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2007年8月30日 (木)

「子どもの才能は国語で伸びる」 工藤順一著

もしかしたら1年ぐらい未読で置いてあったのかもしれません。(最近、3ヶ月ぐらいかな?と思うと半年とか、感覚がおかしくなっているので・・・)

「子どもの才能は国語で伸びる―五感を使って読書と作文  工藤順一著 エクスナレッジ

評価 ★★★★

気になるタイトルだったので購入したものの、うちの教室は算数がメインということもあり、ついつい後回し後回しになっていました。
やっと読んでみたのですが、「国語」という言葉から受けるイメージと、著者の工藤先生がおっしゃっていることは若干ズレがあるのかもしれないなと、個人的にはそんな印象を持ちました。

著者の工藤先生は、東京で「国語専科教室」を主宰されるかたわら、非常勤講師として芝浦工大で空間論を教えておられると著者紹介に書かれています。
国語の先生なのかと思えば、工大で空間論。なんとも奥の深い方だなぁと思いながら読み始めました。

先生の教室では1000冊ほどの本を用意し、それをもとに小中学生を中心に読み聞かせや作文指導などをなさっているようです。

本書の構成は「はじめに」で先生ご自身が紹介しておられますが、以下のようになっています。(以下引用)

 第1章は、教室に良質の絵本を大量に持ち込んで読み聞かせし、『コボちゃん』というマンガを使って作文練習をする試みを紹介しています。主に低学年対称の実践です。
 第2章は、中学年以降が対象で、一冊の本を完全に要約しながら精読する方法を紹介しています。解答は幾通りにも導かれるでしょう。
 第3章は、大人のマンガを分析して記述させるやり方を紹介しています。
 第4章は、教室を出て科学館での実体験をもとに作文を書くことを紹介しています。

また、それに続いてこう書いておられます。

 いまの国語教育をたとえていうなら、五感を駆使したマルチメディアの時代に、まるで雑音だらけの聞き取りにくいラジオ放送で、しかもわざわざ難しくて分かりにくい言葉遣いで単調に講義しているような感じとでもいえましょうか。子どもたちにはその時代のもっとも豊かなものが与えられるべきなのに――。
 一体、国語の教科書の文章はどのような方がどのような価値基準で採択しているのでしょうか。現実にはもっと面白い本や文章がたくさんあります。また、学校だけで通用して、社会に出てから何も役立たない建前的な作文を書かせるのはもういい加減にやめて欲しいです。子どもたちは、もうそれが建前でしかないこと、「王様は裸だ」ということをしっかりと知っています。
 だからといって今の子どもたちは反抗などしません。ただ、しらけきっていくだけなのです。 日本の子どもたちは、もう「王様は裸だよ」とすらいわなくなってしまいました。そして、学校とそれ以外の現実で言葉を使い分けることを学びます。何ということでしょうか。使い分けられない子が不登校になっていくのでしょう
。(後略)

1章には子どもたちにお勧めの絵本などが解説を交えて色々紹介されており、私も何冊か買ってみようかと思っています。
2章以降の作文指導などの実践は、確かにこれをしっかりやっていけば、子どもたちは賢くなるだろうと思えるものです。
特に、「コボちゃん作文」などはご家庭でも実践できそうなものです。

ただ、1冊の本を精読して・・・という実践になってくると、指導者側の力量がかなり問われるようにも感じますので、この先生の教室だからできるとか、一部の指導力のある先生ならできるとか、そういう面も少なからずあるのだろうなという印象を受けました。

余談ですが、5章で紹介されている科学館は静岡にあるそうなのですが、思わず行ってみたくなりました。

工藤先生がタイトルに子どもの才能は「国語」で伸びると書いておられますが、先生が言っておられる「国語」と私たちが一般的にイメージする「国語」とにはズレがあるように感じました。

私たちは日本人なので、普通はものを考えるときにも日本語で考えますし、誰かに何かを伝えたいときにも日本語を使います。
考えること、言いたいことを論理立ててまとめること、それをうまく表現すること、それらを「国語」というのであれば、間違いなく能力は「国語」で伸びるといえるだろうと思いますし、この本で先生が書かれていることには大いに共感、納得できました。

言っていることの根っこの部分は多分私が尊敬する先生方と同じなのではないかなという印象を受けます。

いい本だと思いますが、一般的に学校や塾などで学んでいる「国語」の授業のようなものを想像して、その「国語」で才能が伸びるのだと受け止めてこの本を読まれると、ちょっとギャップがあるかもしれません。
ただ、賢い子どもに育ってほしいと願う方が読まれるには十分価値のある本だと思います。

ご興味のある方は読んでみてください。

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2007年8月27日 (月)

「ノードストロームウェイ」ロバート・スペクター&P・D・マッカーシー著

先日読んだ本の中に、店では扱ったことのないタイヤの返品を受けた百貨店の話が紹介されており、なんだか気になって読んでみたのですが・・・。

「ノードストロームウェイ 絶対にノーとは言わない百貨店 

ロバート・スペクター&P・D・マッカーシー著 日経ビジネス文庫

評価 ★★☆

私はこれまで全く知らなかったのですが、アメリカにノードストロームという百貨店があるそうです。
もともとは靴屋さんからのスタートだったそうですが、その後、百貨店へと変わったと書かれています。

もともと、先日読んだ本の中にこの百貨店でのエピソードが紹介されており、お店で扱ったことのない「タイヤ」を返品しにきたお客に対し、その返品を受け入れたとの内容に妙に惹かれ、本を注文してみました。

しかし、私にとってはかなり読みづらく、また、どういう狙いで書いているのかよくわからない本でした。
もちろん、私の興味にあっていなかったから尚更そう感じたのかもしれませんが、ノードストロームの経営に関することがやたら細かく書かれているかと思えば、これまでの歴史も何年までは初代が、その後第二世代が、その後第三世代の時代があったが、途中で一族以外のものが役員になり・・・などのようにかなり細かいことまで書かれていたり、その合間合間に従業員のコメントがちりばめられていたり・・・。

もともと、外国の方が書かれた本はほとんど読まないのですが、これも国民性の違いなのか何なのか、私にはどうも読みづらかったです。

で、結局、タイヤのエピソードは、この百貨店自体がお客様からの返品を無条件で全て受け入れるということを貫いているということのシンボル的エピソードとして紹介されていたようです。
本によると、買ってから何ヶ月も経って、使用後であっても返品は受け付けるようです。
正直なところ想像がつきませんが、対象としている顧客層がある程度富裕層のようですので、タイヤを返しにくるような理不尽なお客はほとんどいないということなのかもしれません。

読みながら、ずっと以前に読んだ「リッツ・カールトン」の本を思い出しました。
また、ユニクロのことも思い浮かびました。

従業員に最大限の権限を与える。
従業員はお客様のことを何より一番に考える。

そういったことが最も重視されている企業のようです。(ただ、この本が日本で最初に出版されたのが1996年のようですので、今どうなっているのかはわかりませんが・・・。)

トップセールスの従業員たちのコメントなどは読んでいて感心することも多く、一流の販売員は人と接することが好きであることはもちろんのこと、恐ろしく頭の回転が速く、色々なことに気づき、経営センスも持ち合わせているのだなぁと感じました。(私には絶対無理だな・・・と思いながら読みました。)

すごいなぁと感心するところもありましたが、1冊を最初から最後まで読む価値は私にはなかったように思います。
果たしてどういう方になら大いに参考になるのかは、ちょっと思いつきません・・・。(すみません・・・。)

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2007年8月23日 (木)

「レバレッジ時間術」 本田直之著

なんでだったか忘れました・・・。ネット書店で目に留まって、ちょっと読んでみたいなと注文。届いてほぼ間なしに読み始めました。

「レバレッジ時間術 ノーリスク・ハイリターンの成功原則 

本田直之著 幻冬舎新書

評価 ★★★★

最近、忙しい忙しいと言っては、仕事が片付けない言い訳にしているような気がしているため、帯に「1時間かかった仕事が5分で終わる!」なんて書かれている言葉に目が・・・。
早速読んでみましたが、先日読んだ「いつも忙しい人、なぜか余裕のある人」や、渡邊社長の本、過去に読んだ勉強法関係の本などにも共通するところも多かったように思います。

ただ、内容はそれなりに興味深く読めましたし、過去に読んだものは読み返していないため、同じような内容でも、ついつい薄れ行く記憶を再度蘇らせるという意味でも私には価値があったように思います。

著者の本田氏はレバレッジコンサルティングの社長や別の会社の取締役なども務められ、また、1年の半分はハワイで過ごしておられるそうです。
しかし、驚くのは、今おいくつなのか書かれていないものの、新入社員の頃からの夢が将来ハワイで暮らすことだったそうです。(それも、隠居してから行くのではなく。)

本書は以下の章立てになっています。

プロローグ あなたがいつも忙しい理由
第一章   時間も「投資」で増やす時代
第二章   成果はスケジューリングで決まる
第三章   仕組み化・パターン化の絶大な効果
第四章   「Doing More With Less」の哲学
第五章   時間密度を高める「チリツモ」技術
エピローグ 人生という時間投資

書き出しがいきなりこう始まります。

◇いつも「忙しい忙しい」と言っている人
◇いつも「いっぱいいっぱい」の人
◇一生懸命やっているのに成果が出ない人
◇コツコツやることができない人
◇面倒くさがり屋の人
◇怠けぐせのある人
◇物事が続かない人
・・・・・・この本を読んでいただきたいのは、このような人たちです。

うぅぅ・・・。私のこと?
といわんばかりに、心当たりのことがずらりと・・・。これは読む価値ありそうです。(笑)

それぞれの章に沢山の項目があるのですが、気になる項目をいくつかご紹介しますと・・・。

切羽詰っている人ほど成果が上がる
面倒くさがり屋だから成功する

時間投資の基本は「仕組み」づくり
「節約」でブレイクスルーは起きない

俯瞰し、ゴールから逆算する
「課題」がなければ「成果」もない
「時間割」をつくれば頭も体も勝手に動く
一枚のチェックリストの大きな投資効果

「時間割」のある生活は快適
時間がありすぎるから、時間がなくなる
休日は「しないこと」を決めておく

一〇分の一の時間で仕上げる方法を考えよ
「人に任せる」は究極の効率化
優秀な人の成果が頭打ちになる理由

一冊一万円の雑誌でも全部を読むな
機器のマニュアルは必ず読む
「三〇分の自分時差」が生む大きな付加価値

すべては「ハワイに住む」ことからの俯瞰逆算
他人のせいにしているかぎり変われない

ちょっと実行に移してみようと思うことがいくつかありました。
まもなく夏休みも終わりますし、ちょっと考えてみようと思っています。

時間の使い方がうまくないなぁ、時間が足りないなぁと思っておられるような方は、一度読んでみられてはいかがでしょう?

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2007年8月20日 (月)

「もう、国には頼らない。」 渡邊美樹著

先日渡邊社長の本をご紹介したあとすぐ、新たな著書が出版されているのを発見しました。
なんとも興味を惹かれるタイトル。早速注文して読んでみました。

「もう、国には頼らない。経営力が社会を変える! 

渡邊美樹著 日経BP社

評価 ★★★★★

タイトルからしてとても興味を引かれるものがありましたが、届いた本の帯を見ると、こう書かれていました。

学校、病院、老人ホーム、

農業そして地球環境

「公」の仕事を救うのは、「官」ではなく、
"ありがとう"を大切にする「民」の力です。

総ページ数230ページを超え、文字も結構しっかり詰まっているのですが、一体なぜなのでしょう?どんどん読み進めることができます。
あらゆるページから、渡邊社長の思いがひしひしと伝わってくるのを感じるからなのかもしれません。

これまでどの本を読んでも、やっぱりこの方は素晴らしいと改めてファンになるという感じでしたが、今回のは渡邊社長のファンだろうがなかろうが、そもそも渡邊社長のことをご存知だろうがなかろうが、是非ともひとりでも多くの官僚、政治家、経営者、その他社会活動を営む全ての大人に読んでみて頂きたい1冊です。(当然、私は更に一層社長のファンになりましたが。(笑))

本書は2章からなっており、第1章では11項目にわたり、社長のお考えが具体的に分かりやすく、熱く語られています。
第2章は、「経営力が、学校を、福祉・介護を、農業を、地球環境を変える!」と題し、4つのケースについてまとめておられます。
それぞれは社長が手がけておられる事業を例に挙げて説明されており、ケーススタディ1は学校法人郁文館夢学園のケース、2は医療法人盈進会 岸和田盈進会病院のケース、3はワタミの介護株式会社のケース、4は株式会社ワタミファーム ワタミエコロジー株式会社のケースが紹介されています。

学校経営、介護事業への進出、農業への進出は知っていましたが、病院経営までなさっているとは知りませんでした。
ただ、どこを読んでも社長の思いが溢れていて、この方が総理大臣になれば国も変わるのかもしれないのにな・・・と今回は一層強く思いました。

個人的には、特に介護事業に関して現時点ではまだ関東圏が中心のようで、こんな考えの介護事業者が早く全国に広がってくれればいいのにと思いました。

内容を紹介しようと思えば、片っ端からしたくなるぐらい、とても全うなことを語っておられます。
出る杭は・・・ではありませんが、社長の主張に対して、やはりことごとく反論してくる方はおられるようです。それに対しても、ひとつひとつ言葉を尽くして述べておられるように思います。
これを政治家や官僚、公務員の方などが読まれたら、一体どんな風に感じるんだろうと、これを読んでもまだ闇雲に反論するんだろうかと・・・、そんなことを感じます。

是非一度読んでみて頂けたらと思う1冊です。

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2007年8月16日 (木)

「すこしの努力で「できる子」をつくる 」 池田清彦著

教育系雑誌の別冊で、色々な著名な方が「できる子」について意見を述べておられるのですが(そちらはまだ読みかけ・・・)、その中に池田先生が出ておられ、先生のご意見がなんだかすっと入ってきたので、本を読んでみたくなりました。

「すこしの努力で『できる子』をつくる 」 池田清彦著 講談社

評価 ★★★★☆

池田氏は、著者紹介によると、

1947年生まれ。東京教育大学理学部生物学科卒業。東京都立大学大学院で生物学を専攻。早稲田大学教授。
進化論、科学論、環境問題から脳科学、発達心理学まで幅広く論じるサイエンティスト。また、父親としても、三人の子どもを育て上げた。最近は、子どもを里山で遊ばせて鍛えようという運動にも意欲的に取り組んでいる。

と書かれています。もともと生物学がご専門の先生の子育て術。どんなことが書かれているのか楽しみにページを開きました。
本文は話し言葉で書かれており、一部専門的な話も出てきますが、非常に読みやすく、また、個人的にはとても好きな感覚をお持ちの先生だなと感じました。

本書の構成は以下のようになっています。

はじめに 脳の不思議と子育て
第一章  母親が世界である 胎児期
第二章  脳の基本構造を作る 乳児期
第三章  人間のはじまり 幼児期
第四章  暗記のすすめ 小学校前半
第五章  読書と学習の習慣を 小学校後半
第六章  勝ち組移行のラストチャンス 中学校以降
おわりに 子どもは親の背中を見て育つ

そして、「はじめに」にこのようなことが書かれています。

 では、遺伝子が、形質をすべて決定するのでしょうか?だとすれば頭のいい遺伝子を持つ親の子は賢くなるし、運動神経のいい遺伝子を持つ親の子はやはり運動が得意だ、とうことになってしまいますね。
 もちろんある程度、親の資質を受け継ぐ傾向はあります。しかしいろいろな研究の成果や実験データを見ていくと、「遺伝子だけが、形なり、性質なりを作っている」という考えは、どうやら間違いだということが分かってきました。
 そこで、どういう環境に置かれたらどういう遺伝子がどういう反応をするのかということが、生物学的にひじょうに重要な問題になってきたわけです。
 つまり「同じ遺伝子を持っていても、環境によって違う形質が出現することがある」んですから、遺伝子だけではなく環境もまた重要なのだ、ということになります。
 人間でいうならば一番決定的な環境は、胎児期から乳児期の発育環境と幼児期から小学校低学年ぐらいまでの教育になると思います。というのもこの時期までに脳の構造と機能が大体決まるからです。
 それではこの時期に、「どういう環境においてどういう教育をすれば一番理想的な大人が作れるのか?」ということをいろいろ調べてみましたが、実はよく分かっていないのだ、ということが分かったんです。
 そこでそれをいままで自分が蓄積してきた生物学、進化論、脳科学、科学論の知見、そして自分の子育ての経験などを総動員して、理想の子ども、さらには理想の大人の作り方を探っていこうと思います。

また、こんな風にも書いておられます。

 お母さんがあまりにも周りに「一生懸命にやらなくてはならない」と言われてしまうと、それがストレスになって、かえってノイローゼになったりして子どもにもあまりいい影響を与えないでしょう。だからやっぱりお母さんが元気であることがまず大事で、その上で少し余裕を持って子育てをすると、うまく行くと思います。そういうこともあって、「なるべく手抜きを」と言いたいんです。あんまり一生懸命にやらないで、それでまっとうな子どもが育てられれば、それが一番いいわけですからね。と、そういうようなことを考えています。

個人的に、こういう感覚はとっても好きですね。
また、先生は小学校に入ったとき、字が書けず、ひらがなも読めなかったそうですが、こんなことも書いておられます。

 だから小学校に入るまでは、字がかけなくてもなんとかなるのかもしれないな、と自分の経験から思います。言葉をうまく喋れるようになる時期と文字を覚える時期がすこしばかりずれたとしても、別に構わないと思います。
 もっといえば、喋りや文字、計算などの基本的な知能に関することを習得するにはいつの時期が一番適切なのか、という「時期」があるのだと思います。適切な時期に習得させるのが一番効率がいい。その時期よりあまり前や後に習得させようとしてもうまくいきません。
 つまり一番いいときに教育をするというのが、一番省エネで一番効率のいい教育の方法なんです。一歳児に足し算や引き算を教えても、子どももイヤだろうし効率も悪いでしょう。

以下も共感できますね。

 だめな子っていうのは、大ざっぱにいえば、大人になってからも自分で生活できなくなってしまうような子どもですね。よっぽど変人っであっても自分で生活できるんであれば、まったく問題はないと思いますよ。社会ときちんと折り合いがつけられる人間が「ちゃんとした人間」だと私は思います。大金持ちになるとか有名人になるとか、そういうことをめざす前にまず「だめな子」にならないことが大事です。

読みながら、納得、共感できることがとても多く、小学校低学年期にとにかく「読み・書き・そろばん」をと書いておられること以外はほぼ全て「うんうん、そうよね」という感じでした。
もちろん、「読み・書き・そろばん」と書いておられるのも、きっと池田先生のおっしゃる感覚であれば問題ないのだろうとも思うのですが、昨今の色々なブームを鑑みると、その点だけはちょっと賛成しかねるところがあるかなと。

さすが生物学がご専門というだけあって、胎児の頃からの子育てについて順を追って書かれています。
今からお子さんがという方、今おなかに赤ちゃんがという方はもちろん、小さいお子さんを持つ方には大いにお勧めできる内容のように思います。

頑張りすぎない、楽な子育て。
そういう視点から書かれた本ですので、溢れる情報に振り回されてどうしていいか困っておられる方などにお勧めできる1冊です。

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2007年8月13日 (月)

「小川未明童話集」 小川未明作

もう随分前、もしかしたら半年とかもっと前なのではと思いますが、教育系の雑誌の「おすすめ本特集」の中にこれが紹介されていました。
そのときに紹介されていたものの中から何冊か注文したのですが、仕事に直結しそうなものを優先して読んでしまうもので、随分長い間手元に置きっぱなしになっていました。

「小川未明童話集」 小川未明作 新潮文庫

評価 ★★★☆

紹介の文に「グリム、アンデルセンに比肩する児童文学」と書かれており、また、昔の言葉で表現されているような紹介もあったので、早速読んでみることにしたのですが、この文庫の初版は昭和26年。最初に収められている童話が書かれたのは今から90年近く前のようで、私はまだ影も形もなかったどころか、私たちの祖父母の世代がまだ幼子の頃というほど前のことです。

児童文学にしては漢字もたくさん出てきますし、今の時代の子どもたちにそのまま読んで聞かせても、意味がわからないかもという表現もあちこちに出てきます。

作者紹介によると、

早稲田大英文科在学中に書いた小説が坪内逍遥(この方の名前自体が既に「歴史」で習ったような方ですよね・・・)に認められ、十数編の短編小説集を刊行。大正デモクラシー時代は社会主義運動に参加する一方で、童話を積極的に書くようになり、多くの童話集を出版。戦前の日本児童文学界で最大の存在となる。’53年文化功労者に選ばれる。

となっています。

1冊の中に25の短編童話が収められていますが、心温まるほのぼのしたものもあるにはあるものの、もの悲しいもの、少し怖いものの方が多いように感じます。(時代背景などもあるのかもしれませんが。)

今の時代に大人の私が読んで、昔の日本語の響きの美しさのようなものを感じるところはありましたが、童話として読んだときに感動するか、面白いかと聞かれるとちょっと判断を迷うところもあります。

ただ、小さい子でも論語など日本の古典を声に出して読むことを楽しんでいるということもあるようですし、そう考えると、大人が子どもに読んで聞かせてあげると案外気に入るのかもしれないと思ったりもします。

本書の最後に坪田譲治という方(小川氏のことを「先生」と表現しておられるので、お弟子さんとかなのかもしれませんが)が解説を書いておられます。
そこから一部を引用します。

 童話は文学でしょうか。こんなことを考えている人があるかと思って、これについて一言書いて見たいと思います。
 こんな質問をする人は、童話を玩具同様に考えているとしか思えません。そういう人は、或いは小児科のお医者さんはオトナの、即ち内科なんかのお医者さんより低級な専門家と思っているかも知れません。だが、中国シナのことは知りませんが、アンデルセンを出したデンマークや、グリムの生まれたドイツや、ロビンソン・クルーソーの出たイギリスなどでは、そんなことを考えてる人はインテリの中にはいないと思います。フランスだって、ロシヤだって、アメリカだって同様です。というのは、みな次の時代を嗣ぐ児童のための文化を非常に真面目に考えているからです。そして、その真面目な考え方からですか、童話作家に偉い人が、世界的に偉大な人が、それぞれの国から生まれて居ります。吾国からは今まで、小川先生がその童話を完成した、今から二十年前くらいまでは、そんな人はまずいなかった訳であります。だから、吾国は児童文化を軽視していたのか。それとも、その軽視のために、児童文学の傑作が生まれなかったのか。どちらとも言えるでしょうが、とにかく、ここに小川未明先生という人が現われ、文学としての童話を完成した訳であります。(中略)
 然しまだまだ童話となると、オトナの小説ほど、インテリが敬意を表せず、重くも見ていない感じがあって、私たち童話作家はフンマンに堪えない次第であります。これが改められない限り、吾国の文化は外国に追いつくことが出来ません。児童文化の軽視というものは、民族の将来を軽視すると同様で、無考えも甚だしいものであります。このような民族にいい将来がある筈のものではありません。寒心に堪えずと言っても過言ではありません。恐らくこのままで行ったら、吾国、日本民族は滅びるかも知れません。
 私がここに小川先生の童話を斯様に高い声で叫ぶようなことをするのも、児童文化に関心をもてと、世の人々に言い知らせたいためであります。

これが書かれてから50年以上経ったわけですが、坪田氏の危惧は杞憂に終わっているでしょうか。

お盆で里帰りなどされている方は、おじいちゃん、おばあちゃんがこの童話をご存知かもしれませんね。
ご興味のある方、ご家族で一緒に読んでみられてはいかがでしょう?

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2007年8月 9日 (木)

「子供をゲーム依存から救うための本」オリヴィア・ブルーナー&カート・ブルーナー著

先日書店の店頭で目に留まり、ちょっと気になったので読んでみることにしました。
ただ、この類の本は過去にも読んだことがありますが、賛否両論。ある本を紹介した際には批判的コメントを頂いたりもしましたので、さて、これはどうなんだろうと思いつつ読み始めたのですが・・・。

「子供をゲーム依存から救うための本」 

オリヴィア・ブルーナー&カート・ブルーナー著 木村博江訳 文藝春秋

評価 ★★★★

個人的には、共感できるところが多く、また以前ご紹介した物々しい黒表紙の話題書のようにゲーム漬けになることで起き得る害などで恐怖心を煽る(もちろん、そういう面も実際にはあるのだと思いますが)という方向ではなく、読んでいても不安や恐怖を感じることなく落ち着いて読むことができました。

著者はアメリカ人ご夫妻で、実際にご自分たちのお子さんをゲーム依存から脱却させたご経験をもとに書いておられます。
アメリカでのことではありますが、アメリカでは日本よりメディアなどへの年齢規制などが厳しいようなことも聞きますので、ある意味で日本の方がもっと深刻な事態なのかもしれないと思いつつ読みました。

本の帯にはこう書かれています。

わが子をゲーム中毒から救い出した両親がはじめて書いた!

<こんな人は要注意!>
・子供が幼いころからゲームをしている
・ゲームがいつも身近にある
・宿題をさせるためにゲームをだしに使う
・「あと1レベル」の罠にはまる
・子供との衝突を避けるために弱腰になる

そして、表紙をめくるとこんなチェックリストが。

□ あなたの子供は、ほぼ毎日ゲームをしますか?
□ あなたの子供は、長時間(つづけて三、四時間)ゲームをすることが多いですか?
□ あなたの子供は、ゲームで興奮しますか?
□ あなたの子供は、ゲームができないと落ちつきをなくしたり、いらいらしたりしますか?
□ あなたの子供は、ゲームのために友だちづきあいやスポーツを犠牲にしますか?
□ あなたの子供は、宿題をやらずにゲームをしますか?
□ あなたの子供は、ゲームを短時間で切り上げようとしても、できないでいますか?
□ あなたの子供は、現実の体験に興味を失っているように見えますか?

チェック(本では赤でチェックの印)が四つ以上の人は、いますぐ本書を読んでください。

また、はじめににウォルト・ラリモア医学博士という方が書いておられることの一部を引用してご紹介すると・・・

 カイザー・ファミリー財団が二〇〇五年におこなった大規模な調査によると、青少年がメディアコンテンツ(テレビ/ビデオ/ゲーム/パソコン/音楽/映画/雑誌など)についやす時間は、過去五年間で一日一時間以上ずつ増加し、現在では日に八時間になっている。増加のおもな原因は、ビデオゲームだという。なんと、フルタイムで働くのとおなじ時間数だ!(中略)
 ブルーナ夫妻は、毎日パソコンの前でゲームを相手にすごす子供たちが、どれほどマイナスの影響を受けるか、数多くの例をしめしている。実際に、あなたの子供や家族がビデオゲームに刺激され、有害な(下線は本文では傍点)影響を受けることは、ほぼ一〇〇パーセント確実なのだ。
 ブルーナ夫妻は、なぜ子供がビデオゲームに夢中になるのか、そしてこの"デジタル・ドラッグ"にたいする依存症から子供を守るにはどうすればよいのかを解きあかし、人びとに伝えようと努力をつづけている。(中略)
 医療センターのウィリアム・ディーツ博士は「テレビを見ることほど、エネルギーを使わない行為はない」と述べているが、ビデオゲームも同じだ。そして、スクリーンの前にいる時間が長くなると、子供がきょうだいや親と過ごす時間は減ってくる。
 ほかにもいろいろ挙げられるが、もうおわかりだろう。
 あなたの子供が、子供らしい健康な活動ではなく、ビデオゲームの世界に引き込まれていたら、この本はあなたのものだ。
 ビデオゲーム依存は深刻だ――社会にも、あなたの子供や家族にも、長く影響を残す。
 親は誰でも、自分の子供がしあわせで健全で生産的な大人になることを望むものだ。ブルー名夫妻は、プレステ王国ではその目標がきわめて達成しにくいと、強く主張している。
 規則をもうけてゲーム時間を制限したり、ビデオゲームを家に置かないと決断する場合、弱腰になってはいけないと、この本は教えている。愛情をもって子供をしつけるときは、毅然とした態度が大切だと説いている。そして「子供の人格を育てあげるより、子供を甘やかすほうがたやすい」とも語っている。(中略)
 彼らの目的は家族のきずなをとりもどすこと、子供の環境を整えること、子供の夢と創造力をのばすこと、子供を守り育てることだ。
 実際に、ビデオゲームやテレビにのめり込まなかった子供は、健康的な人間関係を築く割合が高い。彼らはきちんと食卓について夕食をとり、スポーツ、ボードゲーム、散歩、音楽、映画などを楽しみ、ペットの世話をし、家事や庭仕事を手伝う。
 ビデオゲームをしたい放題にしても親から文句を言われず、インターネットへのアクセスも制限されなかった子供は、いずれ深刻な問題を抱えるだろう。私はそのことに疑いをもたない。(後略)

引用が長くなりましたが、小さいお子さんをお持ちの方は、今ご自分のお子さんはゲームをしておられなくても、また、しているとしても時間を守ってしておられるのだとしても、一度読んでみられてはと思う内容が色々書かれていました。

もちろん、アメリカでの話ですので、そのまま日本に置き換えることはできない面もあると思いますが、この本で一番納得したのは、過去に読んだ本などで殺人ゲームなどを延々続けていると、現実と仮想の区別が曖昧になってきて、実際に思いもよらない、また現実味のない凶悪犯罪を起こしてしまうなどということが書かれており、それに対しての反論も多くあったように思いますが、この本では、そういう例も取り上げてはいるものの、もっとシンプルに、ゲームというのはどんどんのめりこんでしまうように作られているものなので、小さい子供であれば尚更、時間を守れといってもなかなか難しく、結果、本当ならもっと生産的な活動に使えたであろう時間をゲームに費やしてしまうことのもったいなさのようなことに主眼を置いて書いておられる印象を受けました。

その点においては、きっと反論の余地もないのでは?と思うのですが、いかがでしょう?
著者ご夫妻は全てのゲームを否定しているわけではなく、コントロールがきかなくなることの恐ろしさや、それによってどれだけのものを失うかということなどを分かりやすくまとめ、子を持つ親御さんには大いに参考になる内容になっているのではないかと思います。
ご一読をお勧めします。

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2007年8月 6日 (月)

「あらしのよるに」 きむらゆういち作

先週は結構ハードで、おまけに毛虫にもやられ、かなり体力を消耗していたようです。
そのせいもあるのか湿疹は広がる一方で、今日近所の皮膚科に行ってきました。うっかり本を持たずに行ってしまい、月曜ということもあるのかえらく混んだ待合室で手持無沙汰。
さて、どうしようかと思ったら、「あらしのよるに」の絵本が6冊並んでいるのを発見しました。

「あらしのよるに」 きむらゆういち作 講談社

評価 ★★★★☆

以前、映画化されたときにテレビのCMや映画館での新作予告などで見て、なんだか気になるお話だなと思っていました。
ただ、映画を見に行くこともなく、書店の店頭でパラパラと中を見たことはありましたが、6冊のシリーズだということも知らず、おおよその話は知っているものの、結末は知らないという状態でした。

子どもがいるわけでもありませんから普段読む機会はありませんし、また、シリーズの絵本にしては1冊1400円と若干高く、1冊買ったら6冊買わねばならなくなるだろうといこともあり、教室にもこれまで置いていませんでしたので、手持無沙汰だし、丁度いいと思って読んでみることにしました。

1冊目は予告などで知っている内容でした。
2冊目、3冊目もまだ知っていました。
4冊目、5冊目と進み、徐々に知らなかった内容に進んでいきました。

たっぷり1時間ほど待たされたため、結局すべて読破することができたのですが、人がいっぱい、子どももたくさんの待合室で危うく泣くところでした…。(苦笑)
さすがにそれは恥ずかしすぎると必死で堪えましたが、映画館で映画を見たら、きっと人前でアニメであるにも関わらず泣いたんじゃなかろうかと。

最初のうちは、オオカミがほかの動物を食べるのは「悪いこと」ではなく、食物連鎖では必要なことなのになぁとか(もちろん、心情的には羊は食べられるなんて可哀想と思ってしまいますが・・・)、こんなの物語だからだよなぁとか、当たり前すぎることを考えてしまい、ストーリーに入り込めなかったのですが、途中からはなんだか大人でも考えさせられる話だなぁと感じました。

特に、2匹が会っていることを羊の仲間に見つかったところからの展開は、読みながら考えてしまいました。
自分の感覚、自分の判断を信じていた羊が、仲間の羊からあれこれ意見され、次第に「もしかしたらみんなが言っていることが正しいんじゃないか?」と思うようになっていくという展開が、人間社会でも実際にあるのではないかと。

ですが、そこからの展開がまた私には感動的で(もしもご存じない方がいたらネタバレになると申し訳ありませんので控えますが)、でもなんとも切ないラストに本当に涙を堪えるのが大変でした。(苦笑)

大人でも十分に楽しめる(楽しいというのかどうか微妙なのですが)お話です。
夏休みですし、まだストーリーをご存じない方はお子さんと一緒にいかがでしょう?

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2007年8月 2日 (木)

「川田龍平いのちを語る」 川田龍平著

先日の参議院選挙で、久しぶりに川田さんの姿を見ました。
ああ、こんな立派な大人になられたんだなぁと思いながら、選挙結果を見ていましたが、そのあとネット書店でこの本を見つけ、注文してみました。

「川田龍平いのちを語る」 川田龍平著 明石書店

評価 ★★★★☆

この本を注文したのが月曜。届いたのが昨日。ちょうど読んでいた本が1冊終わり、他にも読みかけのものや前から買ってある未読のものもあったのですが、先にこれを読んでみたいと思い、持って帰りました。

そして、昨夜布団に入るときに眠くなるまで読もうと思って読み始めたのですが、読み始めて間なしから涙がボロボロ溢れてきて、途中でやめるにやめられず、もともと行間も広く、写真も多いので読みやすいということもあり、お布団の中で読み切ってしまいました。

ひと言で言えば、こんな政治家が増えれば世の中は変わるだろうと。
川田さんはある意味、本当に「命がけ」で社会を変えようと政治の世界に足を踏み入れられたのだなということがひしひしと伝わってきました。

とてもとても素敵な本で、是非皆さんにも読んでみて頂きたいとは思うのですが、是非購入して読んでくださいというには価格が微妙なところかなと思います。
もし、図書館などで借りることができるなら、是非一人でも多くの方に読んでみて頂きたいなという1冊でした。

ただ、これをもっとも読んで頂きたいのは、国政に携わる方々だ。
ひしひしとそう感じました。

川田さんのことは皆さんご存知だと思いますが、薬害エイズ訴訟で実名を公表され、その後、和解が成立。国を相手取った裁判としては本当にすごいことだったようです。
ついこの前のことのように感じるのに、その裁判は一応和解をしたのが1996年3月。今からもう11年以上前のことなのですね。
時の流れの早さに改めて驚きを感じました。

読み始めて涙が止まらなくなった理由はきっと色々あるのですが、物心ついたときには既にHIVに感染していて、発病すればかなりの確立で死を迎えるという事実を背負って、ずっと生きてこられたということ。

それも、本人に原因があるのではなく、また、正しく使われていた薬のせいでもなく、そこにあったのは製薬会社と政治家の都合。
誰かのお金儲けのために、アメリカでは既に危険視され始めていた時期以降にも日本では大量に輸入された血液製剤が使われ、「血友病患者約5000人のうち約1600人がHIVに感染。すでに599人がエイズを発症し、死亡しています」と著書の中に書かれています。

その時期に血友病患者の方のほぼ3分の1が、誰かのお金儲けの犠牲になり、更にその3分の1以上の方が命を落とされた。
そんなことがあっていいのだろうかと、やり切れない思いでいっぱいになりました。
そして、「日本人は政治に無関心」というのは当たり前のような感覚で過ごしてきましたが、もし私たち一人ひとりがもっと政治に関心を持って、国のやっていることをしっかり見ていれば、もしかしたらこんな悲しい事件は起きなかったのかもしれないと、そんなことも考えました。

著書は以下のような構成になっています。

1 絶望ではなく、希望を
2 いのちを伝える - 子どもたちに語る
3 薬害エイズのたたかいを政治につなぐ - 31歳の決意
4 環境と平和をつなぐ - キーワードは「いのち」
5 地球のいのち - 龍平、アフリカへ行く

1章では、川田さんが国政に出る決意が書かれています。
文の中のこの言葉はとても重いものがありました。

 今、何もしないで、あきらめてしまうのではなく、最後まであきらめないで生きていきたいと思います。
 薬害エイズのときもそうでした。「どうせ、何をしたってムダだ」とあきらめるのではなく、まわりの人たちといっしょになってとりくんできたことが、一人ひとりを動かし、その一人ひとりが行動したことが画期的な裁判の和解へとつながったのです。
 
 あきらめなければ、できることがあります。

 一人ひとりが自分にできることは何かを考え、行動することで社会を変えていくことがでいます。その確信と行動が子どもたちにプレゼントできる「希望」なのです。(中略)

 自分の余生を、全力で「この国」を、「この星」を変えるために力を尽くします。どうか、みなさんいっしょに実現しましょう。

川田さんにとって人生とは、10歳のときに15歳まで生きられないといわれて、また1年、また1年と誕生日を迎えられたことをかみ締めて過ごしてこられた、私の薄っぺらな人生とは重みが全く違う、ずっしりと重い31年なのだと思います。

そして、この先もこの方は、きっと1日1日を本当に大切に、自分にできる精一杯のことをしていかれるんだろうなと、そんなことを感じました。

4章では、先日「豪快な号外」でも紹介されていた、「100万人のキャンドルナイト」の呼びかけ人代表の辻信一さんと、「カフェスロー」の立ち上げにも携わられた藤岡亜美さんとの対談がまとめられています。

5章では、アフリカに行き、ワンガリ・マータイさんらに会い、現地で経験された色々なことが紹介されています。

さっと読めますが、心にはがんがん響いてくるものがありました。
皆さんにも読んでみて頂きたい1冊です。

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