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2007年7月 2日 (月)

「きみはなぜ働くか。」 渡邉美樹著

ワタミといえば、コムスンのニュースで何度も名前が出ていましたが、それぞれの企業にそれぞれのご事情があると思うものの、個人的にはワタミが経営を引き継いでくださるのがサービスを受ける方々にとってもいいことなのではと思ったりしています。(もちろん、名乗りを上げておられる他の企業のことは全然知りませんので、他にも素晴らしい企業がおありだと思いますが。)
こちらは、恐らく渡邉社長の最新の著書ではないかと思います。ただ、買ってから長らく未読書の山に積んでありましたので、出版されたのは昨年秋頃のようですね。時の経つのは恐ろしく速いものです・・・。

「きみはなぜ働くか。渡邉美樹が贈る88の言葉 」 

渡邉美樹著 日本経済新聞社

評価 ★★★★★★★☆??

ときどき尊敬する方の本を読むのは、忘れていた気持ちを思い出したり、何か刺激を受けたりすることがあり、いいものですね。
渡邉社長の本を読むと、生で社長を拝見したこともないのですが、あの溌剌としたお姿や話ぶりが頭に浮かびます。
この著書は、毎月、ワタミグループの全店舗・全施設に送られるビデオレターの、アルバイトスタッフに対する社長のメッセージを元に構成されているそうです。

本書は5章からなっていますが、サブタイトルにもある通り、社長から若いスタッフへ向けた88のメッセージが見開き2ページにひとつという感じでまとめられています。
それぞれの章のタイトルは以下の通り。

第1章 きみたちは人生の主人公なんだ!
第2章 感謝、感動を忘れた人間になるな
第3章 シゴトは手段じゃない、きみたちの人生だ
第4章 豊かなこの国に生まれたきみたちへ
第5章 地球上で一番たくさんの「ありがとう」を!

相変わらず、社長の熱い思いがびしびしと伝わってくる内容ですが、1つのテーマが見開き2ページのため、読みやすい反面、あっさりしすぎかなと思う面もあります。
将来の夢や目標が定まらずどうしたらいいか迷っているような、普段あまり読書はしないという若い方などにはオススメかもしれません。

もちろん、それぞれの内容は短いものの、感動する言葉はあちこちにちりばめられていて、何度か涙腺が・・・ということもありました。
印象に残ったところをいくつか引用してご紹介します。

はじめにより(社長が理事長を務めるスクール・エイド・ジャパンの活動のひとつとしてカンボジアの貧しい村での給食を始めた際のエピソードより) 

三日に一食しか食べられない子どももいる、カンボジアの田舎の貧しい村です。早朝から給食が待ち切れずに、食器を持って子どもたちが集まってきます。
 朝七時、豆入りごはんが炊き上がりました。おかずは魚の缶詰のスープです。
「いただきます」
 元気よく給食が始まりました。その中で、一人だけ食べようとしない子がいました。ビニール袋に自分の給食を入れています。給食が終わろうとした時、何事もないように(下線は本文では傍点)周りの友だちが自分の分を三分の一ほど残し、その子のビニール袋に給食を分けました。
 聞くと、その子は家に食事をしていない小さな弟と妹がいて、自分の給食を持って帰るのだそうです。その子は給食が終わると、一生懸命、走って走って学校を後にしました。
 私は思います。
「本当の豊かさって何だろう」
「本当の幸せって何だろう」
 カンボジアの子どもたちは教えてくれました。モノは奪い合えば足りず、分け合えば足りるのです。自分だけの幸せなんてないんだ。幸せは、人のそれと重ねるものなんだ、と教わりました。

人生に「遅い」ということはない。より 

子どもを持つ親や教育機関は、本気で子どもの幸せを願うならば、考えかたを改めなければいけない。自分の意思をしっかり持てるように育てなければ、その子の幸せにならないと思う。いい大学に入れることだけが、その子の幸せではない。私は、いい大学を出ながら挫折している人間をいやというほど見てきている。(中略)
 きみたちに今夢がないのは、親の責任である。親に夢がないから、子どもにも夢がないのだ。親が偏差値でしか物事を考えないから、子どもが偏差値でしか物事を考えなくなるのだ。子どもは親を見て育つ。

「よい気」と「わるい気」、きみはどちらを吐いているか。より

 これは心理学の先生から聞いた話である。
 一つの部屋に一〇人が集まって、二通りのことを考える。まず、その一〇人に嬉しいこと、楽しかったことを一分間思いうかべてもらう。その部屋へ、何も知らない一人に入ってもらう。すると、その人は、その空気を読んで、「ああ、皆、とても幸せそうだな」と感じるそうだ。
 逆に、悲しかったこと、つらかったことなどを一分間、思いうかべてもらう。そこへ、また、何も知らない一人に入ってもらう。すると同様に「皆、とてもいやな気分だな」と伝わるそうだ。
 これは百発百中当たるという。「人の心が、その場の空気をつくる」ことが証明されたのである。人間は、よい時にはよい気を、いやな時にはいやな気を発しているのだ。(中略)
 よい気を吐く人は、人間として優しく、誠実に、責任を果たしている。

「だまされない人間」ほど多くのものを失っている。より 

一回だまされ、二回だまされ、三回だまされて、それから気づいたって遅くない。大切なことは、全てのお客様を信じるところから行動することができるかということだ。全てのお客様が正しいという思いからスタートしないと、私たちの成長はない。
 私が確信しているのは、人を信じて失うことの大きさと、人を信じないで失うことの大きさとでは、人を信じて失うことのほうがずっと小さいということである。
 人と接するとき、心を開いているか。心を開いて失うものと、心を閉ざして失うもの。確かに心を閉ざしていればいっさい怪我はしないかもしれない、誰からもだまされないかもしれない。しかし、そのかわり誰からも信じてもらえないはずである。

「得な道」は大抵間違った道である。より 

人間は。「善事を行って損する」生き方を選んでいくといい。「悪事を働いて得する」生き方を選んでしまうと、良心に傷を負う。それは致命傷だ。正々堂々と行動することができなくなり、ツキも失う。
 相手にとっていいほうというのは、自分にとっては辛いことであると一般的にいえる。しかし、自分は辛くても、相手のための判断をしていく。その繰り返しによって身に付いていくものは、人間として優しい性根、性格である。

食事は心だけではなく脳まで変える。より(ちょっと耳が痛い私・・・)
(ワタミが参入した介護事業で買収した老人ホームでのエピソードより)

ワタミの介護食は一膳一膳に、数多くの手間をかけてお出ししている。手間をかけることは、愛情をかけて出させていただいているということだ。今まで三分の一も食べなかった人が、完食している。「食事の力は絶大だな」と思うのは、一週間完食を続けると、その人は元気になるということだ。
 ある入居者の方から、原稿用紙一〇枚ぐらいになるすごい量のお礼状をいただいた。
 この方は夫婦で入居されている。ご主人は九六歳。認知症もあって、あまりしゃべらない。そのご主人が一時間かけて食事を終え、箸を置いた。ケアの方が「食事終わりですね」とお膳を下げようとしたら、ご主人が「俺のお膳を下げるな。俺はこの食事が好きなんだ」と言った。

まわりと比較するな。自分の「昨日」と比較せよ。より

 なぜ人は生まれてきたのか。なぜ学び、なぜ働くのか。自分自身の存在価値を見つけ、自分だけの道を歩むことができるようになる教育をしなければいけないと思うのだ。
 人間はそれぞれ持って生まれたものが異なる。これを前提としなければ、本当の教育などできない。(中略)
 きみに言いたい。けっして、まわりと比較してはいけない。比較していいのは、きみの「昨日」と「今日」だけである。自分は自分以上でなく、以下でもない。自分自身が相対的にではなく、絶対的に成長することが大切なのである。

かなりの引用になりましたが、まだまだいい言葉が沢山書かれています。
社長のファンの方は必見です。(笑)

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