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2007年5月31日 (木)

「やさしい切り紙」 矢口加奈子著

普段はネット書店で本を注文することが多いのですが、検索では辿り着かない本に出会うためにもときどき書店に足を運びます。
まあ、それをするとついついまた買い込んでしまうので、危険なのですが・・・。

そして、今回はこんな本を見つけました。

「やさしい切り紙」 矢口加奈子著 池田書店

評価 ★★★★

教室でのレッスンで、能力開発系の問題の中に「折り紙展開」の問題があります。
簡単なものでは半分に折って切って開いたらどの図になるかというものから始まり、4つ折、8つ折などの問題へと進んでいくのですが、あっという間にわかる子どもがいる一方で、高学年でもなかなかわからない子どももいます。

4つ折にして切って開いたらどうなるのかが全く予想がつかない子もを見るたび、私が子どもの頃には折り紙を4つや8つに折って、お花や幾何学模様めいたものやらをよく作ったものだけどなぁと感じていました。

そもそも、折り紙展開の問題は、ペーパーで繰り返し練習するような性質のものではなく、ちょっと意識さえすれば、日常の遊びを通して獲得できるものなのになぁと思うのですが、そんなことを思っている私の目に、この本の表紙が飛び込んできました。

本の帯には「美しい切り絵がハサミだけで楽しめる一冊。」と書かれていますが、実際、8つ折したときの型紙が28種類紹介されています。
また、型紙としては紹介されてはいないものの、表紙の写真などで紹介されているものも、全て紙とハサミで作れるもののようですから、切り紙とはなんと豊かなものなんだろうという感じです。

もちろん、かなり細かくて手の込んだものもありますので、小さいお子さんにはいきなりは難しいと思いますし、大人でもかなり集中力が必要なものもあるかと思います。

ただ、こういうことを日常の中で親子で楽しんでいるお子さんは、わざわざペーパーで折り紙展開の問題をやらなくても実体験としてイメージできるわけですし、また、切り紙は対称図形であるため、その学習にもいずれきっと役に立つと思います。

といっても、私自身はこの本の表紙を見たとき、「ああ、キレイ!」と感動し、自分でもやってみたいなと思って手にしたのであって、何もこれを教材にして子どもに・・・と考えたわけではありません。
また、私が子どもの頃には、純粋に遊びとして折り紙を折って適当に切って開いてみて、「ああ、こんな模様になるんだなぁ」とか「じゃあ、こっちをこう切ったらどうなるかな?」とか、あれこれ試行錯誤しながら楽しんでいたのであって、何も「賢くなるため」にやっていたわけではありません。

ですから、小さいお子さんがおられるご家庭でも、これをやらせて賢くなるんだったら・・・ということではなく、お子さん自身が興味を示したら一緒にやってみる。示さなかったら、おうちの方が楽しんでみるというぐらいでいて頂く方がいいのではないかなと思います。

とても素敵なデザインが色々紹介されていますが、単に切るだけではなく、切ったものを使って、コースターやブックカバー、フォトフレームなどの雑貨を美しく飾った作品なども、作り方と共に紹介されており、また巻末には色々な模様の切り紙用の紙が7枚ついています。

もし私が子どもの頃にこの本があって、父か母がこの中の美しい作品をひとつ切って見せてくれたら、もしかしたら切り絵の世界にはまっていたかもとさえ感じる、美しい作品が詰まった1冊です。

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2007年5月28日 (月)

「東大医学部生が書いた頭がよくなる勉強法」 石井大地著

ネット書店でタイトルが目に留まり、他の本を注文するついでに頼んでみたのですが・・・。

「東大医学部生が書いた頭がよくなる勉強法」 

石井大地著 こう書房

評価 ★★☆

普通、こういうタイトルだと、学生が試験などでいかに得点するかとか、とにかく、学生にとっての「勉強」(成績や合否などが付けられる類のもの)に関して参考になることが書いてあると想像しても不思議ではないのではと思うのですが、そういう意味では、まあ見事なまでに外されたという印象です。

また、アマゾンに3人の方がレビューを書いておられるのですが、星3つ、星5つ、星1つと、ここまでばらけるか?という評価。
ただ、個人的には星3つの方の書いていること、星1つの方の書いていることに共感という感じがします。

特に、星1つの方が「学生にここまで偉そうに・・・」というようなことを書いておられますが、正直なところ、私もそれに近い印象を受けました。
偉そうに言われているというのとは若干ニュアンスが違うのですが、どんなにIQが高かろうと、華々しい学歴を持っていようと、人生経験という意味ではやはり、まだ二十歳そこそこの学生さんなわけですから、書いておられる内容が間違っているとかいうことではなく、どうも何か薄っぺらに感じられたり、何かで読んだことがあったり、誰かの受け売りっぽかったりという印象が否めませんでした。

また、以前何の本だったかで、人は一般に、断言されたり、他に意見を押し付けられることに抵抗を感じがちなので、伝えたいことは断言するのではなく、第三者の意見として言ったり(○○さんが・・・と言っていた、であるとか、△△の本に・・・と書かれていた、であるとかのように)する方が抵抗なく受け入れてもらえるというようなことを読んだ記憶があるのですが、正にそのことを改めて納得したという感じです。

間違いなくとても勉強のできる方でしょうし、色々なお仕事もしておられるようですから、仕事もできるのかもしれません。
ただ、ご自身で実際に経験されたことはまだ決して多くないでしょうし、書籍などから得た知識を元に書いているのであれば、ご自分の意見のように断定的な書き方をされるのは少し抵抗がありました。

おまけに、「勉強法」というタイトルなのですが、読んでみても、この本のターゲットは誰なんだ?という印象はぬぐえません。
少なくとも学生が学校の勉強でいい成績をとるために参考にするということには使えなさそうです。
というか、せめてタイトルを「頭をよくする方法」とかにしてあれば、まだかろうじて納得できたかもしれませんが・・・。

因みに、4部、10章からなっているのですが、それぞれのタイトルは以下の通りです。

第1部 「頭がいい」を科学する
 第1章 「頭がいい」とは何なのか?
 第2章 頭のいい人はどう頭を使っているのか?
第2部 「意識」改革を進める
 第3章 「目的志向」で人生が輝く!
 第4章 「現状認識」で自分に目覚めよ!
第3部 「思考」メソッドを確立する
 第5章 「思考の深さ」で論理力が劇的アップ!
 第6章 「アイデアの広がり」で誰もがクリエイティブ!
 第7章 「スピード」スターになれるこのやり方!
 第8章 「投入時間」でベタに強くなる!
第4部 「知識」を自分のモノにする
 第9章 「知識量」がこれで倍増!
 第10章「理解度」を上げるこのテクニック!

しかし、こうやってもう一度目次を眺めても、印象に残ったところ、おぉ!と思ったところなどが思い浮かびません・・・。

正直なところ、人によっては共感されたり、参考になったりするんだろうとも思うのですが、個人的に、この方とは根本的な価値観が違うのだろうなと読んでいる途中で感じました。
一番それを感じたのがこちら。「無知のジレンマに気をつけよう!」と小見出しが付けられているところから一部引用します。 

 同じ大学を卒業した、2人の社会人がいたとします。片方は残業を全くせず年収1000万円。一方は倒れるまで働いても年収300万円。こういうことが実際に起きます。この差は何で生まれるか分かりますか?
 答えは、努力でも、能力でもありません。年収は「就職した業界と、会社と、職種」によってほぼ決まります。そのことを知らないで就職活動をすると、倒れるまで働いたのに給料が安い、ということになって、本当に死にたくなるかもしれません。
 これが「無知の恐ろしさ」なのです。何十年も同じ会社であくせく働くのは、そもそもしんどいことです。年収に関する真実を知らずに「自分にあった会社」などというものを闇雲に追い求めるのは、まさに自殺行為でしょう。
 私は東大の医学部で学んでいますが、医者という職業は稼げないという事実を知っています。働き始めるのが遅いので生涯賃金が少ないし、労働時間が長いので時給が安い。開業すれば年収は増えますが、そもそも何千万もの開業資金、普通は払えませんよね。
 昔と違って、医療訴訟も急速に増えています。平均年収500~600万くらいの会社に勤めることができるなら、そちらの方が絶対楽で得な人生です。
(後略)

この内容に共感できる方は読まれたら参考になることも多いのかもしれません。
ただ、個人的には「楽であること」、「得であること」と「幸せであること」は必ずしもイコールではないし、所得の高低もそのまま幸せかどうかを左右するものでもないと思っていますので、彼の主張は全く心に響きません。

また、仮にこれが事実で、医者になるのは馬鹿馬鹿しいという人が増え続けたら、誰が医者として病気を治したり、手術をしてくれたりするのでしょう?

ほんの1ヶ所だけの引用ですが、ここに著者の価値観が現われていると思いますので引用しました。

というわけで、テストに役立つとかそういう本でもありませんし、上述の内容に共感できない方にも参考にならないのではと思います。
著者には何の恨みもありませんが、これまでご紹介した本の中でも買うんじゃなかった・・・と思う1冊になってしまいました。

※読みたい方がおられましたらお譲りします。(苦笑)

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2007年5月24日 (木)

「そのオモチャ、本当に買ってあげていいの?」 ガリー・バフォン著 

書店に行くとついつい買い込んでしまうため、最近は極力ネット書店利用なのですが(届けてくれるから重くもないし)、子ども達の本は中を見ずに買うのは難しく、取り扱いもまだ限られているので、そういうときについつい他の棚も覗いてしまいます。

そのとき目に留まった1冊がこちら。
なんとも心にひっかかるタイトルだと思いませんか?

「そのオモチャ、本当に買ってあげていいの?」 

ガリー・バフォン著  遠藤 公美恵 訳  

ディスカヴァー・トゥエンティワン

評価 ★★★★★ (私にとってはかなり興味深かった。)

著者であるガリー・バフォン氏は著者紹介によると、臨床心理学者であり、裕福な家庭特有の「心の問題」を扱う第一人者となっています。
実際、この本自体もアメリカの上流階級に属している親向けに書かれているそうで、内容としては日々の生活には全く困らないだけの資産がある、経済的に成功した親が子どもにどう接するべきかという形で書かれています。

更に、アメリカを基準に書かれた本ですので、普段の私であれば、国も違う上、私自身を取り巻く環境とも無縁の層に対するものであり、読もうとさえ思わないはずなのですが、これは違いました。

アメリカではこういうことが上流階級のみで問題になっているのかもしれませんが、本書で扱われている「シルバースプーン症候群」と呼ばれる症状は日本の多くの子ども達にも共通する症状が出ているのでは?と、読めば読むほど感じました。

そもそも「シルバースプーン症候群」というものがなんなのか。
私自身、この本を手に取るまで聞いたことのなかった言葉ですが、本書によると「豊かさが子どもにもたらす弊害と、それによって引き起こされるさまざまな症状」のことをそう呼んでいるようです。

ちなみに、本の表紙を開くと、こんなことが書かれています。

あなたは、こんなふうに思っていませんか?
!「子どもには、自分たちがもてなかったものを与えてやりたい」
!「子どもに好かれたい」
!「すばらしい子ども時代を与えてやりたい」
!「お金の苦労をさせるのはしのびない」
!「ちゃんとお金がすべてではないと教えているから大丈夫」
その思い込みが、子どもをダメにする!

ここだけ読んだら、どういうこと?という感じかもしれませんが、お子さんを持つ親御さんでここに挙げられていることの多くに頷かれる方は、是非一度読んでみられてはと思います。

本書は前書きと後書き他10章から成っており、それぞれの章のタイトルは以下のようになっています。

はじめに お金があれば幸せになれる?
第1章  「シルバースプーン症候群」ってなんだろう?
第2章  忙しい親がおかす五つのあやまり
第3章  処方箋① 必要以上にモノを与えない
第4章  処方箋② モノではなく愛情を与える
第5章  処方箋③ 努力して手に入れさせる
第6章  処方箋④ 金銭管理のスキルを身につけさせる
第7章  処方箋⑤ 親が身をもって示す
第8章  お坊ちゃま、お嬢ちゃま病を予防する(3~12歳)
第9章  反抗期を乗り越える(13~20歳)
第10章 一人前の大人として旅立たせる(20~30代)
おわりに 子どもに本当に遺したいものは?

更に、症候群の診断テストが全部で7つ載っており、現在の我が子の状況を簡易診断できるようにもなっています。

因みに、「シルバースプーン症候群」の診断テストでは以下の5つの質問が挙げられています。

① お子さんは、何事につけやる気がなく、本来の能力を発揮できていないようですか?
② お子さんは、自分の思いどおりにならないとかんしゃくを起こしますか?
③ お子さんは、欲しいものは何でも努力せずに手に入れられると思っていますか?
④ お子さんは、お金をきちんと管理するのに必要な知識やスキルが欠けていると思われますか?
⑤ お子さんは、流行最先端のおもちゃやブランド物の服、ステータスシンボルになるような車をもっていないと、自信がもてませんか?

この本自体、幼い子だけでなく、親にとっての子ども、それこそ、成人して社会に出て独り立ちするまでのことについて書かれているため、小さいお子さんをお持ちの方だと上の5つのうち殆ど当てはまらないと思われる方も多いかもしれません。

ただ、内容的には読めば絶対共感したり、子どもへの接し方を振り返ったりするきっかけを得たりされる方が多いのではないかと思いました。

「努力せずに手に入る」「与えられることが当たり前である」
これらは、少子化が進み、「6ポケッツ」という言葉まで使われるようになった現代の多くの子ども達には決して珍しいことではないように思います。(もちろん、私自身、「裕福な家庭」とは言えませんでしたが、実家を離れるまでは生活の全てを親が面倒を見てくれて、大学の学費を出してもらうのも当たり前のことのように思っていましたので、自分は違うというつもりはありません。)

しかし、それに慣れ切って育つことで、目標が見つからないであるとか、何事に対しても真剣になれないであるとか、人をお金のあるなしで判断するであるとかいった人間に成長していく危険性をこの本では教えてくれているように感じます。

最後に訳者である遠藤氏が書いておられることから一部を引用します。

 もたざることに苦しんだ世代。より多くもつことを目指してきた世代。もっていることを当たり前だと思っている世代――そしてついに、もっていることに毒され、苦しむ世代が登場している。常にアメリカの後追いで社会現象が生じる日本においても、これはけっして対岸の火事ではない。本書が想定する読者は世帯年収が十万ドル以上――日本の共働き夫婦であれば、ごく普通に達成できる金額だ。
 しかも、たとえそれほど収入がなくても、子に不自由な思いをさせまい、引け目を感じさせまいと、親は無理をしてでも子どもの欲求をかなえてやろうとする。「人並み」であることを重視する日本人はその典型で、本書の警告やアドバイスは、だれしも思い当たる節があるのではないだろうか。遊びに連れて行ってあげなければ、自分の部屋を用意してあげなければ、携帯電話をもたせてあげなければ、私立の学校に行かせてあげなければ、「子どもがかわいそう」。しかし、本当にそうなのだろうか?
 あなたも、自分自身に問いかけてみてほしい。
「そのオモチャ、本当に買ってあげていいの?」

長い引用になりましたが、遠藤氏の言葉に何か感じられた方は是非ご一読をお勧めします。

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2007年5月21日 (月)

「チャンスがやってくる15の習慣」レス・ギブリン著

書店の店頭で何度か見かけ、どうやらベストセラーであるらしい上、表紙のオレンジのかぼちゃが印象的で、読んでみることにしたのですが・・・。

「チャンスがやってくる15の習慣」

レス・ギブリン著 渋井真帆訳
 ダイヤモンド社

評価 ★★★☆ (書かれている内容はいいと思うのですが、私の好み的にはこんな感じ)

本の帯に「1時間で読める、一生の宝物。」と書かれているのですが、恐らく実際には1時間もかからずに読めると思います。(もちろん、隅々まで精読したらもっとかかるのかもしれませんが。)

ページ数も120ページほどですし、1ページの行数も少なく文字も大きめ。私にとってはこれでこの価格は買わなくてよかったな・・・、書店で立ち読みすればよかった・・・(といっても実は書店で立ち読みは記憶にある限りしたことがないのですが・・・)という印象でした。

もちろん、内容が悪いわけではなく、もともと著者であるレス・ギブリン氏はアメリカで1965年にセールスマン・オブ・ジ・イヤーになられた方だそうで、この本はコミュニケーションの教本として累計500万部も売れていると紹介されています。
また、著者のクライアントはGE、メリルリンチ、アムウェイなど名だたる大企業でもあるそうで、著者ご本人が「セールス」で全米トップになられたというだけあり、恐らくセールスに関わるお仕事をしている方などには大いに参考になるのだろうなと思いました。

また、訳者である渋井氏は恐らく30代半ばぐらいだと思うのですが、この本のまえがきからすると、事業で1億円以上の売上を達成されているはずで、その方はまだ翻訳されていなかった英語で書かれたこの本でビジネスに成功されたようですので、必要な方には役に立つというのは多分間違いないのだろうと思います。

ただ、コミュニケーションの教本と書かれているように、人とのコミュニケーションにおける大切なことが15の項目に分けて非常にわかりやすく書かれているわけですが、個人的にはなんだかしっくりきませんでした。

例えば、それぞれの項目からいくつか挙げますと、

習慣③ 認められている、と相手に感じさせる
習慣⑧ 「ノー」とは言わせない状況にする
習慣⑨ 会った瞬間に笑顔を向ける

などとなっており、もちろんそうされたとしても相手は不快感を感じることはないでしょうし、むしろ好意的に受け止めてくれるのは間違いなく、だからこそ、良好なコミュニケーションが図れ、その結果として売りたいものを買ってもらえる、要望を聞き入れてもらえるといったことに繋がるというのは正にごもっともという感じではあります。

そして、世の中の多くの人が人と接するときにこの本に書かれていることを意識しながらコミュニケーションを図れば、お互い気持ちよく過ごせることが増えるでしょうし、そういう意味でもこの本に反論するとか否定するとかという気持ちはないのですが、あくまでも個人的な好みでいえば、あまり好きな本ではありませんでした。

もちろん、参考になる面もあるのですが、それでも、例えば誰かが教室を訪ねてくれるとき、相手に好印象を与えるために笑顔を向けようなどと考えたことはありませんし、相手に断りづらくさせるような質問を考えようなどと思ったこともありません。
個人的に、駆け引きのようなものが苦手で、いいものはいい、ダメなものはダメとしか言えない性格でもあるため、昔からセールスは最も苦手な仕事だと思っていますから、その私が違和感を感じるのは当たり前なのかもしれません。(私がセールスの仕事をしたら、その商品を心からいいと思っていない限り、絶対売れないと思いますし・・・。(苦笑))

営業テクニックということで言えば、きっと大いに参考になると思いますし、人とのコミュニケーションが苦手でどうにかしたいと思っておられるような方にもきっと参考になるんだろうと思います。
ただ、本当にあっという間に読めますので、まずは書店でご覧になってみてはいかがでしょう。

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2007年5月17日 (木)

「塾は学校を超えられるか」 八杉晴実著

3月だったでしょうか。突然、ある大御所先生経由でとある塾長さんからご連絡を頂き、遥々こちらまでお尋ね頂きました。
その後、色々教えて頂いているのですが、この本もその先生が「是非読んでみてほしい」と紹介してくださったものです。

「塾は学校を超えられるか」 八杉晴実著 三一書房

評価 ★★★★★ (役に立つということはないかもしれませんが、大好き。)

実は、紹介して頂くまで八杉先生という方のことは全く存じ上げませんでした。
おまけに、本を書かれた年代が主に1980~90年代で、古い本は書店にもあまり並んでいませんし、ネット書店でもなかなか購入するきっかけもなく、ご紹介頂かなければ絶対読むことはなかっただろうと思います。

更に、古い本なので、既に絶版になっていたり、売り切れになってしまっていたりというものが多く、こちらもアマゾンで注文して2ヶ月近く待たされた末、ようやく手元に届いたのでした。

しかし・・・新品を注文したはずなのに、既に薄汚れているような表紙。おまけに、表紙を開くといきなり数ページ折れている・・・。更に、かなり小さい文字でびっしりと書かれたその本は、開いた途端一瞬読む気が失せました。(苦笑)

待ちに待った末ようやく届いたけど、字が小さすぎて私には・・・ということをご紹介くださった先生にお知らせすると、できれば最初のところだけでもいいからまず読んでみてください、私の大好きなところなのですとのお返事が。

というわけで、(くぅ~っ、辛い・・・)と思って読み始めたはずだったのですが、不思議なものです、全然辛くないのです。
もちろん、文字数が多いのでページはなかなか進まず、読むのに時間はかかりましたが、先日ご紹介したモンテッソーリの本などとは全く違い(文字の大きさ的にはそれより小さいかもというぐらいでしたが)、す~っと心に入ってくる感じがするのです。

大変残念なことに、八杉先生は既にお亡くなりになられたそうですが、もしもご健在なら是非お目にかかりたい!とこの本を読んで、強く感じました。

初めに書かれたのが1983年、その後、増補新版として1989年に再出版されたようですが、増補版も初めの4章は1983年のまま変えなかったと書かれていますので、今からかれこれ25年近く前のお話です。(書かれるのに1年2ヶ月かかったと書いておられるので、執筆開始は25年以上前ですね。)

校内暴力などで学校が荒れていた時代でもあり、書かれている内容自体を今すぐ参考にして何か役立つということはあまりないかもしれません。
ただ、私としては大いに感動し、大いに共感もし、また、自分の中でこれまで当たり前のこととして疑問にすら感じていなかった部分に気づかせてもらったりもし、とにかくこの本に出会ってよかったなと思っています。

とは言っても、一度ざっと読み通しただけですので、いずれまた読み返したいとも思っています。

本の紹介がかなり遅れましたが、八杉先生は東京の練馬区で長年、地域密着の私塾をしてこられた方だそうです。
本の初め、ご紹介くださった先生が、是非読んでほしいとおっしゃった「チヨさん」というおとしよりとのやりとりが書かれているのですが、14ページに渡って書かれているこの内容は、すごくすごく大事なことを教えてくれているように思います。

簡単に手に入る本ではなくなっているようですので、ちょっとご紹介しますと・・・。

 六月の中頃でした。見知らぬ方から一通の手紙を戴きました。
 入塾を希望されているようですが、だれの入塾希望なのかはっきりわかりませんでした。幸い、電話番号が記されてありましたから、電話をしてみました。おとしよりらしい女性が出て、とにかく会って話したい、というので、道順をお教えしました。その方は三十分ほどでおいでになりました。
「どうしても先生に教わりたいんです」
そう言って、じーっとぼくの顔をうかがうのです。
 この女性、名前は金井チヨさん。大正六年三月一日生まれ。六十四歳でした。(中略)

全部紹介したいのですが、長くなりすぎますので、ちょっと端折って説明を。
このチヨさんは小さい頃、家庭の事情で小学校も満足に終了しておられず、今になって中学ぐらいの学力は身につけたいと、中学の通信教育に挑戦されます。
しかし、通信ではやはり難しく、理解できないのに学年だけ上がっていくことに悩み、近くの学習塾に通ってみたそうですが、そこで「おいてけぼり」になってしまったと。
その後、知人の紹介で八杉先生の塾を知り、尋ねてこられたそうです。
事情を伺い、「どうぞ、ぼくでよかったら」と。そして・・・。

 そうしたら、チヨさん、涙を流さんばかりに、いや、ほんとに涙を浮かべていらっしゃいましたが、
「ありがとうございます。ありがとうございます」
と何度も念仏を唱えるように言われました。

そして、チヨさんとの授業が始まるのですが・・・。

「オバアちゃん、なんで勉強するの」
と言う子もいましたし、
「あの年で英語を勉強してどうしようっていうんだろう」
という中学生もいました。ところが、ご当人は至って淡々としたもので、
「知りたいからですよ」
「だって、わかって、できると楽しいでしょう」
などといってニコニコしています。子どもたちはフーンという顔をしていました。
 六十四歳になって、卒業証書が欲しいわけでもないし、就職するために学力をつけるという目的があるわけでもない。そういう"何の為に"という何かの手段としての勉強ではないとわかった時、子どもたちはそれぞれに考えたと思います。"勉強って何だろう"って――。(後略)

なんだか考えさせられませんか?
そして、この他にも、学校って何だろう・・・。塾は何をすべきなんだろう・・・。そういうことをイヤでも考えさせられる内容がぎっしりと詰まっています。

子どもに関わる大人には是非読んでみて頂きたい。
そう思う1冊です。

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2007年5月14日 (月)

「モンテッソーリの教育 〇歳~六歳まで」 M・モンテッソーリ著

モンテッソーリについてもっと知りたくて、相良先生の本はとても素敵で読みやすいのですが、それだけ読んでいては偏ってしまうのかな?と、ちょっと古そうな本を1冊とりあえず注文してみました。しかし・・・。

「モンテッソーリの教育 〇歳~六歳まで」 

M・モンテッソーリ著 吉本二郎・林信二郎訳 あすなろ書房

評価 ★★★☆ (私にはかなり読みづらかった・・・)

1982年に出版されたこの本は、1946年にマリア・モンテッソーリが書いた“Education for a New World”の全訳とのことで、書かれたのが60年以上前、訳されたのも25年も前であり、文字が小さく、また表現も難しく、私には読みきるのっが非常に困難でした。
(年代だけでなく、ただ単にもともと私が難しい本が苦手ということも大きな原因だと思いますが・・・。(苦笑))

また、訳者のお一人の林氏がおわりに解説で述べておられるのですが、これも読みづらかった理由のひとつなのかもしれません。(以下引用)

 本書を一読してもわかることであるが、その随所に示唆に富むものを多く含みながら、それを全体のまとまりとしてとらえようとするとき、少なからず困難をおぼえるものがある。これは、本書もそうであるが、その著作の大部分が講演の書きおろしであること、また、著者が女性であることもあって(←ここは私としてはわかるようなわからないような・・・。今の時代にこれを書いたら問題になりそうですよね・・・。)、反復が多かったり飛躍があったりして、そのつながりが判然ととらえにくいところもある。

また、別のところにはこうも書かれています。

 いま一つ、本書を理解しにくくさせているものに、彼女の教育思想の背景にあるキリスト教精神、正確にいえばカトリックの精神があることである。随所に神がでてき、宗教になじみのうすいわが国の読者にとっては、やや唐突に感じられたり、納得しがたかったり食いたりなく感じられるところがある。これは欧米の文献についてほとんど共通にいえることで、そのようなキリスト教的素養のない国民にとっては、まぬがれがたい障害であり、限界であるといわなければならないであろう。

とりあえず、どうにかこうにかひと通り読みましたが、ためになったとか、モンテッソーリ教育についてより理解が深まったとかいう感じは残念ながらありませんでした。
こちらを読まれるのであれば、相良先生の本などを読まれる方がよりよく理解できるのではと思います。(日本人で同性ということもあるのでしょうか・・・。)

この本ではモンテッソーリが実際に経験したこと、発見したことなどが色々書かれているものの、対象が他の国の子ども達ということもあり、今後は日本でモンテッソーリ教育を実践されている方の著書を中心に読むほうがいいのかなと感じました。

ただ、印象に残るところももちろんあり、読んだけどムダだったというわけではありません。単に、モンテッソーリ教育について知りたいという方であれば、これを最初に読まれるよりは他のものを読まれる方がいいのかなという印象を受けたということです。

因みに、印象に残ったところのひとつを引用します。何か考えさせられませんか?

 教師は、子どもたちが自分自身で活動できるように準備するだけで、背景にひきさがるべきであるということが、ますます経験から明らかになっています。わたしたちの仕事は、干渉は不必要なものであり、有害でさえあることを教師に納得させることです。わたしたちはこれを『無干渉の方法』と呼んでいます。教師は、苦心して主人の飲み物を用意しておいてから、かれが随意飲めるようにそれを残して去る召使のように、何が必要とされているかを判断しなければなりません。教師は、ひかえ目になることを学ばなければなりません。(中略)
 わたしたちの教育方法に一番熱心に協力してくれるのは、下層階級の親たちです。子どもがはじめて字を書くと、父親や母親は書けないわけですが、その書いたものを見て拝まんばかりに驚嘆し、興奮を子どもに伝えます。
 ところが、金持ちの親たちは、ほとんど興味を示さず、おそらくは、学校でかれに技術を教えなかったかどうかを聞いてみて、それならかれがやりあげたことはあまり意味がないとみなします。そうじをしたがる子どもは、それは召使の仕事で、そんないやしい仕事を学ばせるために学校にやっているのではないと、しばしば語って聞かされます。さらに、自分の子どもが、その年齢にはむずかしすぎると思われるような数学を学習しているのを見ると、ある母親は、かれが脳せき髄膜炎になるのではないかと心配して、その勉強をやめさせたがります。そのようにして、子どもは優越感か劣等感のとりこになり、ついには、精神的にそこなわれてしまうのです。
 したがって、教育上の実験にとって不利と思われる状況そのものが、実際には適切なものなのです。(中略)自分たちの子どもが知っているために、親たちも読み書きを学びたがりました。このようにして、環境全体が子どもをとおして変わりはじめたのです。わたしたちは、魔法のつえを手中に持っているかのようでした。

もちろん、これは日本では文字を読めない人が殆どいませんし、また時代的にも国柄的にもそぐわないところも多いかと思いますが、それでも何か大事なことが書かれているように感じました。

モンテッソーリ教育については更に学んでいきたいと思っています。

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2007年5月10日 (木)

「鏡の法則」 野口嘉則著

随分以前、メルマガか何かでこの話を読んで、ブログでもご紹介したかと思います。
ですので、出版されたあとも、「もう読んだしなぁ」と購入はせずにいたのですが、パソコンやネットと無縁の母に読んでみてもらいたいような気がして、母の日も近いことだしと購入し、ついでに私ももう一度読んでみました。

「鏡の法則 人生のどんな問題も解決する魔法のルール」

野口嘉則著 総合法令

評価 ★★★★ (買って読まなくてもいいかもと思いますが、一読の価値はあるかと。)

ネット環境のある方は本を購入しなくても無料で読めるはずですし、本自体は100ページ足らずで行間たっぷり、立ち読みでも余裕で読破できそうな量にしては若干高いような気もしますので、購入すべきかどうかは微妙ですが、立ち読みしていて泣いてしまう危険がややあるため、書店で読むには心の準備が必要かもしれません。(笑)
(いつどの記事でご紹介したのか、検索したけど発見できず・・・。ご記憶にある方はおられますでしょうか・・・。その記事が見つかれば、ネット上で読めるはずなのですが。)

もともとネットで話題になって、その後の出版のようですし、それでも帯には55万部突破と書いてありますので、このお話を読んだことのある方の数は何百万人とかそれ以上にもなっているのかもしれません。

また、内容を要約してしまうとあまりにあっさりとまとまって終わってしまい、またネタバレ(?)になってしまう可能性も高いため、内容紹介は控えさせて頂きますが、このお話は名前などは変えてあるものの実話だと断って書かれています。

初めて読んだときにも思わず涙してしまったですし、今回も結局ボロボロ泣いてしまいましたが、私の場合、初めて読んだときも今も、何か問題を抱えているとか悩んでいるとか言うわけではなく、ただ、父親に対して主人公が抱いてきた感情やその後の展開などに共感できる部分があったため、思わず読み入ってしまったという感じでした。

「人生のどんな問題も解決する魔法のルール」という、なかなかすごい副題がついていますが、もちろん、ここに書かれていることを実践したからといって、全ての問題がすんなり解決することはないかもしれません。

ただ、幸福感、満足感などというものは、人それぞれに基準があり、経済的に裕福であれば幸せとかいう単純なものでもないと思いますし、全ての悩みが解決しなくとも、ずっと抱えている何かがひとつ解決すれば気持ちが楽になるということもあるだろうとも思います。

私が母に読んでみてもらいたいと思ったのは、まあ言われなくても心のどこかではわかっていて感謝もしているのだとは思うのですが、母がどれだけ父の大きな愛情に支えられているかに改めて気づいてもらえたらなと、そんなことを思ったからということもあります。

悩んでいるときや誰かに怒りや怨みを抱いているとき、人は感謝の気持ちを忘れがちになってしまうような気がします。
そして、感謝の気持ちを忘れることで、ますます心がトゲトゲして、毎日を愚痴や不満を言いながら過ごしてしまう悪循環に陥りそうな気もするのです。

そういう意味ではときどき読み返して、身近な人への感謝の気持ちを思い出すきっかけをもらえるお話という気がします。

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2007年5月 7日 (月)

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」 武田邦彦著

滅多にテレビを見ないのですが、先日たまたま休日にテレビをつけたところ、ある番組に武田先生が出ておられ、なんだか「世間の常識」とは異なる発言をされていたのが印象に残りました。

「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」 

武田邦彦著 洋泉社

評価 ★★★★☆ (とりあえずみんなに読んでみてほしい感じ。)

テレビで見た武田先生の印象はなんだか飄々としていてややつかみどころのない印象で、そのくせ、世間で言われている常識とは全然違う発言を次々にする姿が強烈に印象に残りました。

気になるなぁと思っていたところ、ネット書店でこの本を見つけ、早速購入してみました。
正直言って、これが仮に全て真実だったら、世間の殆どの人が驚くか怒るか呆れるか・・・そういうことがびっしり書かれています。

もちろん、全てを鵜呑みにはできないかもしれませんが、著者の武田先生は現在、名古屋大学大学院の教授でおられ、ご専門は資源材料学とのことですから、お上を敵に回しかねないこの内容を実名で堂々と書かれるからには、少なくとも大半(もしかすると全て)が真実なのではないかと思います。

この本に書かれている内容が全て事実であった場合、そして、それを一般市民が広く知った場合、先生は国や一部の団体などを敵に回す可能性すらあるわけで、それを押してまでこれを書かれたというのは、やはり人としての良心と学者としてのプライドのようなものによるのではないかと感じました。

内容は5章からなっており、それぞれの章のタイトルは以下の通りです。

第1章 資源は7倍、ごみは7倍になるリサイクル
第2章 ダイオキシンはいかにして猛毒に仕立て上げられたか
第3章 地球温暖化で頻発する故意の誤報
第4章 チリ紙交換屋は街からなぜいなくなったのか
第5章 環境問題を弄ぶ人たち

ペットボトルをリサイクルすると言って回収していますが、実のところは「24本のうち3本」しか再利用されておらず、他は焼却処分などをされているそうです。
また、私達の「常識」では、ペットボトルはフリースなどにリサイクルされるのだと単純に考えているのではないかと思いますが(私はそう思っていたし)、それは本当にごく僅かで、また、ペットボトルに再生しようとした場合も元通りのキレイな状態の製品にはならないのだそうです。

更に、分別回収をするようになったことによって増えた手間、それにかかる人件費その他、また分別することになって以降の急激なペットボトル消費量の増加などが書かれているのですが、これが事実なら私達は一体何のために分別しているのだろうという気持ちになります。 

ダイオキシンの話も書かれていますが、こちらは多分先生がおっしゃっていることが間違いないだろうと思う内容で、だとすれば、ダイオキシンが出るからと焚き火を控えたり、自治体レベルでは莫大な費用を費やして焼却炉を新しくしたりしたのは一体なんだったの?という感じです。

また、地球温暖化についても、「京都議定書」にアメリカが批准しないというニュースは聞いたことがあり、なんて身勝手なと思っていたのですが、それも大きな誤解というか、かなり偏った情報だけが広く知らされているようだということに驚きました。

かなり衝撃的だったのは地球温暖化に関して書いている章に書かれていたこの内容。

国連のIPPCという機関の報告を調べてみると

「北極の氷が溶けたら海水面がどうなるか」ということはほとんど書いていない。なにしろアルキメデスの原理があるのにそんなことを専門家が議論する必要はないので、「関係ない」としている。
 当然である。
 南極の方はいろいろな角度から予測をしているが、平均的な予測としては「南極の周りの気温が高くなると、僅かだが海水面が下がる」という結論だ。(中略)

 
それに対して、日本の環境省の環境白書には

「地球が温暖化すると極地の氷が溶けて海水面が上がる」と書いてある。(中略)
 これに憤慨した私の研究室の一人の学生が、さっそく環境省の係官に電話をした。
「IPPCの報告には、南極の氷も北極の氷も、ほとんど海水面の上昇には関係がないと書いてあるのに、環境白書には南極や北極の氷が溶けて海水面が上がると書いてありますが、これはどういう理由からですか」
 環境省の役人は次のように答えたと、その学生は憤懣やるかたない様子で言っていた。
「IPPCの報告書が長かったので、それを短い文章にしたらこうなった」

(注:武田先生は、温暖化しても海水面は上がらないと主張しておられるわけではありません。)

初めのうちはこれはどこまでが事実なんだろう?と思いながら読みましたが、書いておられる内容が、市民の側、弱者の側に立って書かれている印象を受けますし、第5章などは特に、この方がウソやでっち上げを書かれるはずはないと思えるような、日本の未来、子ども達、孫達のために今何をしなければならないかということが書かれており、愛情を感じます。

石油が枯渇したら、食料自給率の低い日本では多くの人が餓死するだろうと書かれており、その理由も納得の行くものです。
環境に優しいといわれるものも、冷静に判断した場合、それを作るために大量のエネルギーを消費していたりする場合も少なくなく、私達が一般に知らされ、常識だと思っていることが、実はかなり偏った情報のみ与えられた上での「常識」なのだと思わざるを得ませんでした。

全てをそのまま鵜呑みにしてはいけないのかもしれませんが、こういう見方があるのだという意味で、一人でも多くの方に読んでみて頂きたい1冊です。

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2007年5月 3日 (木)

「横浜改革 中田市長1000日の闘い」 ブックマン社

ネット書店をウロウロしていたときに目に留まり、中田市長のファンである私はついつい注文。しかし、他の本を優先的に読んでいたら、買ってからかなりの月日が過ぎてしまいました。。。
おまけに、タイトルで注文してしまったもので、中田市長が書かれた本ではなく、市長を取材してまとめられた本でした。しまった。(苦笑)

「横浜改革 中田市長1000日の闘い」 

<横浜改革>特別取材班+相川俊英著 ブックマン社

評価 ★★★★★★★?う~ん・・・。

政治にも経営にもかなり疎く(それでいいと思っているわけではないものの、ついつい興味のあるものへ偏ってしまうもので・・・)、そういった類の本を読むことも極めて限られているのですが、教育関係者ではない方で大好きな方を挙げろと言われれば、今の私はほぼ迷いなく中田市長とワタミの渡邉社長を挙げるだろうと思います。

私にとって、仕事に直接関係なくても、著書やテレビなどのメディアからの情報からの判断でしかないものの、生き方が尊敬でき、自分ももっと頑張ろうと思わせてもらえたり、感動させてもらえる方々だと感じています。
ですので、このお二方に関係する本は、自分の気持ちを高めるためにも意識して時々読もうと思っているところもあります。

で、この本。
上述の通り、中田市長が書かれたのではなく、中田市長が市長になられてから約3年の間の活動を取材し、まとめたもので、発行年は2005年4月。2年前になるのですね。。。
それから既に700日ほど経っているわけですから、きっと一層横浜は変わっているのだろうなと思いながら読みました。

正直なところ、子育てや教育に直接役に立つかと言われれば、恐らく役に立たないでしょうし、では何に役立つのだ?と言われても、何にだろうなぁ?という印象はあります。
横浜市民であれば、これを読んで、市長がこんなことを考えて、こんなに頑張っておられるのだなとか、自分達はもっとこんなことをやっていかなければならないなとか思われるかもしれませんし、政治家を志している方や社会を変えたいと思っている方などには、きっと参考になることも多いのだろうなとも思いますが、それ以外の方に具体的にどんな役に立つのかは正直ちょっとわかりません。

本書の構成はプロローグの「最年少市長誕生」から始まり、市長がやってこられた様々な改革について12章に分けて取り上げ、最後に市長へのインタビュー記事を紹介するという形になっています。

それぞれの章で、市長就任以来やってこられたことが紹介されており、それぞれすごいなぁと思うのですが、いかんせん「横浜市」でのことであり、直接自分に関係あるわけではなく、ミーハーな私としては「横浜はこんな素晴らしい市長がいていいなぁ、神戸にきてくれないかなぁ。」なんてことを思うにとどまるという感じです。

ただ、これを読むと、きっとどの自治体も、そして国自体も、多かれ少なかれ似たような内情のところが殆どなのだろうなということを感じます。そして、どこかでそれは「誰かが変えようと思っても変わるものではない」という思い込みによって、長年変えられることなく続いてきているのだろうなとも。(特に悪しき習慣などが。)

ですが、これを読んで一番強く感じたことは、たったひとり、「真のリーダー」がいれば、日本でも屈指の大都市横浜でさえ、時には国でさえも変えることができるのだなということでした。

「ひとりじゃ何にもできない」というのは、やらない言い訳なのかもしれないと改めて感じさせてもらえました。
もちろん、本当の本当に「ひとり」では何もできないでしょうけれど、ひとりの意志ある人間が周囲を巻き込み、仲間を増やしていくことで、無理だと思えるような大きなことでも実現させることは不可能ではないのだなと思わせてくれる本ではないかと思います。

ひとつひとつの改革の内容その他は特殊な例が殆どですので、直接仕事に活かせる方はごくごく限られているかもしれませんが、人間の意志の力、信念の力を再確認させてもらえるという意味では全ての方にお勧めできるのかもしれません。

中田市長ファンの方はもちろん、そうでない方もきっと何か感じることのある1冊ではないかと思います。(そして、私は一層中田市長ファンになったわけですが。(笑))

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