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2007年10月 1日 (月)

「思いをカタチに変えよ!」 渡邉美樹著

ファンである渡邉社長が2002年に書かれた本の新装版ということで出版されたのがこちらのようです。
古い本は書店で目にすることも減りますし、かといってネットで注文するのも迷うことが多く、まだ読んだことがありませんでしたが、新装版として出るということは読む価値がありそうだなと(というか、渡邉社長の本は何を読んでも恐らくいいと感じるんですけど。。。)注文してみました。

「思いをカタチに変えよ!」 渡邉美樹著 PHP研究所

評価 ★★★★ (私は好きですが。)

カバーをを外してしまえば、黒い手帳なのかな?と思わせるようなソフトカバーの装丁になっています。(ちょっとめずらしい。)
しかし、表紙は真っ赤でそこにとても大きな白文字でタイトルが書かれていますので、電車の中で読むのがほんの少し恥ずかしいような気持ちになります。(苦笑)

書かれていることの多くは、社長の理想や理念などにブレがないこともあり、他の本などで読んだこととかぶることも多いのですが、同じ本を何度も繰り返し読むということをしない私には、記憶が少し薄れた頃にまた社長の本を読むと、また気持ちが新たになるというような効果はあります。(笑)

この本はもともと、社員に向けて社長が伝えたい思いをが書き続けた手紙(それも本になっているかと思いますが、私はまだ読んでいません)を社員だけでなく、「いまの日本の若者にも贈らせてもらおうと決め」て書かれたものだそうです。
また、この本の印税もスクール・エイド・ジャパンに寄付されるとも書かれています。

4章からなっていますが、章ごとのタイトルは以下の通り。

第一章 「生きる」ということ
第二章 「働く」ということ
第三章 「人間」として大切なこと
第四章 だれが美しい地球を守るのか

気になる言葉や社長の熱い思いがぎっしりですが、いくつか引用してご紹介します。

第一章より

 「一年後に死ぬとしたら、いま、君は何をするか?}
 一年後に死ぬと宣言されても、毎日の生活が全く変わらない生き方に私は憧れる。それは、日々完全納得、完全燃焼の悔いなき人生を歩んでいる証拠であるからである。

 日々の立ち居ふるまいのなかにこそ、真実がある。
 どんなに立派なことをいおうが、煙草を投げ捨てる人を私は決して信用しない。日常の何気ない言動のなかにこそ、その人のすべてが表れる。

第二章より

 最近の就職難により学生は「何になるか」ばかり考えているように思う。大切なのは「職種」ではない。何よりも大切なことは「どのように生きるか」「何のために生きるか」「何のために働くか」である。そのための手段として、「職種」があるのである。医者であること、経営者であること、政治家であること、店長であること、いずれもたいしたことではない。
 大切なことは、なぜ医者か、そしてどのような生き方をする医者になるかである。大切なことは、なぜ店長か、そしてどのような生き方をする店長になるかである。
 「どう生きたいか、どんな人間になりたいか」は、魂の問題である。それは人間の尊厳の問題であり、真の意味での自由の問題である。

 これから二十一世紀を代表する企業になる過程のなか、ワタミのスタイルを真似た多くのコピー企業、チェーン店が出てくるでしょう。真似できるものは、すべて真似をしてくるに違いない。"真似のできないもの"のなかにこそ本質があって、"真似のできないもの"こそ大切に育てていきたいと思う。
 お客さまを思う心は真似ができない。
 家族の団欒の場面を見て、彼らは鳥肌が立つことはないでしょう。

第四章より

(以前ご紹介した本にも書かれていたように思いますが・・・)
 走るのが嫌いな子に、無理やり競争させて「お前は、ビリだ」ということが、本当に教育か。絵を描くのが苦手な子が、一生懸命描いた絵を「下手だな、君の絵は!」と点数をつけることが本当に教育か。算数が苦手な子に、算数を学ぶ目的さえも教えずに、しかもできるようになるまで教えもせず、〇点をつけ「落ちこぼれのレッテル」を貼ることが、本当に教育なのだろうか。
 人間は持って生まれたものが違うのである。この前提に立たなければ、本当の教育のあるべき姿は見えてこない。そして、それぞれの違った資質をそれぞれに磨いてあげることこそ大切なのである。比べることで、やる気を起こさせるという最も原始的な人心掌握の手法を用いているのが、現在の教育である。

 彼らを見ていて、水をやりすぎて根腐れを始めている植物を連想してしまった。水は、愛情です。花が咲くためには、水は必要不可欠です。愛情を受けずに育ってきた子どもは、独特の反応をします。どこか冷めた表情をしています。この人の愛情をほしいと思うと、確認のため、やたらスキンシップをしたがります。学生時代、養護施設で見た子どもたちです。今回の(注:北海道自然学校に参加した子どもたち)三十四人は、施設の子どもたちとはまったく違う反応をする子どもたちだった。いつも「安心」している。食事も、こちらが何もいわなければ、一時間でも、二時間でも食べている。「愛されているという余裕」を感じる。それはそれでいいこと。しかし、花がそうであるように、松がそうであるように、厳しい環境のなかにこそ美しい花が咲き、松の緑はより深くなる。水をあげ続ければ、植物は、自ら水を汲み上げにいく努力をしなくなります。水を途中で切るから、水を吸おうと根が"ぴしっ"と張るのだ。

 知識がある、何かの技術があるなどのことは、付属的要素にすぎません。確かに大切なものではありますが、「人間とは」という部分から見ればたいしたことではないのです。人間として、人間らしく生きていきたいと思います。
 最近の風潮である「ただ頭がよければよい、自分さえよければよい」などという生き方はしたくないと思います。

読みやすく、共感できること、考えさせられることがいっぱいです。
ご興味のある方はどうぞ。

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» 頑張るね。 [I want love you …]
先生が9月30日に、学校を去っていった。 最後にね、結構話したかったけど話せなかった。 だからお別れ会の時も、あんまり話できなかった。 後悔したよ。何で一番最後の最後なのに話せないんだろう。話さなかったんだろう。 って。 この学校には、もう先生の跡は無い。 何処を探しても。 でもね、やっぱ好き。 でも、なんと先生と今週の金曜日【もしくは土曜日】会える↑ 文化祭�... [続きを読む]

受信: 2007年10月 5日 (金) 22時21分

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