2019年5月24日 (金)

「今が一番若い」

「人間、今が一番若いんだよ」というのは永六輔さんの言葉だそうですが、何かを始めようと思ったとき、それがたとえ何歳であっても、今が一番若いのだと。そういわれてみれば確かにそうで、思い立った時点で考えれば、明日より今日の方が人はみんな若いんですよね。

私自身、年々色々な衰えを感じていますが、それでもやはり今日より明日のほうが歳をとるのは確かで、何かをしようと思ったら早いに越したことはないのだろうと思います。

成長の早い子ども達にとっては、大人の1か月の成長が子どもの1日分と同じぐらいかもしれませんし、一般には9歳、10歳あたりである程度脳が出来上がるとも言われています。ですから、早い時期から子どものためになる働きかけをしてあげるに越したことはありませんし、高学年、中学生になってしまってからでは、幼児、低学年期に取り組むより伸びが少なかったり、大きな努力が必要だったりはするかもしれません。
それでも、しないより、「今から始める」方がいいのは確かだろうと思います。

高学年になってから来てくれるようになった子で、図形全般に苦手な子がいます。これまでにもそういう子はいましたし、私自身も決して得意ではありませんので、苦手な子の場合、実際に経験を積ませることが大事になってくるように思います。
必ずとは言えませんが、図形が極端に苦手な子は小さい頃に折り紙遊びや積み木遊びのような昔ながらの手遊びをあまりしたことがないということも珍しくありません。
例えば折り紙を4つ折りにしてどこかを切り、開いたらどう見えるかというような問題は、ある程度成長すればできて当然なのでは?と思うこともありますが、苦手な子の場合、経験していないと本当にわからない子もいるのです。
ですが、ある程度成長していると、例えば折り紙を渡し、一度実際に折って切り、開いてみてもらうと、たった一度しかしなくても、その後はそれを応用してすんなり解ける場合もあります。イメージできない子は一度も経験していないものは想像ができないのかもしれません。ですが、成長する段階で色々な経験をしている分、一度実際に確かめるだけでほかに応用できたりするということなのでしょうか。

今日のあるレッスンでも、折り紙を四つ折りした上に更に三角に2回折るという、確かに複雑ではあるものの、その図でどの頂点がどこと重なるか考える問題に苦戦していた中学生に、授業やテストでは使うことはできないものの、想像できない子に考えろといってもどうしようもないので、折り紙を渡して確かめてもらいました。
中学生にもなってそんなことをしていたら授業についていけないという意見もあるかもしれませんし、小学校低学年の段階で出会えていたらもう少し楽にイメージできるようになっていたかもしれないと気の毒に思ったりもしますが、それでもやはり、その子にとっては「今が一番若い」わけで、経験を蓄積していく意味はあるのではないかと思います。

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2019年5月23日 (木)

辛いけど

小さい子達とレッスンをしていると、問題がほんの少し難しいだけでも泣き出してしまうことがあります。
過去には年長さんで、問題を見た瞬間に泣きのスイッチが入り、レッスン時間の半分ぐらい泣きっぱなしという状態が何回も続き、おうちの方にも側にいて頂いたものの、それでもダメで、さすがにこれはしばらくお休みされますか?とご相談したほどだった子などもいましたが、どの子も不思議なもので、ある時期を過ぎるとそれまで泣いていたのを忘れたかのように全く泣かなくなるということを何度も経験しました。

性格だけでなく、成長段階なども関係するのだろうとは思っていますが、こちらは大人ですので、子どもが泣きそうだなということは見ていてわかる場合が大半です。(稀に全く予想していない段階で突如泣き出す子もいましたが。)
しかし、泣かれるのが嫌だからやり方を教えてしまうと、その子は少なくともその問題に関しては自分で考える機会を失うことになります。また、小さい子達であれば、それが初めてそれを学ぶときということもあり、最初に教えられてしまった場合、その学習に関しては自分で気づいて理解したという経験ができなかったことになる可能性もあります。

また、泣き出した子でも、少し落ち着いて自分で問題が解けたら、泣いたことは忘れたような反応になることも珍しくないので、本当は泣かせたくない、泣かれたくないと思いつつも、ぐっとこらえて黙って見ていることも少なくありません。
泣いたらダメというつもりはなく、泣きだしたらそっとティッシュを差し出したりはしますが(声をかけると一層泣き出す子もいますので)、様子を見て声掛けをし、おさまらない場合はその問題は後日に回したりし、その場を収めるためにやり方を教えてやったことにはしないよう気を付けます。

今日のレッスンでも、普段とてもよくできるものの、ほんの少しでもわからないと不安になるのかやたらと「わかんない」と連発する子がいて、教えればすぐ理解するであろうことも予想できるのですが、それはしたくなかったため、気づいてくれるよう声掛けをしつつ、これ、泣かれそうな気がする…と思いながらもぐっと堪え、結局ぽろっと涙がこぼれてしまいました。
ああ…泣かれてしまった…と思いつつ、ティッシュの箱を差し出して、その後なんとかどういうことなのか気づいてもらえて、問題を解くうちだんだんと復活してくれました。

何人の子に泣かれても、やはり泣かれるのは辛いものですね…。

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2019年5月22日 (水)

ハードな1日

今年度、水曜は一番ハードで濃いレッスンの日なのですが、今日は更に、明日中間考査がある中学生がどうしてもここまでやりたいと粘ったため、私自身は途中トイレに立つこともなく、当然水を飲むこともないまま、5時間半、その間全く子どもが途切れることなくレッスンをし続けました。

終わった後どうしてもご連絡を入れておく必要があることがいくつかあり、それらのメールをお送りし、明日の準備などをしたら23時を回り、急いで帰宅しました。
というわけで、本日はこれにて失礼いたします。

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2019年5月21日 (火)

子どもは不思議

先週のレッスンで小1さんのうち2人が、ひとりは宿題をしてこなかったことに対して、私は一切怒ってはいないにもかかわらずとても後ろめたそうな反応をして驚き、もうひとりは普段元気いっぱいなのに、問題文を声に出して読むことに対する抵抗感が予想をはるかに超えるほど大きそうだということに驚きました。

私は決して優しい先生ではないので、子どもの多くは私のことを怖いと思っていると思いますが、さすがに1年生に対して学校でもないのに、宿題をしないことを理由もなく怒ったり、声に出して読めないことを怒ったりはしません。もちろん、それで学校などで困りそうであれば、そういう話をすることはあると思いますが、今の時点ではどちらの子も困っていないのだろうとも思いました。

しかし、週が変わって今週のレッスンでは、宿題をしていなかった子は自ら宿題のファイルを取り出し、「途中までのもある」といって、大半をやり終えた宿題を見せてくれ、更にはレッスンでも楽しそうに1時間しっかりがんばってくれました。そして、問題文を声に出せなかった子は先週預かってあったプリントの、先週苦戦した問題ではなく、別の問題を指してから「声出すの嫌だったら声出さなくてもいいから、読めないところがあったら言ってね」と伝えると、先週より相当大きな声で(先週は聞き耳を立てても聞き取れない声だったので)声を出して読んでくれました。1問だけでなく次の問題もきちんと読んでくれて、その姿は先週あんなにももじもじし、目に涙まで浮かべた子とは思えないほどでした。

それぞれの子に何があったかわかりませんが、子どもは変わるときは一瞬で変わったりしますね。
恥ずかしいと感じるポイントもあるとき突然変わったりしますし。ホントに不思議です。

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2019年5月20日 (月)

気持ちはわかる

今でこそ子ども達には公式を覚えて当てはめるだけの勉強は意味がないと言っていますが、そもそも自分が子どもの頃は学校の勉強というのはそういうものだというぐらいに思っていたわけで、そのせいで高校になると公式を忘れるとお手上げになりましたし、そもそも、あまりの授業進度の速さに、なぜその公式で解けるのかなど考える余裕もなく、完全に「処理」をしていたように思います。

今、中3の子が因数分解や平方根のあたりを学習していて、因数分解の応用の問題などを見ていると、自分が高校入学直後数学で激しく落ちこぼれたことを何度となく思い出します。恩師のお蔭でどうにか不振から抜け出すことはできましたが、1学期に因数分解などをしていたときには、そもそも因数分解が何なのかすら曖昧な理解で、一部分だけ因数分解し、いくつかの因数の積の形になっていない状態で終わっていたこともありましたが、なぜそれが違うのかきちんと理解はしていなかったように思います。

恐らく中学で因数分解を習ったときに、先生が説明はしておられただろうと思いますし、教科書にも書いてあったのだろうと思いますが、表面的な説明でさらっと流れていき、自分の中にすとんと落ちることがないままだったのだろうと思います。
そんな記憶があるので、中学生の子が難しいと感じる気持ちや、因数分解とは、平方根とは何ぞやということをきちんと理解することの重要性などが自分のことのように感じられます。

公式を覚えるよりなにより、自分が何を学んでいるのか、それはどうすれば解けるのか、大本の部分をしっかり考え、自分のものにすることが優先されるべきことなのではないかなと思います。

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2019年5月19日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2019年5月18日 (土)

意味不明の現象…。

自作の教材はずっとWordとExcelを駆使(?)して、悪戦苦闘しながら作ってきましたが、これまでは明朝に比べるととっつきやすい印象だったのでゴシック体をメインに使っていました。
それが少し前に新しいフォントが使えるようになっているということに気づき、その中にユニバーサルデザイン教科書体(UD教科書体)というものがあることを知りました。

そのフォントだと、読むのが苦手、読めないという発達障害がある人でも読める場合があるということを知り、更には「教科書体」ですから、願ったりかなったりではないですか!と、先日から喜んでそのフォントで教材の続きを作っていました。

しかし、さて、続きを作りましょうとファイルを開くと、改ページ位置がめちゃくちゃで、途中白紙のページまであり、教室と自宅で作業をするので、教室のは何か手違いで保存し間違えたのかな?と、諦めて帰宅。自宅でファイルを開いたところ、教室のものと全く同じ状態でした。

ですが、この数日で私が何かしたことはなく、更には教室だけでも自宅だけでもない、更にいえば、私は機械に疎いのでクラウドを使っているわけでもなく、常にパソコンを同期しているわけでもありませんから、考えられることはひとつだけ…。数日前にあったパソコンのOSの更新の影響ではないかと…。

しかし、あれこれ検索しても障害情報には行きつかず、解決もせず、サポートに問合せをしようと思ってもその問合せ先自体どこなのか自信がなく、そればかりにかかってもおられずで、未だ未解決です…。
機械がに強い人であれば作り直すのでもそんなに大変ではないのかもしれませんが、私にとっては結構ツライ…。

こういうことが起きるたび、Macを使っている友人たちには乗換を勧められるものの、また今から新たに違うOSに慣れるにはどれだけの時間がかかるのかわからず…。困りました…。

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2019年5月17日 (金)

「簡単!簡単!」

子ども達とレッスンをしていると、感覚としては男の子の方が多いように思いますが、既に知っていることや自分にとって簡単な問題が出てきたときに、やたらと「あ、これ簡単!」とか「簡単!簡単!」とか、何度も何度も繰り返す子がいます。

もちろん、教室ではその子にとって適度に考える必要がある、簡単とはいえない問題に取り組んでもらうことを心がけていますので、その言葉を連呼できるのはほとんどが通ってくれ始めて日が浅い子達ではあるのですが、それでも、それを言う子と言わない子がいて、中でもやたらと大きな声で繰り返しいうタイプの子はちょっと気になります。

その昔、私が教室を始める際にお世話になった先生が言っておられたのですが、自分でしっかり考えて学んでいる子たちにとって、できることを自慢するとか、できない人を馬鹿にするとかいうことはする必要がないそうです。
そのときは、塾講師を辞めた直後だったので、その言葉が今ひとつ実感できず、子どもというものは人より先にできれば自慢したくなりがちなものではないのかなと思ったりもしました。ですが、それは自ら学び取った学習に関しては確かに抱きづらい感情なのかもしれないと、子ども達とのレッスンを通して感じるようになりました。

もちろん、性格の差などもありますので一概にはいませんが、例えば、幼稚園の子が掛け算ができたら自慢するかもしれませんが、3年生が掛け算ができても自慢する子はまずいないでしょう。別の喩えでは、運動が苦手な子が何日も何日も練習してようやく逆上がりができるようになったような場合、自分の努力を自慢することはあるかもしれません。ただ、自分の努力を自慢する場合、ほかの子を馬鹿にするような感情は抱かないでしょう。

つまり、自分にとってふさわしい問題をしっかり考えてクリアした場合、それは特別なことではないので自慢するまでのこともありませんし、自分にとってはとても難しい問題を粘り強く考えて解き切った場合、その達成感や満足感などの快感で、普通はほかの子を馬鹿にするようなネガティブな感情を抱くことはないのだろうと思います。

これも例外はあるのかもしれませんが、指導者側が説明し、それを覚えて演習を繰り返すような勉強をしている子達は、その勉強自体を楽しいと感じづらいため、テストでいい点を取ったら何かご褒美がもらえるとか、テストの点数が悪ければ何か罰が与えられるなど、学習以外のところで賞罰が必要になったりしがちです。

しかし、これは私自身も感じますが、誰かに教えられたわけではなく、自分で考えて気づき、問題が解けたような場合、そのこと自体が脳のご褒美なのだと思います。

ですので、新人さんで「簡単!」と言いたがる子達のことは、注意深く見ていかなくてはと思っています。

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2019年5月16日 (木)

打ってかわって

先週、宿題をしなかったことに対して思いがけない反応を見せた子が、今週は元気に挨拶をして入ってきてくれたかと思えば、自ら宿題のファイルを取り出し、「途中までのもある」と言って渡してくれました。
確かに1枚だけ途中までではあったものの、他はきちんとやってあり、今日はレッスンでも終始一所懸命。時々は笑い声が出たりするぐらい楽しそうに取り組んでくれました。
ニコニコしているからというのもあるのか、普段のその子からすると相当よくできて、びっくりしたほどです。
がんばったらできた、楽しかったと感じてくれていたらいいなと思いますし、それを積み重ねていけたら、きっと算数が好きになってくれるのではないかなと思います。

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2019年5月15日 (水)

えらいな、中学生。

うちの教室は算数・数学と国語に限った教室であることなどもあり、中学生は限られているのですが、水曜のラストのレッスンは中学生が2人来ます。学校も学年も違うものの、中間試験1週間前になり、試験範囲のおさらいや学校の問題集の不安なところなどをそれぞれにすることになりました。
元々普段もがんばる子達ではあるのですが、今日は時間になっても全く終わろうとせず、「ここまでは絶対やる」とか「もうちょっとやりたい」とかそれぞれに言うのを見て、自分の中学時代はこんなにがんばってなかった気がするなぁと(塾などには行っていませんでしたが…)感心しました。
そのがんばりが試験に反映されるといいなと思います。

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