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2006年11月30日 (木)

「佐賀のがばいばあちゃん」 島田洋七著

今頃読んだの?と言われそうですが、正直、教育やら仕事やらには全然関係なさそうで、本来なら多分絶対読むことがなかったであろう本ですが、以前、さくら個別の先生がブログでこの本の一部を紹介しておられ、この先生のブログはなんだかあたたかくて優しくて好きなので、その先生が紹介されているのだし、ちょっと読んでみようと手にしました。その結果は・・・。

「佐賀のがばいばあちゃん」 島田洋七著 徳間文庫

評価 ★★★★★ (気分的には星10個ぐらい)

まだ読んでおられない方がおられたら、是非読んでみてください!
かなりオススメです!
仕事に関係ないと思っていましたが、今こそこういった子育て、教育が必要なのではなかろうかと思えるところだらけで、おまけに、タイトルで勝手に小説みたいなフィクションなのかと思っていたのですが、完全なノンフィクション(だと思う)というか、島田洋七氏によるエッセイでした。(あまりにも何も知らなくてスミマセン・・・。)

この著書は、著者である島田氏が子ども時代(小中学校時代)を過ごした佐賀のおばあちゃんにまつわるエピソードが中心に書かれ、それと共に、島田氏の友人との思い出、素晴らしいエピソードなどもふんだんに紹介されています。

涙もろい私は読み終わるまでに何度泣いたことか・・・。(苦笑)
電車の中で通勤途中に読むのは非常に危険でした。
大変読みやすいので、早い方なら1時間足らずで読めてしまうのではないかと思いますが、せっかくならたっぷり味わって読んで頂きたいようにも思います。

実は、私は島田洋七氏は漫才ブームの頃とブームが去ったあとの苦労話などを昔テレビで見たことがあるかなという感じで、正直なところ特にいい印象は持っていませんでした。
しかし、この本を読んで、何よりおばあちゃんのファンになりましたが、島田氏のこともなんだかとても好きになってしまいました。(単純でスミマセン・・・。)

あまり詳しく書くと内容がわかってしまいますので、著者の生い立ちや、佐賀で暮らすようになった経緯、その他詳しいことは省きますが(是非読んでみてください)、もう読んでいてとにかく強烈に印象に残ったのはこれらの言葉でした。

スポーツは得意だった(というのにもなかなか笑える素晴らしいエピソードがあるのですが)島田氏は、勉強に関しては全然だったらしく、中学生になったある日ばあちゃんに言ったのだそうです。以下その部分の引用。

 「ばあちゃん、英語なんかさっぱり分からん」
 「じゃあ答案用紙に、『私は日本人です』って書いとけ」
 「そうか。日本にいたら、別に困らんもんね」
 「そう、そう」
 「でもばあちゃん、俺、漢字も苦手で・・・・・・」
 「『僕はひらがなとカタカナで生きていきます』って書いとけ」
 「そうか。別にひらがなでも、分かるもんなあ」
 「そう、そう」
 「歴史も嫌いでなあ・・・・・・」
 「歴史もできんとか?」
 ここまで来て、ようやくばあちゃんは呆れた顔をした。
 さすがに、勉強しろと言われるかと思ったのだが、そこは、ばあちゃんのこと。しばらく考え込んだ末、こう言い放ったのだった。
 「答案用紙に、『過去には、こだわりません』って書いとけ!」
 天晴れである。

本当に天晴れである。(笑)
読んでいて本当に心があったかくなりますし、幸せな気持ちになります。
子どもと接するときにこんな風に接することができたら、もっと子ども達は幸せにのびのびと過ごせるんじゃないかなと思うことも沢山ありますし、大人自身も、ばあちゃんの言葉に触れることで、ものの見方、考え方が変わるかもしれません。

少なくとも、人はどんな状況にあっても、それを楽しめるかどうかで幸せかどうかが決まるのだということを、どんな自己啓発の本、精神世界の本よりももっと力強く、分かりやすく教えてくれているように思います。

とにかくとってもオススメです。
私のように、まだ読まれたことのない方がおられましたら、是非一度読んでみられてはいかがでしょう。

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2006年11月27日 (月)

「バカをつくる学校」 ジョン・テイラー・ガット著

なかなかインパクトのあるタイトルに、思わず購入してしまいました。

「バカをつくる学校 義務教育には秘密がある」 

ジョン・テイラー・ガット著 高尾菜つこ訳 成甲書房

評価 ★★★★

先月だったか、たまたまネット書店でこの本のタイトルが目に留まり、なんとも気になるタイトルに、外国の本の和訳であるにもかかわらず購入してしまいました。

本の帯には「全米覚醒のベストセラー」と書かれており、著者であるジョン・テイラー・ガット氏はアメリカの公立校教師で、ニューヨーク州の最優秀教師に選ばれた方だそうです。
1990年にニューヨーク市で、1991年にはニューヨーク州で最優秀教師に選ばれたようですが、翌1992年にはこの著書をアメリカで出版し、今年の9月に日本でも出版されるに到ったようです。

アメリカの学校の現状について書かれているため、日本にそのまま当てはまるとは思えない部分も少なくはないのですが、私にとってはこれまで考えてもみたこともなかった視点で書かれている本で、先日ご紹介した「いじめ」に関する本に続き、また何かに気づかされた、目を覚まされた、そんな感じを受ける本になりました。

著者が著書の中で「義務教育における七つの大罪」と題し、こんなことを書いています。

① 一貫性のなさ
② クラス分け
③ 無関心
④ 感情的な依存
⑤ 知的な依存
⑥ 条件つきの自尊心
⑦ 監視

それぞれについて簡単にまとめると、①は授業や時間割が細切れで順序もめちゃくちゃであるということ。②は子ども達には無条件に年齢別、成績別などのクラス分けがなされ、異なる年齢の集団にはまず属せないということ。③はどんなに盛り上がっていても、チャイムが鳴ればそこでおしまい、すぐに次の授業の準備をさせるということ。④は子どもに「教師に褒められたい」「怒られたくない」という感情的依存をさせるということ。⑤は子ども達は何事も自分で判断せず、教師の指示を待つよう教えられるということ。⑥はテストの成績などによって得られる「条件つき自尊心」を教え込むということ。⑦は言葉通り。

この7つに関して著者が述べていることで、特に印象に残ったことがいくつかあるので、それについて、もう少し詳しく引用しますと・・・。

①より引用。

 実際、私の教えることにはまったく脈絡がない。何もかもがばらばらで、めちゃくちゃである。惑星の軌道、大数の法則、奴隷制、形容詞、設計図、ダンス、体育館、合唱、集会、びっくりゲスト、避難訓練、コンピュータ言語、保護者会、教員研修、個別プログラム、ガイダンス、実社会ではあり得ない年齢別のクラス・・・・・・。(中略)
学校の論理は、生徒が何か一つのことに熱中するよりも、たとえ表面的であれ、経済学や社会学、自然科学といったひと通りの専門知識をもっていた方がいいというものだ。(中略)
 まともな人間が求めるのは、ばらばらの事実ではなく、意味である。教育とは、生のデータから意味を引き出させることなのだ。パッチワークのような時間割や、事実と論理ばかりを優先する授業の中では、意味を模索することなどできない。これは小学校ではもっとむずかしい。そこでは、子どもにできるだけ多くの体験をさせることが望ましいとされ、親たちはまだその嘘に気づいていない。(後略)

②より引用。

 こうした年齢別の区分があるのは学校だけで、大人の世界には絶対存在しない。五十五歳の社員を全員同じ部屋で働かせるような会社があるだろうか。
 義務教育が導入される前の時代は、あらゆる年齢の子どもが一つの教室で学んでいて、年長の子どもが年少の子どもを教えるようになっていた。(後略)

③より引用。

(前略)しかし、いったんチャイムが鳴ると、子どもたちにはそれまでやっていたことをすべて中止させ、ただちに次の授業の準備をさせる。彼らは電気のスイッチのように、素早く頭を切り替えなければならない。(中略)子どもたちはチャイムを通して、やり遂げるだけの価値のある仕事はないと教えられる。そのため、何かに深く興味を持つこともない。何年間もチャイムに従って過ごすうち、一部の耐性のある子を除いて、もはや社会にはやるべき重要な仕事はないと思い込むようになる。(後略)

⑤より引用。

 「優等生」とは、教師が示した考えにほとんど抵抗せず、適度な熱意をもって、それを受け入れる生徒のことである。何をいつ学ぶのか、「影の雇い主」が決めたことに従順で、他のことには興味を抱かない。
 一方、「劣等生」とは、教師の示した考えに抵抗し、何をいつ学ぶのか、自分でそれを決めようとする生徒のことだ。教師としては、そうした生徒を野放しにしておくわけにはいかない。そこで、彼らの意志を砕くため、親に連絡するという効果的な手段を使う。(後略)

⑥より引用。

 親から無条件に愛されている子どもは、自尊心が強く、従わせるのがむずかしい。しかし、こういう自信家が大勢いては、社会は維持できない。そこで私は、子どもたちに、自分の価値は専門家の意見に左右されるということを教える。つまり、彼らはつねに教師に評価され、審査されるのである。

これらは、もちろんすべてその通りだとは思いませんが、何か大きな問題提起をしているように感じます。

また、ここに書かれていることも、今の日本でも考えさせられることが多いように感じました。

そして子どもはこうなった

①「大人の世界に無関心になる」
②「集中力がほとんどなく、あっても長続きしない。」
③「未来に対する認識が乏しく、明日が今日とつながっているという感覚がない。」
④「歴史に関心がない。」
⑤「他人に対して残酷になる。」
⑥「親しさや正直さを拒絶する。」
⑦「物質主義的になる。」
⑧「依存的で、受け身で、新しい挑戦に臆病になる。」

そして、何より強烈な印象に残ったのは、「ロックフェラーの『特別書簡』」という項目でした。

ロックフェラー総合教育委員会の最初の使命記述書(マニュフェスト)の抜粋として紹介されているのだが、皆さんはどうお感じになるでしょうか。

 われわれの夢は、人びとがわれわれのつくる型におとなしく身を委ねることである。もはや現在の教育の慣習〔知的・人格的教育〕は色あせ、われわれは伝統に制約されることなく、人びとに善意をもたらし、その感謝と共感を得ることになる。われわれは彼らやその子どもたちを哲学者や学者、科学者にするつもりはない。また、彼らの間から作家や教育者、詩人や文学者を育てるつもりもない。われわれは彼らに偉大な芸術家や画家、音楽家の卵を求めるわけでも、弁護士や医師、牧師や政治家を求めるわけでもない。そうした者はもう十分にいるからだ。われわれの使命はごく簡単である。子どもたちを組織化し、彼らの親が不完全な方法でやっていることを、彼らには完全な方法でやるように教えることだ。

アメリカでは一部の実業家や資本家が、義務教育に政府以上に寄付や助成金でお金をつぎ込んだと書かれており、ロックフェラーはカーネギーと共にかなりの投資をしたようです。
その背景に上述のような目的があったということは、とても恐ろしいことだと感じます。

著者は、これ以上学校はいらないという主張をしておられ、ホームスクーリングを支持しておられるようです。
もちろん、アメリカと日本では違いが多いと思いますが、今日の日本の義務教育を見たとき、著者の述べていることと重なる部分も決して少なくないように思えるのは私だけでしょうか。

教育関係者はもちろん、世の大人に読んでみて頂きたい1冊です。

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2006年11月23日 (木)

「わすれられないおくりもの」 スーザン・バーレイ作・絵

今日は勤労感謝の日ですね。
休日なので大人もなんだかじんとくる絵本のご紹介です。
この本も以前ご紹介した教育雑誌の紹介を見て購入してみました。

「わすれられないおくりもの」 

スーザン・バーレイ作・絵 小川仁央訳 評論社

評価 ★★★★★

雑誌の紹介からの購入だったので多少のあらすじはわかっていたため、読み始めて間なしからまたも涙腺が。。。(苦笑)
我ながら(泣きすぎだろ!)とツッコミを入れてしまいそうですが、こちらも本当に素敵なお話です。

かなり有名な絵本に「100万回生きたねこ」というのがありますが、あのお話も「死」がひとつのテーマになっていたかと思います。

しかし、こちらのお話は、よりそのことを中心テーマとしてお話が書かれています。
絵も透明感があり、とてもやさしくあたたかく、素敵な気持ちになれます。
何より、「死」というものは残された者たちに悲しみだけを残すわけではないのだというお話が素敵です。

例えば、子どもにとっておじいちゃんやおばあちゃんが亡くなるということをまだ幼いうちに経験する子もいるでしょうし、大切に可愛がっていたペットなどとの別れをどう受け止めていいのかわからないという経験もするかもしれません。

そんなときにこのお話を知っている子は悲しみだけでなく、何かやわらかい、あたたかいものを感じることができるかもしれないなと思います。

もちろん大人にも十分オススメです。
例によって、絵本ですので書店での立ち読みも可能ですが、私同様涙腺のゆるい方はお気をつけください。(笑)

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2006年11月20日 (月)

「君を守りたい」 中嶋博行著

今回の1冊はちょっと紹介を躊躇う1冊です。

「君を守りたい―いじめゼロを実現した公立中学校の秘密 

中嶋博行著 朝日新聞社

評価 ★★★★☆

恐らくこの本が出版されて間もなく、書店の店頭で目に留まり購入したのですが、他の本を先に読んだりしていて、読むのが少し遅くなってしまいました。

タイトルや副題、本の帯に書かれている言葉などから、一体どんな素敵な内容なのだろうと思って手に取ったのです。
因みに、本の帯にはこう書かれています。

お父さん、
この学校には
いじめがないんだよ

公立中学校が実践した
「君を守り隊」の驚くべき成功を
はじめ、いじめ撲滅の即効的
かつ具体的な解決法が満載!

そして、著者である中嶋氏は犯罪被害者問題の第一人者の現役弁護士であり、作家でもあられるそうですが、その方は一体どんなことを書かれたのだろうと、ちょっと期待しつつページをめくりました。

しかし・・・、もしも繊細な方であれば、数ページ読んだ段階で先に進めなくなるのではないかと思います。
最初の章で、実際に日本の公立中学で起きたいじめの事件を2例、裁判記録などに基づき具体的に詳しく紹介しておられるのですが、正直言って私はここを読んだ段階でしばらく言葉を失い、おまけに夜の食事の前に読みかけたため、食事は喉を通らなくなり、しかし、そのまま眠ることもできそうになく、本当にどうしたらいいのかわからない気持ちになりました。
それほどに想像を絶する壮絶な事例が紹介されているのです。

ただ、ここで読むのを終えてしまっては全く救われる部分がないし、きっと後半になれば希望が見い出せるのではないかと、苦しいながらも読み進めてみました。

すると、予想通り、最初の章以外は冷静に読むことができ、また目からウロコという感じを受けたり、納得できる部分も多く、多くの方に読んでみて頂きたいと感じました。

繊細な方には最初の章があまりにも重くてきついと思うので、そこは飛ばしてでも読んでみる価値はあるように思うのですが、ただ、そこを読まなければこの著者の思いや後半で書いておられることが今ひとつ響いてこないかもと思ったりもして、ちょっと悩むところです。
ですが、私自身、最初の章をもう一度読み返す気にはどうしてもなれませんし、できれば思い出したくないとさえ思ってしまいますので、そのあたりがどう判断すべきか悩んでいます。

著者の意見を非常に短くまとめると、「いじめ」は「教育的配慮」によって間違った捉え方をされているが、「犯罪」であるということ。
学校外で起きれば犯罪であることが、なぜか学校内で起きると「いじめ」と表現され、犯罪ではないかのように扱われてしまっているということ。
本来「いじめ」は犯罪なのだから、警察の介入を積極的に求めるべきだということ。
「いじめ」をした人間に対しては首謀者をピンポイントで処罰すればよく、その際には「ゼロ・トレランス(不寛容)」を適用すること。
そんなことになるかと思います。

いじめ撲滅に関して、アメリカでの例が色々挙げられており、それ自体も参考になる面はありますが、銃社会・ドラッグ社会のアメリカと日本を同じように論じるのは少し難しいところもあるように思います。

ただ、これを読んでいて私自身一番ハッとしたのが、今の学校は例えばいじめを受けた子どもに対して「無理に学校にこなくてもいいんだよ」というような対応をすることがあるが、なぜ被害者が学校から去り、加害者がこれまで通りのうのうと学校に通っているのかというところでした。

言われてみれば確かにそうですよね。
いじめられた側は、それさえなければ普通に学校生活を送れるはずだったのに、いじめられた上にその権利まで奪われ、奪った側の生徒は何の罰も受けず学校に通い続けるのがおかしいと言われれば、間違いなくそうです。

また、著者が繰り返し書いておられることは、よく学校などの大人は「教育的指導」によっていじめる子をまっとうな人間に立ち直らせたいというような面に重きを置くが、いじめられている子にとっては毎日が地獄で、とにかく今すぐそこから救い出してくれることを求めているのだと。
いつになるかわからない未来まで我慢し続けろということ自体、今正にいじめを受けている子どもに対しては通用しない理論だと。そう言われると確かにそうですよね。

いじめを受けている子に明るい明日など想像もつかないことでしょう。毎日毎日いじめのことで頭がいっぱいで、生きる希望も見い出せなくなっていく子達に、期限も切らず我慢させることなど絶対にしてはならないことだと言われれば、正におっしゃる通りです。

警察の介入や断固たる処罰など、それだけを見るとちょっとそれは行き過ぎなんじゃないの?と感じるような表現もあるかもしれませんが、著者がいうように、何よりも優先されるべきはいじめられている子どもを一刻も早く救い出し、守るということなわけで、そのために必要な策を講じるのは大人の務めであるのは間違いない気がします。

副題にある「いじめゼロを実現した公立中学校の秘密」というのは、ある公立中学で生徒達が話し合い、どうすればいじめをなくせるかということで、生徒達自身が自発的に「君を守り隊」という隊を有志で組織し、校内の見回り、情報収集などを行ない、いじめの際に傍観者になりがちな生徒達にもどんどんその隊に入ってもらって、結果的にいじめをする子が少数派となり、いじめがなくなったというものです。
その経緯や、長年続いてきた結果、初期の「守り隊」が今では形を変えていっている(もちろんよい方に)ことなども紹介されていますが、素晴らしい話だなと思いながら読みました。

最初の段階で読むのを断念しなくてよかったと思っていますし、多くの方に読んでみて頂きたいと思うわけですが、とにかく最初が・・・。
そこを読む読まないは皆様がそれぞれにご判断ください。

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2006年11月16日 (木)

「3日で運がよくなる『そうじ力』」 舛田光洋著

またも掃除本を買ってしまいました。何かそういう波が来ているのでしょうか・・・。

「3日で運がよくなる『そうじ力』」 舛田光洋著 三笠書房

評価 ★★★★

先日ご紹介した「そうじ力」の著者が文庫本で書き下ろした1冊。
文庫本ですので、価格も手頃。読むのもあっという間に読めます。
また、タイトルにある通り、「まずは3日間」ということを念頭に書かれているようです。

ただし、内容は既に単行本で出ているものとほぼ同じですので、両方を読む必要はないかと思います。まだ読んだことのない方は手頃な文庫本を読んでみられたらいいかもしれませんね。

以前から公言しております通り、掃除しなくても死なないし・・・という感じで、必要最低限しか掃除をしない私ですが、「ガラクタ捨てれば・・・」に始まる掃除や不用品の処分に関する本を読むことによって、読んだ数日間だけでもちょっとまめに掃除をしたり、この本にも書かれているのですが、とにかく完璧にやらねば!と思うとなかなかやる気にならないので、まずちょっとしたところからということを意識していると、以前よりは掃除をするようになったような気がします。

「そうじ力」ではトイレを磨くことが最も強力な開運効果があるようなことが書かれていますが、実際に開運するかどうかは別として、トイレを使った後、ちょっと意識してトイレを磨くようになりましたし、そうするとやはり気持ちいいのですよね。

部屋の床も、ちょっと気になってもこれまでは「ま、いっか、また今度で」と思いがちだったのですが、もし5分でも時間があるならとりあえず拭き掃除しようかなとか、少し思えるようになった気がします。

もともと、汚いのが好きなわけではないので、掃除をする必要性のようなものを感じれば、今までよりもう少しはやるんじゃないかということでこういう本をこのところ意識的に読んでいるわけですが、運がよくなったということはないものの(何しろ、本に書かれていることの10分の1もやってないと思いますので)、とりあえず前よりは少し掃除をする気になったので、私のように掃除嫌いの方にはオススメできそうです。

また、とにかく基本の1と2が「換気」と「いらないものを捨てること」だと書かれているのですが、掃除はキライでも、換気だけは毎日まめにしているので、それである程度の運を保っているのだろうか?と、単純な私は考えてしまいました。(笑)
そして、先日来、長年しまい込んでいたものを少しずつ処分しているのですが、ものが減ってスペースができることは、確かに何か気持ちのいい感覚があるのだなと感じています。

いらないものを処分する方法として、「選別のポイント」が紹介されているますので、少し引用しますと・・・

ポイント①過去―「思い出や栄光」を捨てる
ポイント②現在―「レベルを下げるもの」を捨てる
ポイント③未来―「いつか使うもの」を捨てる
ポイント④不安―「もったいないもの」を捨てる
ポイント⑤残す―「なくなったらつらいもの」は残す

②のレベルを下げるものというところに、ゴシップ記事の書かれた週刊誌やホラービデオなどの例が挙がっているのですが、幸い、私はゴシップ週刊誌自体買った記憶さえありませんし、当然部屋にはありません。そして、何より昔から「コワイもの」はキライで、そういう類のものは一度も部屋に置いたことがありません。

私の場合、①③④は該当するところがかなりありましたが、ちょっとずつ整理して行こうと思っている今日この頃です。(笑)

3日集中するには年末の大掃除まで無理っぽいですが、もし3日取れそうだったら、今年は挑戦してみようかなと思います。(あ・・・ってことは28日までで仕事納めにしなきゃ無理ってこと??ちょっと考えよう・・・。)

何か気分が晴れないとか、最近運が悪いと感じているとか、そういう方は一度読んでみられてもいいかもしれませんね。

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2006年11月13日 (月)

「気になる子がぐんぐん伸びる授業」 品川裕香著

タイトルがちょっと気になったので、ネット書店で注文してみました。

「LD・ADHD・アスペルガー症候群 気になる子がぐんぐん伸びる授業―すべての子どもの個性が光る特別支援教育」
高山恵子監修 品川裕香著 
小学館

評価 ★★★☆ (私にとってはこの評価ですが、学校の先生などには多分オススメです。)

今、自分が関わっている子に直接LDやADHD、アスペルガー症候群などのある(またはそう診断された)お子さんはいないのですが、少し以前からちょっと勉強してみたいと思っているところでもあるので、タイトルにも惹かれて注文してみました。

しかし、「授業」と言えば一般に学校のことで、本の構成としては学校現場において先生方が遭遇しそうな場面を細かく事例に挙げ、それぞれの場合の望ましい対処法や避けるべき言動などをわかり易くかなり具体的にまとめてあります。

そのため、学校の授業で30人なり40人なりの子どもたちの中にそういう障害の可能性のある子や実際にそう診断されている子がいる場合の教師の対処の仕方としては大いに参考になると思うのですが、さて、私に何か参考になるかというと、残念ながらあまり参考になるところはありませんでした。

また、ひとつひとつの事例に関するアドバイスが4コママンガの部分を含めて3ページ程度でまとめられているため、わかりやすい反面物足りないところもあるような気もしなくはありません。ただ、現場の先生方はきっととてもお忙しいでしょうし、そういう意味ではシンプルに要点だけをまとめられていて、かえって便利なのかもしれません。(そのあたりのことはちょっと判断がつきません。)

因みに、著書の初めに但し書きがあるのですが、もともとこの原稿は「小六教育技術」への連載原稿に加筆修正されたものだそうで、主に小学校高学年の児童を念頭において書かれているそうです。(教育技術という言葉にちょっと反応してしまいました・・・)

第1章は気になる子どもに対しての対処事例、第2章は同僚の先生など、教師に対する働きかけなどの事例、第3章は気になる子どもの保護者への働きかけの事例という構成になっています。

調査によると、6%以上の子どもがこれらの障害を持っているという結果が出ているそうで、クラスの中にひとりやふたりそういう子がいても不思議ではないということ。また、その割合は近年急に変わったものとは考えづらいので、大人の中にも少なからずそういう障害を持っていたり、障害とまでは診断されなくてもそういう傾向がある方もおられるだろうということ。
そういうことを踏まえた上で、どのような言葉、どのような態度で接していくことが大切かをわかり易くまとめてあるので、現場の先生方で気になる児童がおられ、どう対処すればよいのか悩んでおられる方などは読んでみられたらと思いますが、その他の方に関しては、例えばお子さんがそういう傾向があるのが気になる・・・というような方がもしおられましても、この本自体は参考になる部分は少ないように思います。

タイトル通り、学校の授業をいかに「障害を持つ子も含めてみんなを伸ばせるか」という視点に立って書かれているので、そういうことに関して知りたい方にはオススメだと思います。

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2006年11月 9日 (木)

「オール1の落ちこぼれ、教師になる」 宮本延春著

タイトルに惹かれて読んでみました。私的にはかなりオススメです。

「オール1の落ちこぼれ、教師になる」 

宮本延春著 角川書店

評価 ★★★★★

本の帯には「全国に衝撃を呼んだ『オール1先生』初の著書!」と書かれているのですが、不勉強なため、私はこの本を知るまでこの先生のことは知りませんでした。

これまでにも落ちこぼれだったとか、ヤンキーだったとかいう先生がマスコミなどで取り上げられることはありましたが、「オール1」っていうのはちょっと想像もつかない世界ですし、一体どんな方で、どんな経緯で先生になられたのか、非常に興味を持ちました。

で、読み始めていきなり泣きました。(苦笑)
そして、本の帯に大きな文字で書かれている「奇跡の教師」という言葉を、確かに「奇跡」としかいいようがないなと思いながら読みました。

宮本先生は「もともと無口で気が弱く体も小さい上に、家の引っ越しで転校を繰り返していたので、行く先、行く先の学校で、恰好のいじめの対象にされました。」と書いておられますが、小中学生の時代をいじめられて過ごし、中学卒業のときの学力は、「国語の漢字は自分の名前が書けるだけ、数学は九九が二の段までしか言えず、英語はbookしか書けないというひどい状態」だったと書いておられます。

当然進学できる高校はなく、工務店の見習いに入ったそうですが、そこでもまたいじめにあったそうです。
更に、16歳にしてお母様が亡くなり、18歳でお父様も亡くなられ、もともと親戚などもおられなかったそうで、18歳にして「天涯孤独の身」になられたとも書かれています。

もうこれだけ読めば、あまりに壮絶な、想像を絶する体験であることは多少想像がつきます。(当然実感、共感することは不可能ですが。)

一体なぜ、この人はここまで不遇な目に遭わなくてはいけなかったのだろう?という思いを抱きましたし、よくそんな状態でありながらも学校に通い続け、何よりも、よくしっかりと生き続けられたなぁと、しみじみすごいなぁと感じました。

とことん落ちこぼれていたことに関して、ご自身が振り返っておられるのですが、一部抜粋すると、こんな風に書かれています。

 勉強嫌いが顕著になったのは小学三年ごろからだったでしょうか。いじめで学校にいることだけでも苦痛なのに、その上勉強で頭を悩ます気になれなかった。一つつまずくと、それを修復する気力がないので、どんどん授業がわからなくなっていく。その悪循環の積み重ねでした。(中略)
 とにかく、やりたくなかったのです。なぜでしょう。
 生来の怠け者だったのかというと、家のラーメン屋を手伝ったりしていましたから、そうとはいえないでしょう。では、頭を使うことが嫌いだったのかというと、幼稚園児のときから本が好きで、中学生のときには横溝正史の小説を読めない漢字をとばしながら愛読したりしていましたから、知的なことに全然興味がなかったわけでもない。とにかく、学校の勉強だけは受け付けなかったのです。

そんな「どん底の十代」を過ごしていた中で、いくつかの出会いがあり、徐々に変化が訪れます。
その後、現在の奥さんとの出会いがあり、その出会いが更なる出会いを生み、本当に「奇跡の変身」を遂げられたのです。

是非読んで頂きたいと思うので、その後の詳しい経緯は紹介しませんが、最終的に24歳で定時制高校入学、27歳で名古屋大理学部・物理学科への合格を果たされ、大学院も含めて9年間の研究生活の後、37歳にして教壇に立たれたということです。

後半の人との出会いは、本当に感動に次ぐ感動で、涙もろい私は泣きっぱなしでした。(苦笑)(あんまり書くと、ちっとも泣けなかったと言われると困りますけど・・・。)
人生の前半で普通では考えられないほどの困難に出会い、もし自分だったら、世界中の不幸を自分ひとりで背負っている気分にさえなったのではないかと思います。

ですが、そこで人生をリタイヤせず頑張り続けたことで、こんな奇跡が起きたのだろうと、人生ってやはりわからないものなのだなと思ったりもしました。

この本は、子どもにも読んでもらいたいという先生のご意向で、小学5年以上で習う漢字には読み仮名がふってあります。

個人的には、後半、大学受験の終盤辺りからはあまりにもレベルが高く、読んでも「自分には無理・・・」と思ってしまう子もいるかもしれないと思ったりもしますが、実体験を元に語られる言葉には力があり、例えば今いじめで悩んでいたり、何かのきっかけで不登校になっていたり、勉強で落ちこぼれて「何で勉強なんてしなきゃいけないんだよ?」と思っているような子に、是非読んでみてもらいたいと思います。

もちろん、大人の方にもオススメです。
本当の落ちこぼれやいじめられる子の気持ちがわかる、数少ない先生の言葉から、何か考えるところがあるかもしれません。

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2006年11月 6日 (月)

「あなたの脳をシゲキする!お受験力」 学研編

最近大流行の大人のためのパズル本ですが、お手頃で結構おもしろい1冊をご紹介。

学研「大人のテスト」文庫

「あなたの脳をシゲキする!お受験力」

評価 ★★★★

同じシリーズの「日本語○×・・・」は私にはイマイチでしたが、こちらは充分楽しませて頂きました。
副題に「有名私立小中学校の入試問題に挑戦!」と書かれているのですが、小学校入試や中学校入試に実際に出題されたものや、類題をジャンル別に全部で60問掲載しています。

小学校受験問題に関しては本当に頭の体操というか、お遊びっぽくやれるものが多いのですが、それでも中には「ん?」とちょっと考えてしまうものもありますし、中学校入試問題は取り上げられている学校の殆どが有名中ということもあり、パッと見、こんなのを小学生が解くの?!という印象を受けるものもありますが、どれもパズルっぽい要素を含んだ問題が選ばれているので、本当の「頭の体操」になりそうです。

ジャンル分けは、「図形編」「推理編」「数量編」「系列編」となっていますが、図形編ではサイコロや積み木の問題、面積に関する問題などが紹介されています。浅野中の入試問題として紹介されているものを、相似や三平方など中学校で習うことを使わずに解く方法を考えるのが難しく、この問題は残念ながらひらめきませんでした。が、解答を見ると、どこに着目するかというのがポイントで、それに気づけば、確かに小学生でも(もちろん受験をするような子達ということになると思いますが)できるかなと思いました。う~ん、すごいなぁ。

「推理編」は間違い探し系の問題や論理パズルなどが出ていますが、こちらは親子でも楽しめる問題が結構あるかなと思います。
入試問題というよりはまさにパズルという感じです。(しかし、灘中の問題も取り上げられています。)

「数量編」は前半の小学校入試系の問題は日々のレッスンでもよく目にしているタイプのものが多かったですが、後半の中学入試系では、今度うちの高学年スーパーちゃんたちにやらせてみようかなと思うような、考えるのが楽しそうな問題がいくつか出ていました。こちらもやはりパズルと受け止めると楽しめる問題です。(少なくとも私はおもしろかったです。)

「系列編」は規則性を発見するという問題がメインになっているようです。こちらもやはりパズルですね。難関中の問題も、こんな風に出題され、パズル感覚で考えるにはとても面白いし、よく考えられているなぁと感じました。

解きながら感じたのは、私は普段難しい数学とかわからないので、子ども達と毎日のレッスンを通じて使う発想で解くわけですが、小学生(受験を考えていない)でも理解できる発想で解ける問題の解答を読むとやたら難しいということが結構あり、内心、(もっと簡単に解けるのに・・・)と感じたものも少なからずありました。

けれど、それが結局「センス」などと言われている部分なのかもしれず、日々パズルなどでそういう考え方を鍛えている子は、いわゆる暗記や反復中心の学習でどうにか好成績をキープしている子達には難問であるような問題を、いとも容易く解いてしまうのかもしれないなと改めて感じました。

大人も充分楽しめますし、価格も手頃ですので、パズル好きな方には結構オススメです。l

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2006年11月 2日 (木)

「正確な日本語力」 学研「大人のテスト」文庫

最近、学研さんがシリーズで「大人のテスト」文庫というのを出版されているようです。
ちょっと気になって2冊購入したのですが、こちらは私が買う必要はなかったかなと・・・。

金田一春彦先生の特別教室「正確な日本語力」 
学研「大人のテスト」文庫

評価 ★★★☆

購入の必要がなかったという理由は、既に同社が出版した「日本語○×辞典」というのを持っているのですが、その辞典をもとに、内容を再構成したものだと書かれていたからです。

また、過去にご紹介した「知らないと恥ずかしい・・・」などの日本語の知識を問う書籍と共通する部分も多く、文庫で価格が手頃だったため、つい買ってしまいましたが、ムダだったかも・・・と思いました。

ただ、内容に不満があるとかいうことではありませんので、これまでにそういう類の本を読まれたことのない方には、手軽に自分の日本語の知識をチェックできますので、オススメできるかなと思います。

しかし、そうは言っても、こういう本を読むたびに思うことですが、仮に正しく日本語を使っていても、世間一般に広く誤用されている言葉であれば、正しく使うことでかえって間違いだといわれる可能性も否定できないだろうと思います。
そのあたりが難しいところですね。

「間髪」を「かんぱつ」と読むのは誤用だと言われたって、「かんはつ」と正しく読んだら、間違いだって言われそうですよね?(というか、私は120%ぐらい自信を持って「かんぱつ」って読んでましたけど。)

誤用されやすいもの、間違って思い込んでいるものが中心に紹介されていますので、そうか・・・これも間違いなのか・・・と発見するにはいいかもしれませんね。

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