「なぜ勉強させるのか?」 諏訪哲二著
先日書店でタイトルが目に留まり、パラパラッと中を見たところ、「ゆとり教育」「お受験キッズ誌」「百ます計算」などの文字が目に留まり、どんなことが書かれているのかと思い購入してみましたが・・・。
諏訪哲二著 光文社新書
評価 ★★★
私には難しくって何がおっしゃりたいのか・・・という印象の1冊になってしまいました。
著者の諏訪氏は、著者紹介によると「プロ教師の会」代表で日本教育大学院大学客員教授、埼玉県の県立高校の教諭を2001年に定年退職されたと書かれています。
東京教育大を出られ、高校教諭になられ、定年まで教諭をされた方のようですが、タイトルをみると、子どもたちに勉強させる意味、意義のようなものが色々書かれているのだろうと思って読み始めたのですが、私の受けた印象では(私の読解力不足という可能性も否めませんが・・・)どうもタイトルと内容がずれているような気がしました。
内容は8章から成っており、それぞれ以下のようなタイトルがつけられています。
プロローグ そして「学力向上」だけが残った
1章 時代論① 「お受験キッズ誌」が映し出すもの
2章 時代論② ゆとり教育は案外、将来を見据えていた
3章 学校論① それでも学校を信じなければならない訳
4章 学校論② 塾・予備校は学校改革のモデルとなるか
5章 指導論① 「百ます計算」・陰(←正式には字が異なります)山メソッドの注意点
6章 指導論② 「親力」ブームの誘惑に耐えられるか
7章 子ども論① 世界の子どもと比べてみる
8章 子ども論② 「なぜ勉強するの?」と問われたら
エピローグ 勉強するにも、させるにも覚悟がいる
本の表紙裏には「本書は、『プロ教師の会』代表の筆者が、教職生活四十年間で培った究極の勉強論である。」と紹介されているのですが、個人的な感覚としては、8章までずっと、現在の教育現場の状況、代表的な「百ます」や「親力」などに対しての著者の捉え方、意見などが書き連ねられており、また、その表現も私には難しい表現も少なくなく、終始、おっしゃりたいことがストンと入ってこない感じがしていました。
タイトルの「なぜ勉強させるか?」に関して、著者のご意見が書かれているなと感じたのは、もう最後の最後、8章終盤からエピローグにかけてで、私としてはそこだけ読むためにそれまでの二百ページあまりを読んだの?という気分になりました。
国内外の教育や子どもたちに関して、幅広い知識をお持ちなんだなと思いましたが、タイトルから期待した内容とはかなり異なっていたので残念でした。
更に、「なぜ勉強するの?」と子どもに問われたらということに関してこう書いておられます。
子どもや生徒が一途に勉強に没入できなくて、「どうして勉強しなければならないのか」と質問することもあろう。その子どもの問いかけの真意によって、さまざまな応答が考えられる。そのとき大事なことは、「本当のこと」を答えようとしないことである。私たちに「本当のこと」はわからないし、仮にわかったとしても、子どもに説明することや、納得させることはできない。「そうすることがあなたの利益になる」で納得してくれれば幸いである。私たちおとなも、生きることや学ぶことの意味を探りつつ生きているのである。また歴史の終わりに到達したわけではない。その私たち(親や教師)が子どもが質問するたびに、毎回人間の真実を伝えることはできないし、その必要もない。おとなたちが人間の真実をわかっているわけでもない。(後略)
結局、本当の答えはおとなたちも模索しているのだから、答えられないのだということのようです。
もちろん、それに至るまでに書いておられることなど、納得できることもあるのですが、だったらこのタイトルで本を書かれなくても・・・という気がしてしまいます。
どういう方にお勧めなのか、ちょっと判断が難しいところです。
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