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2007年12月31日 (月)

今年もありがとうございました。

今日で2008年もおしまいですね。
この読書感想ブログもこの10月で満2年になり、こんな拙いブログにいらしてくださる皆様のお蔭でこうして続けてくることができました。

去年ぐらいからだんだん忙しくなり、今年は過去最高にバタバタした1年になりました。
そのせいで、本は読んでも、落ち着いてそれを紹介するということが困難になり、形式的なご紹介が増えてしまったように思います。

今日現在、読み終わっている本は4、5冊あるのですが、今日中にせねばならないことがまだ残っており、ゆっくりご紹介文を書けそうにありません。
年の終わりに適当に…というのは1年の締めくくりとしては望ましくないとも思い、今日はご挨拶だけにさせて頂きます。

色々な本を読んできて、最近は勉強法や幼児教育などに関しての本はもういいかな…と思ったりもしていたのですが、今読みかけの本では、また新しい刺激を色々与えられています。
きっと、まだまだ素晴らしい先生、素晴らしい著書が数え切れないほどあるのでしょうね。

来年はもう少しうまく時間を使って、きちんと更新できたらなと思っています。
本年も本当にありがとうございました。
来年もどうぞ宜しくお願い致します。

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2007年12月27日 (木)

「読書力がラクラク身につく名作ドリル」 認知工学編

タイトルが気になって購入してみましたが・・・。

「読書力がラクラク身につく名作ドリル『おじいさんのランプ』(新美南吉) 」 

認知工学編 ディスカヴァー

評価 ★★★

先日、ネット書店で色々なパズル系ドリルがずらりと出版されているのを見つけ、中でも気になるものをいくつかまとめて注文しました。
そのひとつがこちらなのですが、ネット書店での紹介では、名作を読みながら簡単な問題を解いていくことで「自然に読書する習慣が身につく!」「文脈を読み取る力が身につく!」「自分で考える姿勢が身につく!」となっていて、一体どんなに素晴らしいものなのだろうと、とりあえずこのシリーズの中の1冊、こちらを注文しました。

しかし・・・個人的にはその素晴らしさがよくわかりません・・・。
実際に認知工学さんの教室で効果が実証されている教材とのことですので、子ども達に与えてみると私とは違った印象を持つのかもしれませんし、効果も出るのかもしれません。
ただ、子どものころから物語などを読むのが好きだった私には、こんなのを子どものときに読まされたら楽しくなかっただろうなぁという印象を受けました。

というのも、このドリルでは「おじいさんのランプ」というお話を取上げてあるのですが、見開き2ページにまずは問題が入った文が書かれ、次の2ページには全く同じ文の解答が書かれているという構成で、おまけにその「簡単な問題」というのは文章の中の助詞などを2択で選んでいくとか、キーワードのようなものを四角に埋めていくとか、そういう問題なのです。

例えば、「かくれんぼ<で・の>、倉のすみにもぐりこんだ・・・・」というような文になっていて、この場合は当然「で」を○で囲むというわけです。
しかし、物語を読んでいる途中途中にこんな< >が出てきては、味わう気分にはなれません・・・。
実は私はこの物語を読んだことがなかった(もしくは忘れてしまった)ので、どんなお話なんだろう?とも思ってこれを選んだのですが、鑑賞するには正直イライラを感じました。

読むのが嫌いな子であれば、尚のこと、いちいち途中で問題に足止めされることに苦痛を感じないのか、ちょっと不思議な気がします。
でも・・・効果を実証済みということですから、機会があれば誰か読書嫌いの子に貸し出してみようかなとも思いますが・・・。

これで1000円・・・。内容を見てからだったら買ってないかなぁというのが正直なところです。
もし、既にお使いになってみられ、効果があったよとか、お子さんが喜んで取り組んだよという方がおられましたら、是非教えて頂けたらと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

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2007年12月24日 (月)

「手紙」 東野圭吾作

先日ご紹介した「探偵ガリレオ」を読んで、その本の後ろに紹介が書かれていたこちらが気になり、またも小説を読んでみました。
例によって見ていないので知らなかったのですが、ちょうど昨日テレビでもこれが原作の映画をやっていたようですね。見たかったかも…。

「手紙」 東野圭吾作 文春文庫

評価 ★★★★☆

これを読みながら、改めて、実は私、物語とか小説とか好きだったなぁ、昔・・・と思いました。
というのも、深夜布団に入って読み始めたのですが、結局そのまま延々読み続けてしまい、小説を読むといつもそのパターンだなぁと・・・。
しかし、これもフィクションでありながら、なかなか考えさせられる内容でした。

ベストセラーだったようですので、既にご存知の方も多いかと思いますが、この小説のテーマは、早くに両親を亡くした兄弟がおり、弟の進学の学費のために思い余って兄が強盗殺人をしてしまうというもので、その後の弟の人生に焦点を当てて描かれた作品です。

もちろんこれはフィクションではありますが、もともと題材になった出来事があったそうで、「犯罪加害者の家族」という立場に置かれると、少なからずこの小説と同じようなことが起き得るのだろうなと、そんなことをしみじみ考えさせられました。

あまり書いてしまうと内容がわかってしまうので控えますが、例えば身内が殺人などの凶悪事件を起こしてしまった場合、加害者本人は刑に服するなどして罪を償うわけですが、加害者の家族は自分自身が罪を犯したわけではないのです。
それでも、凶悪犯罪者の家族というレッテルははがすことが難しく、平穏な社会生活を送ることは困難になってしまうことも少なくないのかもしれません。

仮に、この小説の設定のように、やむにやまれぬ事情があり、罪を犯してしまったことを深く深く悔い、世間もその事情なら多少の温情は・・・と思うような事件であったとしても、人を殺めた事実は消えないわけですし、その事実のせいで自分だけでなく、自分の家族たちの人生までも狂わせてしまう。罪を犯すというのは、それほどに重いことなのだなと、改めて考えさせられました。

この作品を読んだら、凶悪犯罪など絶対に絶対に犯してはいけないのだと、強く感じられるのではないかと、そんな気がします。
ご興味のある方は是非一度読んでみられてはいかがでしょう。

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2007年12月20日 (木)

「考える力を育てる天才ドリル」 認知工学編

先日、アマゾンで検索していたら、やたらと沢山パズル系のドリル(それも同じような装丁の)が出版されていて、最近書店に行っていなかったこともあり、とりあえず数冊注文してみました。そのうちの1冊なのですが・・・。

「考える力を育てる天才ドリル」 認知工学編 ディスカバー

評価は控えさせて頂きます・・・。

ドリルの副題として「ナンバーマトリックス」と書いてあり、一体どんなパズルなんだろう?と思って楽しみにしていたのですが、正直なところちょっとがっかりでした。

というのも、このドリルの出版社は「強育論」などを出しておられるディスカバーさんのようですが、私は数年前に認知工学さんから直接出版され、一部の書店で販売している「思考力算数練習帳シリーズ」というものを何冊か持っており、その中の「+-×÷パズル(四則計算パズル)」というものと全く同じだったのです。

もともと出版されていた冊子は中身は白黒印刷で見栄えはイマイチですが、100問で525円でした。
それがこのドリルは見た目は確かに楽しそうで見やすくもなってはいますが、70問足らずで1050円なのです。直接出版しておられた冊子の2冊分の価格ということです。

問題自体は確かに有効なものだと思いますし、子どもも楽しんで取り組めるのではないかと思うのですが、B5変形版という感じの1ページにど~んと1問だけ問題があり、初級や中級は4つの数字を埋めたらおしまい。上級でも6つ埋めたらおしまいです。
それが全部で70問弱。
1050円という価格が妥当なのかどうか正直ちょっと微妙な気がします。

恐らくほぼ同時期にシリーズ的に出されたのだと思いますが、このほかにも宮本先生や栗田先生のドリルも出ており、そちらも購入してみましたが、こちらはもう少し納得が行く気もしていますが・・・。

今も出版されているかどうか確かめておりませんが、少し前まではジュンク堂などの書店では「株式会社認知工学」発行の思考力算数練習帳シリーズがずらりと並んで販売されていました。
見栄えより内容、価格という方には、恐らく断然そちらがオススメなのではと思います。

あ、念のため再度申し上げますが、問題自体は有効な問題だと思っています。
ただ単に内容がほぼ同じで問題数が多いものがそれの半値で正規に販売されているということがちょっと気になるだけで・・・。

ということで、今回は評価とリンクを控えさせて頂いております。
宜しくお願い致します。

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2007年12月17日 (月)

「ホームレス中学生」 田村裕著

発売直後から気になってはいたのですが、買うまでもないかなぁと躊躇っていたところ、教室に来ている子が本棚を眺めながら「せんせ~、ホームレス中学生ないん?」と。
「買ってほしい?」と尋ねると、「うん!」との返事。読んでみたい気持ちはあったので、とりあえず購入したのですが・・・。

「ホームレス中学生」 田村裕著 ワニブックス

評価 ★★★★ (ほのぼのするけど、やはり買うほどではないような・・・)

もう有名過ぎるので、説明するまでもないかと思いますが、お笑いコンビの麒麟のひとり、田村裕の自叙伝です。
ダンボールを食べたという話は何度も耳にしましたし、テレビなどでの紹介で、ある日突然お父さんが「解散」と宣言していなくなってしまったと、冗談のような話を聞いていただけに、真相はどうなんだ?とも思っていました。

でも、買って読むほどでもないかなぁとそのままになっていたのですが、子どもの希望もあり、購入決定。早速読んでみました。

本文中でご本人も書いているのですが、正直なところ、文章は決して上手ではありません。印象としてはちょっと作文の上手な小学生か中学生か?という感じ。
まあ、ある意味、難しい言葉は出てきませんし、子どもの作文チックですし、お笑い芸人さんなので書いていることは笑えることが多く、色々な意味で「とても読みやすい本」ではあると思います。
小中学生でも十分読めるのではないかという感じです。(買ってほしいと言った子は5年生なので、十分読めるかと。)

小学校の半ばぐらいまでは経済的にも余裕のある生活をしていたということなのですが、お母様のご病気、ご逝去、その後のお父様のご病気、失業、差し押さえ・・・とある意味でドラマのような展開でどんどんと「貧乏」になっていったようです。

しかし、そんな中でも友人やそのご家族、彼らを取り巻く近所のおじさん、おばさん方が本当に親切で(読んでいて驚くほど優しくてあったかい方がたくさんおられたようです)、また、お兄ちゃんやお姉ちゃんがおり、みんなで助け合って、なんて素敵な兄弟なんだろうと、しみじみ感動することも少なくありません。

ただ、きっと田村さんは本当に本当に心がきれいな優しい人なんだろうなと思いました。
そもそも、いくら破産しようが、差し押さえされようが、父親が未成年の子ども達を放り出していなくなってしまったら、普通なら絶対恨むのではないかと思うのです。
「解散」から程なく、町で自転車に乗ったお父さんに遭遇する場面があるのですが、お父さんはその時点で自転車に乗って元気に過ごしていたわけです。その時田村さんは中学生ですから、普通なら殴りかかるなり、どこでどうしているか問い詰めるなりしそうな気がするのですが、そんなこともせず、そのまま別れてしまうのです。

そして、著書の中にお父さんはよく頑張ってくれた、恨んでいないというようなことも書いている。それは多分本心なんだろうなと。
自分ならあり得ないだろうと思います。未成年の子ども達を放り出し、自分はどこかでなんとか生活している。そんなこと常識で許されるとは思えません・・・。

でも、きっと、田村さんは本当にお父さんのことを恨んだりもせず、置かれた過酷な状況の中でも卑屈にならず、人に感謝しながら過ごしていたからこそ、たくさんの人が救いの手を差し伸べてくれたのではないかと、そんな気がします。

あまり内容を書いてしまうとネタバレになりますので控えますが、ここだけ引用させて頂こうと思います。自分達を放り出していなくなってしまったお父さん(これを書いた時点ではどこで何をしているか全くわかっていなかったはず・・・)に彼はこう書いています。

 よくみんなに「お父さんに恨みは無いのか?」と聞かれる。
 確かに家が無くなって苦労はしたが、全く恨みは無い。
 むしろ感謝の気持ちでいっぱいである。
 お父さんは本当に頑張っていたと思う。
 お母さんの死に関しても、きっと僕達よりショックは大きかっただろう。
 それでもお兄ちゃんをちゃんと大学に行かせ、お姉ちゃんを高校に行かせ、僕にも部活を続けさせてくれた。
 僕達に働くことを強要したりは一切しなかった。
 お父さんはちゃんと僕達を育ててくれた。お父さんはちゃんと父親の役目を果たしてくれた。
 しかし、お父さんの父親としての役目はまだ終わっていない。僕達が親孝行するために帰ってこなければならない。
 今度は僕達がお父さんを守る番。
 一日も早くそうしたいと願っています。
 お父さん、あの頃は何も手助けできなくてごめんなさい。

「おわりに」のこの言葉も素敵です。

 学が無いので、もちろん文章力も無く、間違った表現や言葉もあると思います。読みにくいかもしれませんが、たくさんの人に読んでいただき、何か感じるものがあればいいなと思います。
 僕は、お湯に感動できる幸せのハードルの低い人生を愛しています。

ささやかなことの中に幸せを感じられる人生はきっととても素晴らしいものだと思います。
芸人本としては先日の千原ジュニアや以前ご紹介した島田紳介さんなどの本のように強くお勧めはできませんが、気持ちが優しくなる素敵な本には違いないと思います。

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2007年12月13日 (木)

「LD(学習障害)のすべてがわかる本」 上野一彦監修

健康ライブラリーイラスト版のシリーズで、色々な発達障害に関する入門書が出ています。
これまでにも何冊かご紹介しましたが、今回はLD(学習障害)を読んでみました。

「LD(学習障害)のすべてがわかる本」 上野一彦監修 講談社

評価 ★★★★

これまでのシリーズ同様、イラストを多用し、分かりやすく構成されています。
4章からなっており、それぞれ以下のようになっています。

1 LDについて知りたいこと知っておきたいこと
2 LDのタイプは千差万別
3 特別支援教育の始まり~LD教育はこんなふうに変わる
4 教え方、伝え方はこんなふうに工夫する

入門書としてはとても読みやすいですし、基本的なことは詳しく紹介されており、ご家庭でご自分のお子さんが「もしかして?」と思っておられるような方などには大いに参考になるのではと思いますが、私としては物足りない感じがしました。

もちろん、内容に不満があるというわけではなく、個人的に、LDやその可能性のある子どもに対してもっと具体的にどういう対応をしたらよいのかが知りたいと思っていたため、この本に書かれている内容は一般論や基本的なことが中心だったという点で物足りなかっただけですので、入門書、基本的なことの確認などには十分役に立つと思います。

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2007年12月10日 (月)

「あなたが世界を変える日」 セヴァン・カリス=スズキ著

ネット書店で偶然辿り着き、なんとなく気になって注文してみました。
イメージしていたものとは違いましたが、とても素敵な本でした。

「あなたが世界を変える日」 セヴァン・カリス=スズキ著 学陽書房

評価 ★★★★★

副題に「12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ」と書かれており、装丁やページ数などもきちんと見ぬまま注文したため、もっと読むところの多い本なのかと勝手に思い込んでいましたが、装丁も挿絵などの雰囲気も、「もしも世界が100人の村だったら」の単行本に似ているのではないかと思います。

ですから、あっという間に読んでしまうことができます。
しかし、わずか6分間のスピーチだったそうですが、きっと皆さんの心に何か感じるものがあるのではないかと思います。

表紙をめくるとこう書かれています。

1992年6月11日。
ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開かれた
国連の地球環境サミット。
カナダ人の12歳の少女が、
いならぶ世界各国のリーダーたちを前に
わずか6分間のスピーチをした。

そのことばは、
人々の強い感動を呼び、世界中をかけめぐり、
いつしか「リオの伝説のスピーチ」と呼ばれるようになった。

「私たちひとりひとりの力が世界を変えていける」
ということを、
いまも世界中に伝えつづけている少女の言葉を、
あなたに届けます。

短いスピーチなので全部ご紹介したいぐらいですが(もしかしたらネットで探せばどこかにあるかもしれませんけど)、本として出版されているので、ごく一部だけに控えさせて頂きます。

学校で、いや幼稚園でさえ、
あなたたち大人は私たち子どもに、
世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。

たとえば、

争いをしないこと
話しあいで解決すること
他人を尊重すること
ちらかしたら自分でかたづけること
ほかの生き物をむやみに傷つけないこと
わかちあうこと
そして欲ばらないこと

ならばなぜ、あなたたちは、
私たちにするなということを
しているんですか。

この内容を含むスピーチの内容が紹介されたあと、なぜ彼女が環境サミットでスピーチすることになったのか、そしてその後の彼女がどうなったのかが紹介され、終わりには訳者である辻信一氏と中村隆市氏のあとがきがあります。

なぜスピーチすることになったかの経緯は読んでいて色々なことを考えさせられます。
強い思いは実現する。本物の気持ちは必ず届く。そんなありきたりな表現になってしまうかもしれませんが、わずか11歳の少女が友人たちと始めた小さな活動。しかし、彼女たちの思いは強く、揺るぎないもので、その気持ちを知って応援してくれる人が現われ、「子どもだから」と本人たちも周囲の大人たちも諦めなかった結果、環境サミットでのスピーチの機会を得たのです。

環境問題に関心のある方はもちろんですが、人として大切なものに気づかせてくれる本のような気がします。
すぐに読んでしまえますので、まだお読みになられたことのない方は、是非一度ひとりでも多くの方に読んでみて頂きたいなと思います。(書店の立ち読みは涙腺のゆるい方には危険かと思われます・・・。(苦笑))

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2007年12月 6日 (木)

「世界が完全に思考停止する前に」 森達也著

お知り合いの塾長さんがこの方の本のことを教えてくださり、なんだか興味をひかれ、一度にいっぱいは読めないしと、まずは気軽にチャレンジ(?)できそうな文庫を読んでみました。
しかし・・・それすらも読み始めてから休んで他の本を読み・・・ということを繰り返したため、読み終わるまでに随分時間が経ってしまいました。

「世界が完全に思考停止する前に」 森達也著 角川文庫

評価 ★★★★

実は、教えて頂くまで森氏のことは全く知らず、ネット書店で著者紹介を見たところ、オウム真理教のドキュメンタリーを撮ってベルリン映画祭に正式招待されたり、そのほかにもドキュメンタリー番組、映画を数多く手がけておられる方だと知りました。

オウム真理教のドキュメンタリー??
どんなものなのか全く想像もつかず、ただ、その作品は海外でも高い評価を得たそうで、きっと私たちが報道によって作り上げられたイメージとは何か違うものが見られるのだろうなと、それにも興味を持っています。(まだ見ていません・・・)

この本自体は、森氏が新聞や雑誌などに書いたものを中心に、一部未発表原稿も含めてまとめられているもののようです。

すごく重いテーマだったり、すごく大切なテーマだったりすることをしっかりと書きながらも、どこかくすっと笑える内容だったり、単に何かを批判するだけでなく、しっかりと自分のことも振り返っておられたり、読んでいて、色々感じることがありました。

少しご紹介します。

主語のない述語は暴走する

(前略)遺族や被害者が憎悪や報復感情に捉われることは当たり前だ、なぜなら彼らは当事者だ。この感情を社会が共有しようとするとき、一人称であるはずの主語がいつのまにか消失する。「俺」や「私」が「我々」となり、地域や会社、そして国家など、自らが帰属する共同体の名称が主語となる。本当の憎悪は激しい苦悶を伴う。でも一人称単数の主語を喪った憎悪は、実のところ心地よい。だからこそ暴走もするし感染力も強い。
 こうして全体の一部となりながら、いつのまにか誰もが声高になる。虐殺や戦争はこうして起きる。でも、渦中では、主語がないからこそ実感は薄い。誰もが終わってから茫然として天を仰ぐ。振り返ってごらん。世界はそんな歴史を繰り返している。

タマちゃんを食べる会

(前略)ただしこの矛盾に、僕はつねに自覚的でありたい。アザラシの命の尊さを声高に叫びながらホタテの命をゴミのように扱ったり、在日外国人に選挙権を与えずにアザラシに住民票を交付することの矛盾に対して、不感症にはなりたくない。(後略)

あとがき

(前略)間違いなく今、世界は壊れかけている。思考を停止しつつある。その責任は、僕たち一人ひとりにある。なぜなら同時代にいるからだ。事後に特定の誰かを論うための責任論は、空しいし意味がない。僕らはいわば、この世界を壊し続けることの共謀共同正犯だ。
 だって個人に何ができる?と反論されるかな。そんなことはないよ。川が汚れたり森から木が消える理由は、一部の悪辣な権力者が利己的な利益獲得に奔走したからではない。米軍がイラクに侵攻した背景には、思慮の足りない大統領の判断や石油利権、ネオコンと癒着する軍産複合体の権益保持だけが働いていたわけではない。オウムが地下鉄に無差別にサリンを撒いたその裏で、日本征服の野望を持った邪悪な男たちが、高笑いしながら策を練っていたわけでもない。
 僕らは有機体のネットワークだ。僕らの同意のもとに世界はある。一人ひとりがこの世界に責任がある。

私には知識がなく、難しい内容も少なからずありましたが、それでもすごく大切なことが書かれているように感じました。
物事を一面から見る危険、大衆に飲み込まれることで真実が見えなくなる怖さ、そんなものに気づかされる、そんな気がします。

ご興味のある方は一度読んでみてください。

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2007年12月 3日 (月)

「プリンシプルのない日本」 白洲次郎著

先日、友人と話をしていたとき、友人が尊敬する人物のひとりに「白洲次郎」という名前があがり、それって誰?と尋ねると、「神戸人なのに知らないの?!」とさも常識なし扱いをされてしまったのでありました・・・。

Wikiでちょっと調べたところ、なかなか興味深い素敵な方のようだったので、何か読んでみようと、まずはこちらを読んでみました。

「プリンシプルのない日本」 白洲次郎著 新潮文庫

評価 う~ん、評価するのはちょっと難しい・・・。

こちらは白洲氏の唯一の直言集と紹介されていますが、氏が文藝春秋などに書いておられた記事をまとめたもののようです。

白洲氏は芦屋生まれで神戸一中(遠い先輩ですね・・・)ご卒業後、イギリス・ケンブリッジ大学留学。帰国後は英字新聞記者を経て商社勤務、その後百姓となられ、1945年には吉田茂氏に請われ、日本国憲法成立などに関与されたなどと紹介されています。

日本人でその時代の方としてはかなりの長身でかっこいい方だったようですが、こちらを読むと、外見だけでなく、内面もとても頭がよくかっこいい方だったようです。

まあ、内容の多くが政治に関することで、おまけに表現が昔の言葉や漢字も多く、おバカな私にはすとんと入ってくるということはありませんでしたが、何より驚いたのは、冒頭でご友人の今日出海氏が紹介文を書いておられる中に書かれていたことです。

 僕は度々書いたが、彼は戦前日米戦争が不可避だと予言していた。その時は蒋介石を相手にせずと日本が言っていた頃である。そして日本人の大部分が米国と戦うなどとは思ってもみぬ頃である。そして必ず日本が敗北し敗北の経験のない日本人は飽くまで抗戦して、東京は焼野原になるだろうともいった。
 そこで彼は地の理を研究して現在の鶴川村に戦前の疎開を敢行したのである。敗け込むと食糧難に陥ることも彼の予見で、百姓になって人知れず食糧増産に心がけていた。
 かかる彼を僕は非難し、攻撃したものだ。ところが僕は徴用されて戦線に追いやられている間に東京の我が家は全焼し、帰って来た時には、妻子は逗子の仮寓で、食うものもなく、B29におびえて暮らしていた。
 次郎は逗子の家も焼かれるだろうからと、僕の一家を引きとるべく、納屋を改造して、戦争が済むまで、明けて待っていてくれた。
 この無愛想な友人は不思議に人情に厚いのだ。

戦争を予言し、その後の悲惨な状況も開戦前に予言して、それを見越して商社を辞めて百姓に…。普通ならあり得ないことではないでしょうか。

どうやら、いつも歯に衣着せぬ物言いで(思ったことを正直に言っておられるだけで、本を読む限り気持ちの良いものだったが)、お偉いさん方にはかなり煙たがられたり、攻撃を受けたりされたようですが、この方にますます興味がわきました。

機会があれば、今度は「風の男 白洲次郎」を読んでみようかと思っています。

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