすることをしっかりと書きながらも、どこかくすっと笑える内容だったり、単に何かを批判するだけでなく、しっかりと自分のことも振り返っておられたり、読んでいて、色々感じることがありました。

少しご紹介します。

主語のない述語は暴走する

(前略)遺族や被害者が憎悪や報復感情に捉われることは当たり前だ、なぜなら彼らは当事者だ。この感情を社会が共有しようとするとき、一人称であるはずの主語がいつのまにか消失する。「俺」や「私」が「我々」となり、地域や会社、そして国家など、自らが帰属する共同体の名称が主語となる。本当の憎悪は激しい苦悶を伴う。でも一人称単数の主語を喪った憎悪は、実のところ心地よい。だからこそ暴走もするし感染力も強い。
 こうして全体の一部となりながら、いつのまにか誰もが声高になる。虐殺や戦争はこうして起きる。でも、渦中では、主語がないからこそ実感は薄い。誰もが終わってから茫然として天を仰ぐ。振り返ってごらん。世界はそんな歴史を繰り返している。

タマちゃんを食べる会

(前略)ただしこの矛盾に、僕はつねに自覚的でありたい。アザラシの命の尊さを声高に叫びながらホタテの命をゴミのように扱ったり、在日外国人に選挙権を与えずにアザラシに住民票を交付することの矛盾に対して、不感症にはなりたくない。(後略)

あとがき

(前略)間違いなく今、世界は壊れかけている。思考を停止しつつある。その責任は、僕たち一人ひとりにある。なぜなら同時代にいるからだ。事後に特定の誰かを論うための責任論は、空しいし意味がない。僕らはいわば、この世界を壊し続けることの共謀共同正犯だ。
 だって個人に何ができる?と反論されるかな。そんなことはないよ。川が汚れたり森から木が消える理由は、一部の悪辣な権力者が利己的な利益獲得に奔走したからではない。米軍がイラクに侵攻した背景には、思慮の足りない大統領の判断や石油利権、ネオコンと癒着する軍産複合体の権益保持だけが働いていたわけではない。オウムが地下鉄に無差別にサリンを撒いたその裏で、日本征服の野望を持った邪悪な男たちが、高笑いしながら策を練っていたわけでもない。
 僕らは有機体のネットワークだ。僕らの同意のもとに世界はある。一人ひとりがこの世界に責任がある。

私には知識がなく、難しい内容も少なからずありましたが、それでもすごく大切なことが書かれているように感じました。
物事を一面から見る危険、大衆に飲み込まれることで真実が見えなくなる怖さ、そんなものに気づかされる、そんな気がします。

ご興味のある方は一度読んでみてください。

|

« 「プリンシプルのない日本」 白洲次郎著 | トップページ | 「あなたが世界を変える日」 セヴァン・カリス=スズキ著 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/96750/17121184

この記事へのトラックバック一覧です: 「世界が完全に思考停止する前に」 森達也著:

« 「プリンシプルのない日本」 白洲次郎著 | トップページ | 「あなたが世界を変える日」 セヴァン・カリス=スズキ著 »