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2007年6月28日 (木)

「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する」 島田紳助著

ネット書店で目に留まり、島田紳介さんのことは常々「なんて頭のいい人なんだろう・・・」と思っていたこともあって、ビジネス書みたいなものは滅多に読まないのですが、ちょっと読んでみました。

そして・・・紹介文を書く前にりんご先生にご紹介したら、りんご先生が先にこちらで紹介しておられます。とってもいいところを引用されていますね。どうぞお読みください。

「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する 絶対に失敗しないビジネス経営哲学 

島田紳助著 幻冬舎

評価 ★★★★★ (教育にはあまり関係私としてはとても面白かったです。)

我ながら、どこまで単純やねん・・・と思わなくもありませんし、本を読んだりして感動するたびにファンになっていたらキリがないとも思わなくもありませんが、もともと結構好きだったので、本を読んで一層ファンになりました。

さすが頭の回転が速いなぁと思わされますし、本業がお笑いというだけあって、とても読みやすく、内容もわかりやすい。
もし、起業しようと考えている方などがおられましたら、まず読んでみられてはと思う内容がぎっしりでした。

ご本人は本の初めで以下のように断っておられますが、読んだ印象としては、それは謙遜というか、本業のビジネスをする際にも十分に参考になることが書かれているのでは?という印象を受けました。(まあ、私は「ビジネス」に関しては全くというほど勉強していませんので、アテにならないかもしれませんが・・・(苦笑))

 もっとも、1つだけ最初にはっきりさせておきたいことがある。これを書いておかないと、本業としてビジネスに取り組んでいる方に、とても失礼な話になる。
 ここで僕がいうビジネスは、あくまでもサイド・ビジネスだ。
 極論するなら、儲けるためのビジネスではない。実際に僕は、営利目的でビジネスをしていないし、もっと言えば、店の儲けからお金を得ることもない。
 言葉は悪いけれど、あくまでも遊びとしての、人生を豊かにするサイド・ビジネスとしてのビジネスのススメだ。
 お金は自分の本業できちんと稼ぐのが前提。その本業で儲けたお金で、面白いことをしようという話なのだ。だから目的は、儲けることではなく、自分も含めて、そのビジネスに関わるみんなが幸せになること。
 そういうわけで、大儲けをしようと考えている人には、僕の話はあまり参考にはならないかもしれない。そのかわり僕の方法なら、サラリーマンだってビジネスを始めることができる。資金はたくさんあるに越したことはないが、そこは工夫の仕方でなんとでもなると思う。自分の身の丈にあった、無理のない規模から始めればいい。
 ただし、サイド・ビジネスであろうと、ビジネスであるからには、金銭的にきちっと成立しなきゃいけない。あり余るお金を注ぎ込んで、赤字を垂れ流しながらビジネスで遊ぼうという話ではない。だいたいそれじゃ、ちっとも楽しくない。儲かってこそ、自分のアイデアの正しさが証明できるのだ。

内容は4章から成っていて、それぞれタイトルは以下の通り。

第一章 みんなが幸せにならなきゃ意味がない
第二章 常識破りで魔法のアイデア
第三章 仲間こそが宝物
第四章 お金と成功

読んでいて感じたことは、とにかく頭のいい人だなということ、お笑いに関しても想像を遥かに超える努力をしておられるのだなということ、そして、すごくすごく「人」が好きなんだろうなということでした。

こういう考え、気持ちでビジネスをすれば、きっと失敗はしないだろうと思えることがいっぱいありましたし、もともと「お金儲けの方法」とか、テクニック的なものを受け付けない私も、ここに書かれていることはとてもすんなり受け入れられることが多かったなと感じています。

テレビを見なくなって久しいのですが、以前は深夜の時間帯に島田氏がやっていた(今もやっているのかと思いますが)「クイズ紳助くん」という番組に出ていた、何をやらせてもパッとしない、お笑い芸人としては絶対売れないだろうなと感じていたひとりのお弟子さんがいるのですが、その人は今、東京で大繁盛しているお好み焼き店の経営者になっているそうです。

本にはその方が独立するときのことなどが書かれているのですが、それを読みながら、人との出会いは大きいよなぁと改めて感じたりもしました。

ビジネスに興味のない方が読まれても、十分面白いのではないかと思います。
私としてはかなり楽しく読ませて頂きました。オススメです。

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2007年6月25日 (月)

「奇跡と呼ばれた学校」 荒瀬克己著

先日、都麦さんのメルマガで日経ビジネスの話題が出ていて、ちょっと気になったので、普段は読むことのない日経ビジネスを購入。
その中の特集記事に、京都堀川高校のことが紹介されていて、興味を引かれたため、読んでみることにしました。

「奇跡と呼ばれた学校 国公立大合格者30倍のひみつ

荒瀬克己著 朝日新聞社出版社

評価 ★★★★

日経ビジネスを読んだところ、京都の公立高校である堀川高校が2001年には国公立大合格者が6人だったのが、2005年には180人と30倍になったということ、その授業内容などがかいつまんで紹介されていました。
一体どんな改革をしたのかが気になって、早速こちらを購入。期待しつつ読んでみました。

生まれてから神戸を出たことのない私は他府県のことはほぼ全く知りません。
京都にもどれだけの学校があって、どんな選抜方法で・・・ということも全く知りませんでした。

著者である荒瀬克己先生が校長を務める京都の堀川高校は、95年に立ち上がった「京都市立高等学校21世紀構想委員会」の答申で、京都市立高校改革のパイロット校になったそうです。

その後、99年にいよいよ新しい堀川高校がスタートし、このときの1年生が卒業する年、前年には6人だった国公立合格者がいきなり106人になったそうです。(既に20倍近いですね。)

それまでの京都の公立入試は戦後、総合選抜で行われてきたものが85年に改革があり、その頃から人気校、不人気校の格差が生まれ始め、更に、「公立はあかん」と、大学受験するなら私立だという風潮もできあがっていっていたようです。

そこで立ち上がったのが上述の委員会。荒瀬校長ご自身、この会の委員として尽力されたようです。

その後、様々な議論が重ねられ、堀川高校はそれまでの普通科のほかに「人間探求科」と「自然探求科」を新設、新たなスタートを切ったようですが、どんな取り組みをしたか、どんな変化があったかなどが綴られています。

私は単純なので、もし私が中学生のときに京都に住んでいて、この学校の存在を知ったら、多分ここを受けたいと言っていただろうなと思いながら読みました。
荒瀬校長のことは、今回まで全く存じ上げませんでしたが、書かれている教育論、価値観など、とても多くの部分で共感でき、この方が校長を務めておられるのであれば、その元に集う子どもたちは幸せだなと思いました。(もちろん、校長のお考えが全教職員に伝わっていればということになるかもしれませんが。)

高校に関することが書かれているのですが、最後の第5章は「若者たちの巣箱-校長アラセはこう考える」と題されて、荒瀬校長の思いが綴られています。
この章は特に、小さいお子さんをお持ちの方でも大いに参考になるのではと感じることが多かったです。
一部引用しますと・・・

 言葉は、人が成長していく上で何よりも大切なものです。しかも、いい言葉、正しい言葉を浴びて育っているかどうかは、大きな問題です。
 しかし、その大事な言葉が本当に大切にされているだろうか。残念ながら、そうとは言えない状態があります。いい言葉を浴びていない子どもの中に、いい言葉が育つはずはありません。
 高校生たちを見ていると、右手の親指一本で、見事なスピードでメールを打っています。携帯メールは、語尾を言わなくても通じたり、単語だけで会話をしたり、さらに言えば絵文字だけでも通じてしまう便利な道具です。時代によって言葉のあり方は変わるので、それもひとつの表現手段と思えば、何も心配することはないのかもしれません。しかしながら、丹念に言葉をつむぐことが必要な時期に、そのことから若者を遠ざけてしまってはいないでしょうか。(後略)

 知識や経験を得られる場所は、学校や教室の中だけではありません。さまざまな体験、特に自然の中での遊びの体験は、子どもたちにとって大きな学びのチャンスです。身体を使って失敗や成功を繰り返しながら、知識を活用する経験を重ねるという、大切な時間と場所を得ていきます。
 しかし最近は、「遊ぶ」ことを本当に体験している子どもたちが、減っているのではないかということをつくづく思います。(中略)
しかし、野外で遊んだり、友達とちょっと遠くまで冒険してみたり、そういったことを通しての学びは、教室で学ぶこととはまた違った重みがあります。(中略)
 そんなふうに、自然の中でさまざまな体験をすることによって、子どもたちは脳に刺激を受け、忘れることのない言葉を覚えます。(中略)
夕日を見る、自然体験をする、そこから滋養のある言葉が生まれます。

そのほか、「おばあちゃん子が成功する!?」や「意識した理不尽も必要」「手を使う、手で考える」など、興味深いこと、大いに共感することが書かれています。

新書でお手頃ですし、ご興味のある方は是非どうぞ。

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2007年6月21日 (木)

「ひとりで、できた!」 池田政純・池田則子著

またまた「モンテッソーリ」関連書籍を読んでみました。
読めば読むほど、もっと知りたくなってきますね。

「ひとりで、できた! 子どもは手を使いながら一人立ちする

相良敦子監修 池田政純・池田則子著 サンマーク出版

評価 ★★★★☆

相良先生の本は既に何冊か読みましたが、今回は相良先生が監修され、京都で「くすのき保育園」をしておられる、池田政純先生、池田則子先生が書かれた1冊です。

帯に少し小さな字でこう書かれています。

保育園の先生たちが考えた、
「モンテッソーリ流」
教具の作り方と活用のヒント。

ここからもわかるように、本書では実際の教具が写真つきで沢山紹介されています。
6章構成になっており、それぞれの章のタイトルは以下のようになっています。

第1章 子どもは幸せになるよう、創られている
第2章 「敏感期」は、自然がくれた成長のためのチャンス
第3章 子どもたちの、心の声 -「くすのき保育園」の日常から-
第4章 遊具作りのポイントと活動をサポートするコツ
第5章 基本の動きを楽しくマスター 家庭で作れるアイディア遊具
第6章 動きながら自分磨き 感性や知性を高める遊具

第1章から第4章までは主に読み物、第5、6章は主に教具(遊具)の作り方とその遊具の効果などが書かれています。

とても大切なこと、素敵なことがたくさん書かれていますが、一部引用してご紹介します。

第1章より

 幼児期は、人間のハードウエアにも相当する感覚器官や運動器官、そして脳を完成しなければならない時期です。だから、この時期の子どもの周囲には、「感覚器官を洗練することのできるもの」「運動器官を洗練したり鍛えたりすることのできるもの」を豊かに準備してやることや、脳をよく使うことのできる経験をたくさんさせてあげることが大切です。
 感覚器官や運動器官がすでにできあがってしまったおとなが、おとなの価値観で「良い」と思ったものは、必ずしも子どもにとって価値があるとは限りません。
 たとえば、この時期の子どもは一生のうちでこの時期一回きりというほどに全力投球で体を動かしたいのです。
 ところが、都市化された現代社会には、子どもが思う存分に体を動かせるスペースがありません。外から家の中に追いこまれた子どもたちを待っているものは、テレビやビデオ、そしてゲームやパソコンです。
 視覚だけしか使わない、しかも平面の電子画面しか見ないという悪条件に加えて、早期教育のビデオの前に座らせれば意義があると思いこんでいるおとなのせいで、子どもたちのメディア漬けは恒常化してきました。
 その結果は、「新しい荒れ」といわれる、子どものさまざまな問題を生み出しています。(後略)

第2章より(「敏感期」に関する内容から一部引用)

 30年近くもの間、現場で0歳児の赤ちゃんから6歳ごろまでの子どもをたくさん見てきていますと、子どもの動きがどう変化し、体や心はどんなふうに発達するのか、知性がどのように芽生えだすのか、そのときどきで子どもは何に興味をもつのか、という一連の流れがくっきり浮かびあがるように見えてきます。

第3章より

 子どもはおとなが考える以上に、本質を見抜いたり、美しいものに対して敏感な感性をもっています。ごてごて飾りつけたものより、シンプルだけど機能美にあふれるものを好むのです。
 教具も、要素が一つだけのわかりやすいものが好きなのはそのせいです。また、清潔ですっきり整理整とんされた室内にいると、気持ちが落ちつくようです。子どもを取り巻く環境が、おとなの勝手な思いこみで"子どもだまし"にならないよう、注意してください。

第4章では、遊具作りのポイントと子どもの活動をサポートするコツがわかりやすくまとめられています。

第5章では、押す・引く・開ける・閉める・貼る・はがす・・・などの基本の動きをマスターするために有効な遊具とその作り方の紹介がされており、見ていても楽しくなります。
ただ、これらを一般のご家庭で全て作るのは、手間的にもスペース的にもちょっとキビシイのでは?と思うところもあります。ご近所のお友だちなどと手分けして、あの子のおうちではこれとこれ、この子のおうちではこれとこれ・・・という風にできるなら、より有効に色々なものを使えるのかもなぁと思ったり。

第6章では、「折る・切る・貼る・縫う」という指先運動に関する教材などが色々紹介されており、こちらは第5章ほど大掛かりではないものも多いです。(第5章より高度な能力になるのかと思います。)

見れば見るほど、いいなぁ、幼児期にこれがやれたらなぁ・・・と思ってしまうのですが、現状、私の教室でこれだけのものを準備するには、まだまだ勉強しなくてはいけないことも、準備しなくてはいけないものも、クリアしなくてはならない問題もあまりにも多すぎて、部分的に参考にしたり、指導の際に心がけたりという風にしかやれそうにありませんが、こういうことをしっかり堪能して育った子どもは、恐らく心の安定した賢い子になるに違いないと感じています。

幼児のおうちの方は一度読んでみられてはと思う1冊です。

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2007年6月18日 (月)

「数に強くなる脳トレーニング」 小柳和久著

ネット書店からのDMで知りました。まだ出版されて間もないようです。
タイトルだけで購入すると外す場合もあり、おまけにまだ出版されてすぐに注文したため、レビューなども参考にできず、迷いつつも注文してみました。

「数に強くなる脳トレーニング 数字を使わずに計算力を高める!」 

小柳和久著 PHP研究所

評価 ★★★★

「脳トレーニング」といえば、この1、2年の流行でもあるのだと思いますが、そろそろ流行りすぎて落ち着いてきたかなという感もあります。(実際はどうなのでしょう?)

巷に溢れる「脳トレ」系の書籍。さて、今回はどんなものなのだろうと早速見てみることにしました。
本の表紙の雰囲気から、なんだか勝手に「読み物」を想像していたのですが、結局は「トレーニング本」で、中にはパズル系の問題がずらりと並んでいます。
総ページ数も100ページに満たず、内容としては決して悪くはないものの、高くはないけど安くもないというところで、購入をお勧めするかどうかは微妙な価格設定です。

著者の小柳氏のお名前は私は全く存じ上げませんでしたが、著者紹介に書かれていることを一部抜粋しますと・・・

子どもの脳を目覚めさせる専門スクール「スクールオブスクールズ」代表。1992年、教科指導を一切行わない塾「スクールオブスクールズ」を開校。「楽しくなければ勉強じゃない!」をモットーに、イメージトレーニングを中心とした脳力開発トレーニングを展開している。(中略)
これまでに指導した生徒は、幼児から老人まで、東京、千葉、名古屋、神戸、京都各校を含め4000名にのぼる。

とのことで、15年ほど「脳力開発トレーニング」をしてこられた方のようです。
そういう意味では時代の先駆者のお一人なのでしょうし、実際この本を見ていても、子どもの頃からこういう切り口で数や図形に触れていれば、確かに数字に強くなるだろうと思います。

内容的にも十分に素晴らしいと思うのですが、個人的にはこういった類のものを色々見ていたり、現在教室で使っている教材・教具の方が更に優れているのでは?と思うところもあったりで、すごく感動したとまでは言えませんでした。(もちろん、本当によく作られているなと感じるものです。)

本書は3章構成で、

第1章 数量感覚を高める
第2章 数的思考力を高める
第3章 スピード、注意力、集中力を高める

となっています。

第1章に関してはピグマリオンの教材・教具によく似たものがあり、そちらであれば実際に操作して体感することができる分、より小さい子からでも有効に学習できるように感じますが、小学校の高学年以降ぐらいであれば、この本でトレーニングすることも有効かなと思います。
ただ、その場合には問題数がそう多くありませんので、ご家庭で同じような問題を作るとかいう必要もあるかもしれません。

第2章に関しては有名なところでは宮本先生のパズルなどと通じるものがあり、最近流行っている「算数系パズル」を紹介されています。(問題は著者のオリジナルなのだと思いますが、似たようなものはこれまでに見たことがあります。)

第3章はほんの数ページだけで、「速く正確に数字を見極める力を高める」ための「正誤判断トレーニング」というものが紹介されており、確かに集中力も必要ですし、時間を計って意識することでスピードも速くなるのだろうなと思いますが、これに関して、著者は「目を左右にできるだけ速く動かして・・・」ということを書いておられ、もちろんそれも有効なのだと思いますが、そのトレーニングは長時間はできない気がしますし、疲れるようにも思います。それに関しては、視野を広げて左右両方を一度に視野に入れるという方法で対応できる部分もあるように思います。(問題によってはそれでは判断し辛いこともありますが。)

内容も著者のお考えも共感、納得できるものですので、お勧めはお勧めですが、まずは書店で手にとってみられるほうがいいかもしれないなと思います。

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2007年6月14日 (木)

ちょっとイレギュラーなご紹介

読み終わっている本はあるにはあるのですが、しなければならないことが色々あって、なかなかゆっくり紹介文を書けずにいます。(おまけに時間があってもここのところなんだか妙に眠くて・・・(苦笑)あ!レッスン中は大丈夫ですよ、ご安心ください。(笑))

ご紹介したい本は色々あるのですが、今日はちょっとイレギュラーで小冊子のご紹介です。(ご本人に了解を取っていないのですが、きっと許してくださるはず・・・)

以前、ブログがご縁でお問い合わせをくださった、そのときは静岡で塾をされていた先生がおられます。
それまでは個別指導のような塾をなさっていたようですが、私のブログがきっかけでピグマリオンに出会われ、私同様に惚れ込まれたようです。

私より更にすごいのは、伊藤先生の側でもっと勉強したいということで、この春から静岡を離れて大阪まで移ってこられたとのこと。
その先生が、小冊子を作られたそうです。(私はキュートなK先生からお送り頂きました。K先生、ありがとうございます。)

タイトルは

『おねがい、やめて!まだ早い!反復・詰め込み系学習を選ぶ前に読む本』

副題として

「~子どもに勉強で苦労させたくない人のために~幼稚園から低学年編」

と書かれています。

A5版40ページほどの冊子ですが、先生の熱意がひしひしと伝わってきますし、私も過去何度もブログで書かせて頂いている、機械的反復学習の怖さ、教え込むことの怖さなどがご経験を元に書かれています。

この小冊子はご希望の方には無料で送ってくださるそうです。
さすがにここに電話番号を書くのは問題があるかもしれませんので、ご興味のある方はぜひこちらをご覧ください。

因みに、冊子でなくとも、ネット上に同じ内容を公開もしておられますので、そちらで読んで頂くことも可能なようです。

先生は、これまでになかなかない形の塾を作られたようです。
そちらもご興味があれば、一度ご覧ください。

あんしんあずかり塾
http://anshinazukari.jp/

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2007年6月11日 (月)

「ふしぎだね!?ダウン症のおともだち 」

買ってから数ヶ月・・・。他の本を優先しているといつまで経っても読めずにいました。
どうやら全12冊のシリーズなのかな?という感じですが、この次を購入するかどうかは未定。因みに、子どもたちは今のところ殆ど興味を示してくれていません・・・。

「ふしぎだね!?ダウン症のおともだち 」

玉井邦夫監修 ミネルヴァ書房

評価 ★★★★

ダウン症という言葉を耳にする機会はこれまでにも何度かありましたし、以前はテレビドラマでダウン症の子どもを主人公にしたものなどもあったようですが、さて、実際にはどのような障害なの?というところに関してはよくわかっていませんでした。

難しい専門書を読むにはなかなか時間も取れないため、ちょうどこのシリーズで出版されたこともあり購入しました。

これまでのものと同様に、1章では主な事例をいくつか挙げて、どうしてそういうことが起こってしまうか、そういう場合には回りはどんな風に接してあげるといいかなどが子ども向けにわかりやすく書かれており、2章ではもっと専門的な内容について解説されています。(もちろんこちらも高学年ぐらいであれば自分で読むことができるようになっています。)

以前から、街中などで見かけるよく似た顔の何らかの障害を持っておられるのだろうと思っていた方たちが「ダウン症」の方だったのだなということがわかりました。
何でみんな似ているんだろう?と思っていた私の疑問を、この本が解決してくれました。

ダウン症というのは生まれながらの染色体異常による障害で、その特徴のひとつとして顔つきが似て見えるのは「顔の中心部の骨などの発達がゆっくりであるのに対して、顔の周囲は通常の速度で発達するからではないかと言われています。」と書かれていました。

また、ダウン症は1000人のうち1人の割合で生まれる可能性があるとのことで、珍しい障害ではないものの、薬や注射、手術などで治るものではないとも書かれています。
更に、ダウン症は「知的障害を伴うことが大変多い」そうですが、「ダウン症」自体は知的障害とは別のものとも書かれています。
(そのほかにももっとわかりやすく色々な症状や手助けのポイントなどが紹介されています。)

もしお子さんの身近なところにダウン症の方がおられるとかであれば、親子で一緒に読んでみられるといいのではと思います。

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2007年6月 7日 (木)

「夜回り先生のねがい」 水谷修著

これまでにも何冊か水谷先生の著書はご紹介してきましたし、「夜回り先生」と言えば、もう多くの方がご存知に違いありません。
心から偉大だと思う方ですし、どの本もいつも心を打たれるのですが、たくさんの本が出版されて、全てを買うのはちょっとなとこのところあまり手にしていませんでした。

しかし、この本の帯に書かれた言葉に思わず手に取ってしまいました。

「夜回り先生のねがい」 水谷修著 サンクチュアリ出版

評価 ★★★★★

水谷先生の著書はいつも涙なくしては読めず、大抵は読み始めて間なしから涙が溢れてきて、最後まで泣きっぱなしになってしまうというのがお決まりのパターンです。

また、どの本に書かれていることにももちろん心動かされましたが、先生の関わっておられる夜の世界、影の世界のことという点では全て共通しており、そういう意味では全部を読まなくてもいいのかなと思うようになりました。

しかし、書店でこの本を見たとき、これは読まなくては!とそう思いました。本の帯にはこう書かれていました。

夜回り先生が
痛みとともにつづった、
渾身の最終章

そして、裏にはこうも書かれていました。

私は夜回りを死ぬまで続
けるつもりです。しかし
この本は「夜回り先生」の
最後の一冊にしたいと思
います。

「最後」という言葉が色々な意味で心にひっかかりました。
ご病気を患っておられる先生。しかし、入院、手術という選択をせず、ご自身の人生全てを子ども達のために捧げようとしておられるかのお姿。

先生の余命がどれだけあるのかわかりません。ただ1日でも長く、お元気でいらして頂きたいと願っています。
その先生ご自身が「最後」と決められたのはなぜなのか。
ネット書店のレビューである方が、先生が講演で「大仕事をする」と話しておられたと書いておられたのですが、それが一体なんなのか、気になるところです。

今回も読み始めていきなり涙が溢れてきて、ある晩、布団に入って読み始めたのですが、結局泣きながら最後まで読み通してしまいました。

今回、これまでと一番違うことは、先生の大人への視線、メッセージです。
「はじめに」から一部引用させて頂きます。

 一方で、私はおとなたちを憎み続けていました。大人がきちんと見守り、優しく育てていれば、子どもはわざわざ自分を傷つけようとしたり、死を考えたりすることはありません。追い込んでいるのは、間違いなく両親や教員たちです。許せませんでした。(中略)
 しかし、私はあるとき知りました。決して弁護する気はありませんが、そういう大人たちも、実は会社や社会で否定され続けている存在なんだということを。(中略)そのせいで自尊心も失いつつあります。自尊心を失うと生きる力が弱まり、それだけ人間としての器が小さくなる。そのイライラを、暴力という形で子どもにぶつけているのです。(中略)

 私はすべての大人を一方的に敵として憎むことで、つねに子どもたちと同じ目線で生きようとしてきました。しかしそれは正しかったのでしょうか。
 今の日本には、心に余裕のない大人がたくさんいます。余裕がないからこそ、より弱い立場である子どもを追い詰めてしまう。もちろん、本当にひどい大人もたくさんいます。でもそれ以上に多くの大人が、自分の過去に苦しみ、悩み、なんとか罪を償おうと必死になっている。そういう大人たちが本来持っているはずの優しさも、もっと子どもたちに伝えていくべきだったんじゃないかと、今では悔やんでいます。

長い引用になりました。
こんなに書いてしまっては問題かもしれませんね・・・。(不都合があれば教えてください。)

その後には12のさまざまなエピソードが書かれ、やはり心を揺さぶられます。

そして、これまでと大きく違うことが「おわりに」にも記されています。
これまでの先生は子ども達に対してはどこまでも限りなく愛に溢れる方だと感じましたが、その愛する子ども達を守るために大人を敵視している点はあったように思います。
ただ、この本では、もちろん「敵」である大人は存在するものの、そうではない、苦しんでいる大人もたくさんいるのだということに先生自身が気付かれ、それを子ども達にも伝えておられます。

私はこれまでの本の中でこの本が一番好きです。
これまで「夜回り先生」の本を読まれたことのない方はもちろんですが、私のように、何冊か読んだからもういいかなと思っておられる方にも是非読んでみて頂きたい1冊です。

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2007年6月 4日 (月)

「公立炎上」 上田小次郎著

先月か先々月かに書店に寄ったとき、なんともショッキングなタイトルが目に飛び込んできました。
間違いなく「楽しい本」ではないだろうと思いながらも読んでみることにしたのですが・・・。

「公立炎上」 上田小次郎著 光文社

評価 ★★★

もともと、楽しい本ではないとは思っていたものの、読みながらどんどんげんなりしてしまい、途中で読むのをやめようかと思ったほどだった。

著者の上田氏は「明治大学文学部卒、現役の高校教師。公立高校3校で実質7年間教壇に立つ。」との紹介がされている。
この本が出版された時点では休職中とのことで、自らを「私は学校の『寄生虫』だ!」と表現しておられる。

この本は、先日ご紹介した「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」 と同じ出版社のペーパーバックスなのですが、あちらを読んだときには気にならなかったものの(現在貸し出し中で表記がどうなっていたか確認できないが)、このペーパーバックスの特徴のひとつとして、
「4、英語(あるいは他の外国語)混じりの「4重表記」」
と書かれており、その説明として
「これまでの日本語は世界でも類を見ない「3重表記」(ひらがな、カタカナ、漢字)の言葉でした。この特性を生かして、本書は、英語(あるいは他の外国語)をそのまま取り入れた「4重表記」で書かれています。」
となっているのだが、今回の著書に関しては、その英語がやたらと目障りに感じた。

というのも、よくわからない使われ方で、例えばごく一部を引用すると・・・

 私は7年間、首都圏の公立高校で教壇platformに立っていた。
 言うまでもないが、教師に・・・(中略)燃えていた。
 だが、(中略)打ち砕かれた。
 はじめに赴任した公立高校public schoolは、典型的な・・・(後略)。

こんな調子で1文の途中に唐突に英単語が登場し、かと思えば1文にひとつも登場しないこともあり、名詞のみを英語表記にしているわけでもなければ、カタカナ言葉を英語表記にしているのでもなく・・・。
一体どういう基準で英語表記を取り入れているのか、これにどういう意味や効果があるのかが私にはよくわからない。(英語が苦手な私は、途中途中で文を遮られるような気分になり、ちょっとイライラ・・・。)

そんな、内容とは無関係のところでイライラを感じつつ読むには、あまりにもストレスの多い内容で、読み終わった後にも重苦しい空気に包まれているような気分になる。

5章からなっているのだが、章のタイトルを紹介するだけでも憂鬱に。。。

第1章 学校も家庭も炎上中
第2章 腐臭職員室
第3章 学校は格差社会
第4章 ゆとり教育の誤解
第5章 エリートだけは救え!

確かに、現場の先生でなければわからないのだろうなということも書かれているし、実際にここに書かれているような問題教師や問題のある保護者、生徒というのは存在するだろうとは思う。(色々な問題の例が細かく紹介されている。)

ただ、裏表紙にこんなことが書かれているのでまずお読み頂きたい。

 今の公立校には、真剣に教育を考えている教師などいない。彼らはただ、給料と将来の安定にしがみついている学校の寄生虫parasiteである。そして、私もまた、そんな1人になってしまった。かつては教育に対する熱意enthusiasmを持っていた教師たちでも、教育現場で過ごすうちに、教育どころの話ではなくなってしまうのだ。
 7年間の教員生活の中で私が出会ったのは、生活費をもらえずにキャバクラで働く生徒、理解不能のクレームをつけてくる親、生徒を殺したいという教師たちだった。こんな悲惨な日常の中で、教師たちは壊れていく。
 学校・教師がなぜ、こんなことになってしまったのか?なぜ私は寄生虫にまで成り下がってしまったのか?それを知りたくて、私は100人を超える教育関係者に取材した。
 私は本書で、教育論my own views on educationを語るつもりは全くない。私の経験や取材で感じた今の教育現場の実状realityを知ってもらえばそれで十分だ。そうすれば、あなたの子供を公立校に行かせようなどとは到底思えないはずだからである。

先程も書いたが、この本に書かれているような事例は実際に存在するだろう。著者がでっち上げたとは思わない。
ただ、「100人」を超える「教育関係者」というのは、公立校が機能不全に陥っており、現場には真剣に子供と向き合っている教師などいないと述べるに十分な人数とは到底思えない。

もちろん、最近何かと話題に上る「給食費未納」の問題や、どう考えても我が子の方が悪いのに学校や教師に怒りをぶつける保護者が存在するのは事実だろう。昔に比べて、理不尽なことを言う親が増えたということも否定はしない。

ただ、それでもやはり常識的な保護者、素晴らしい保護者はたくさん存在するに違いないし、非常識な方が多数派になれば、もうそれが問題視されることすらなくなるような気がする。(非常識が「常識」になるのだから。)

そして、何より絶対に、子ども達に真剣に向き合っている先生方は数え切れないほどおられるはずである。
もちろん、向き合いたいのに時間が足りないとか、ほかの雑事が多すぎるとかいうことはあるだろう。しかし、だからといって子どものことをどうでもいいと思っている先生はまだ絶対に少数派だと信じたい。(こればっかりは現場に入らなければわからないことも多いと思うので。)

個人的には4章や5章で書かれていることの中には、興味を引かれるものもあったし、私は知らなかったことや誤解していたことなども書かれていて参考にもなった。

ただ、全般にあまりに極端な意見に偏りすぎていて、これを読んでも拒否反応を示す方の方が圧倒的に多いのではないかと感じる。
もしこの本で問題提起をしたいであるとか、何かを変えたいであるとかお考えだったのであれば、もう少し別な切り口、提示の仕方もあったのではないだろうかと思えてならない。

私自身は学校というところに縁がなくなって久しいし、子どももいないため直接学校に訪れる機会もなく、判断する材料は報道と、あとは教室に来てくれている子ども達や親御さんからのお話しかないわけだが、実際にお話を聞く限りではこの本のようなすごい状態になっているところは身近にはまだない。
それだけに共感もできなかったし、著者は誰をターゲットに何を訴えたかったのか(どうやら、子を持つ親御さんに、お子さんを公立校には入れるなということが言いたかったようだが)今ひとつつかめないままだった。

個人的には、現場の先生方や、実際に公立の小中高に通うお子さんをお持ちの親御さんがこれを読んでどう感じられるのか、聞かせて頂きたい気がする。

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