2024年2月22日 (木)

静かな時間

今日の年長さんとのレッスンでのこと。
その子は、下に幼い兄弟が2人いることもあって、ひとりでじっくりゆっくりできる時間を持たせてあげたいということで来てくれるようになったので、特に数に興味があるとかではなく、おうちの方も小学校や中学校の受験を考えておられるわけでもないので、その子が嫌にならないよう、様子を見ながら、ややゆっくりペースで進んできました。
それでも幼い子の成長は速く、数に関しても思っていた以上にできるようになっています。

最近は20までのたし算をひと通りし終えて、そろそろ20までの引き算に移るところなのですが、色々なたし算のプリントを考えてもらっていた時、焦ることもなく、指を折って数えることもなく、ただ静かに止まっているような時間がありました。
ありがたいことにその子は、わからないときには素直にわからないと言ってくれるので、黙っているのであれば考えているのだろうと、表情を見ながら待っていると、やはりしばらくするとおもむろに答えを書き、マルをもらったらまたしばらく静かに黙っている時間が訪れてという繰り返しになりました。

その子はここで初めてたし算や引き算を一緒にしたので、速くしなくてはという意識はないと思いますし、分からなければ数えなさいなどと言われることもないので、積み木や玉を見ながら、その後はそれを思い浮かべながら、そうやって考えるのが当たり前なのだと思います。
今は時間がかかっていても、数を思い浮かべられ、それを頭の中で動かせるのであれば、今のところ全く心配はありません。
春には小学生になりますが、このまま、自然体で算数に向き合い続けてもらえることを願っています。

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2024年2月21日 (水)

嬉しい再会

小さい頃から通ってくれる子の多くは中学受験を考えているご家庭のお子さんなので、ほとんどの場合3年生や4年生まででお別れのときが来ます。その後、受験塾でがんばって、無事志望校に合格したら、その頃にはもうここの教室のことは遠い記憶になっている子も少なくないはずですが、ありがたいことに、時々、合格報告をしてくださる方がいたりします。
そして、稀に中学校からまた数学をと言ってくださることがあります。

塾や予備校に通ったことのない身としては、小学生のうちから3年間前後、受験塾でかなりハードな勉強をして、無事合格したのであれば、しばらくはのんびりしたいと思うのではと思ってしまうのですが、小さい頃から塾や教室に通っていた子にとっては、通うことが当たり前という感覚の子もいるのかもしれませんね。

というわけで、無事受験が済んだ、3年前にお別れした6年生さんが中学生に向けて体験レッスンに来てくれました。
元々算数のセンスは結構いい子だったこともあり、初めての正負の数なども、結構ひょいひょい解いてしまって、受験の勉強をしたであろうに、センスはキープしたままのようで安心しました。

私が算数・数学とせいぜい国語しか見られないので、中学生になってもご縁を頂けるというのは本当にありがたいことです。
年度末が近づき、お別れする子もちらほら出てきているだけに、今日の体験レッスンは懐かしさはもちろん、嬉しさいっぱいでさせてもらえました。

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2024年2月20日 (火)

伝わるまで何度でも

前回のレッスンで2桁同士の掛け算の2段目を書く位置がずれていなくて(一の位で揃えて書いていて)、あり得ない答えを平気で書いた1年生さん。その子はうちに来てくれる以前にそろばんや反復計算の教室などで四則計算は全て習っていて、計算の仕方は知っているものの、数の感覚は伴っていないと、これまで何度も感じています。
先取りでかなり先まで進んでいることはすごいことだと思いますし、それができるということは、それなりに恵まれた能力を持っているということなのだと思うのですが、だからこそ、桁が違うあり得ない答えを書いてもぴんと来ないのであれば、それは自分に役に立つ力にはなっていないよという話をこれまで何度もしています。

自分が何をしているかわからないのに先取りをする価値はほぼないと思っていますので、そのことは何度も何度も言うしかないと思っていますが、今回のレッスンでも概算と正確な計算の答えが、概算で500、正確な答えは46になりました。もちろん、概算が間違っていて(4000÷80=500と書いていて、普段0のつけ間違いも結構よくあるので)、本人が気づくのを待とうと様子を見ていました。
すると、そのまま次に進もうとしたので、概算で500を正確に計算したら46って、そんなことある?80人で分けたら500ずつなのに、77人で分けたら46ずつになる?と尋ねても、やはりピンとこないようでした。

そして、待っていると、筆算をして46と計算が残っている答えを、おもむろに460に書き直したのです。
流石にびっくりしてしまいましたが、その筆算のどこが間違えているのか教えて?と言ってもだんまり。
何がショックだったかといえば、自分できちんと分からないのであれば、それは役に立たないし、学年よりずっと先に進んだことをしているのだから、よくわからないまま進める必要はないという話をもうこれまで何度も何度も伝え続けているというのに、500がおかしいということにも気づかないばかりか、500に近づけるために全く説明のつかない答えに変えてしまうという行動です。
まだ伝わっていないんだなと悲しくなりましたが、恐らく私がご縁を頂くずっと前のかなり幼い頃から、分からないのに繰り返し繰り返し練習して覚えるということを繰り返してきていたのだろうと思いますので、低学年でも思ったより時間がかかるのかもしれません。

その子はただ一所懸命がんばってきたのであって、悪いわけではないだけに、本当に気の毒になってしまいます…。

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2024年2月19日 (月)

オフ

ここ1年近く、親の老いを実感する出来事が増えてきました。
人は誰しも歳を取るものですし、永遠に生きられるわけでもありませんが、伴侶や子どもがいない身としては、親と過ごせる日々ができるだけ長くあってほしいと思います。

明日からまた1週間、どうぞよろしくお願いいたします。

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2024年2月18日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2024年2月17日 (土)

分かった瞬間

今日のレッスンではいろんな子の「分かった瞬間」を見ることができました。
ひとりの子は、2桁-2桁の繰り下がりの計算を今日初めて一緒にしたところ、積み木の教具を使って、並べてもらったり、のけてもらったりしているのに、なぜかおかしなことをして、何度声掛けしてもぴんと来ない様子。
これまでに20までの引き算などでも繰り下がりになるときには、のけられるものをのけた後、あといくつ取るかということはしてきていたので、どうして分からないのか私も判断がつきませんでした。(もちろん、そこに来るまでに、何度も積み木の教具を使いながら、100までの足し算全般、繰り下がりのない引き算などもしてきていたので。)

52から24を取るのに、まず上から22をのけて、あと2取ればいいと答えられているのに、なぜか10の棒をのけてしまう。それは2なの?と尋ねると、違うと答える。あといくつ取ればいいのか隠してみて(そういうことはしたことがあるので)といっても伝わらない。どこで分かっていないのか判断がつかなかったので、10の棒のうち1本を1の積み木10個に置き換え、実際にあと2取れる状態に変えてみたところ、ただそれだけで22をのけた後、更に2を取ることができました。

同じようなことを何度か繰り返したら、何となくどうすればいいのか分かった様子で、絵の描かれたプリントに進み、そこでも初めは少し苦戦していたものの、3問目、4問目と少しずつスムーズになり、プリントを終える頃には恐らくほぼ分かったんだろうなという状態になりました。
実際に触れるものでも、つながった状態の10の棒とバラバラの10個はその子にとっては別物だったのだなと、また新たな気づきをもらいました。

生まれつき困難を持ちながらがんばっている子は、数の並び方からきまりを見つけて、空いているところに数を書き入れる問題で、同じ数ずつ増えたり減ったりしているものや、増え方が1つずつ増えているようなものはかなり考えられるようになったものの、2倍ずつになっているとか、3倍ずつになっているとかの問題は、これまで何度出てきてもぴんと来ない様子でした。
今日の課題の中にも1問、3、6、12、24、□、96となっているものがあって、間違えていたので、やはり難しいのかなと思いつつ、「3が6、6が12、12が24になってるよ?」と言ってみたところ、24×2をして48と答えてくれました。
うわぁ、分かってくれた!!と内心かなり嬉しかったのですが、あまり大袈裟に褒めるのもおかしいかなと、「うん、そう!」と笑顔で答えるだけに留めました。

前回から、時間計算をしている1年生さんは、前回もまだもう一息な感じで、元々、何時何分から何時何分までは何時間何分というものは決して簡単とは言えませんから、まだ1年生だし、少しずつでいいかなとも思っていました。
ですが、今日のレッスンでちょっと声掛けしながら進めたところ、ある瞬間に線がつながったらしく、かなり確実に正解できるようになりました。本人も嬉しかったのか、レッスン終わりにおうちの方に報告していました。

今日はなかなか実り多い、幸せな1日でした。
来週もどうぞよろしくお願いいたします。

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2024年2月16日 (金)

教えないことの醍醐味

これまでにも何度も、教えないからこそ、子どもが自分にはなかった発想をして驚かされることがありました。
学生時代に家庭教師のアルバイトをしていた時や、その後、塾講師をしていた時などは、まずこちらが説明するところから始まることがほとんどだったので、説明のベースになるのはこれまで自分が習ったこと、経験したことになってしまいますから、教科書などに出てくることもなく、先生から教わることもなかったことは、気づかぬまま通り過ぎていることも少なくありません。

つい先日も、これまで自分どころかどの子も辿り着かなかった(もしくは、きっかけがあれば辿り着いていたかもしれないのに、私の頭の中にない発想だったので、それ以外のものが出てきたらそれでマルを付けて完了していた)答えを見せてくれた子がいました。

正三角形や二等辺三角形など、色々な三角形を組み合わせてできる四角形を考えるというものだったのですが、同じ直角三角形2つを組み合わせてできる四角形は、長方形、平行四辺形、凧形(小学生だと名前のない四角形の扱いで可)。これまでその3つのイメージしか浮かんでおらず、子ども達もそれ以外のものを見せてくれたことはなかったと思うのです。

しかし、その問題で悩んでいた子に直角三角形のプレートを2つ渡して、実際にあれこれ作って考えてみてもらったところ、ちょっとバランスの悪いブーメランのような形を作ったのです。
自分の経験上、同じ長さの辺をくっつけなくては四角形はできないと思ってしまっていたのですが、どちらも直角を持っているので、長さが違うところでも、直角が合わさって180度になるように使えば、辺の数が増えず四角形になるんですね!

大学などで数学を学んだようなバリバリの方にとってはもしかしたら当たり前のことなのかもしれませんが(もしかしたら、どういう形は作れるけれど、どういう形は作れないなどの証明とかもあるのかもしれませんし)、空間認知能力は持って生まれなかった身で、理系には進めなかった私にはそれを作った子に心から「すごいね!」と言えました。何度も褒めて、感心したので、その子も嬉しそうで、そのほかの問題ももっと何かできるのではないかと一所懸命考えてくれました。

その子はどうかわかりませんが、そんな風に、教えられたわけではない上に、大人が気づいていないことに気づいて称賛されるという経験は、算数がより好きになるきっかけになるのではないかと思います。そういう意味でも、説明から始めないということはとても大事なことではないでしょうか。

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2024年2月15日 (木)

心配だけど安心

算数がすっかり苦手になって、高学年になってから来てくれた子は、コツコツがんばってくれて、初めの頃と比べると大きく変わってくれました。
算数のセンスにはあまり恵まれてはいないのかもしれませんが、問題に向き合いながら笑顔が見られることも増え、少なくとも、初めの頃のようなおどおどした表情、不安な表情を見せることはなくなりました。

ただ、恐らく学習全般にあまり得意ではないらしく、学校などでは覚えるように言われたであろう公式なども忘れがちですし、今回のレッスンでは百分率で1%が0.01と同じということを忘れていて、思い出してもらうためにあれこれ声掛けをしたり、ヒントを紙に書いたりもしたのですがダメ…。
その代わり、50%は全体の半分ということは分かっているし、48kgの65%を求めるのに(もちろん、48×0.65をすれば済むのですが)、65%を小数や分数に直せなくなっていたので、試しに48㎏の10%を尋ねると少し考えて4.8㎏と答え、線分図を描いて全体を48㎏とした後で、65%がどのあたりか尋ねると、ちゃんとそのぐらいの場所を示せたので「%を小数には直せないけど、それが分かるなら解けるよ」と言って待っていると、恐らく10%の6倍と10%の半分という考え方で答えは出せました。

当然、小数や分数に直せないことは困りますし、解き方も覚えていた方が便利なのは間違いありませんが、算数が苦手だった子が、きちんと量をイメージでき、図に表すこともできる上、工夫して答えを出せるようになったことは本当に素敵なことだと思うのです。この状態であれば、少なくとも算数を嫌いになることはないはずですので。

覚えるべきことをボロボロ忘れてしまいがちなことは心配ですが、しっかり考えられるようになっていることは本当に安心します。

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2024年2月14日 (水)

きっかけ

子ども達が考えているときに、困っていそうだなと思えば、助けすぎない程度にうまく気づくきっかけを与えられたらということは常に考えていますが、子どもがみんなそれぞれ異なる上、日によってコンディションも違うので、なかなか思った通りには行かないことも少なくありません。
ただ、子どもが考えている邪魔だけはしたくないので、できる限り気を配っていこうと思います。

常々思っていることのひとつに、その子にとってちょうどよい難しさのものを少しでも多く提示できたら、それが何より子ども達の力を伸ばし、やる気も続くのではないかということがあります。

それは子どもに限ったことではなく、最近自分でもまた実感したのですが、つい数か月前まで私は攻略本を見てさえも、ルービックキューブを6面揃えることができませんでした。苦手意識があることもあり、書かれている通りにしているつもりなのに、どうにもうまくいかず、ルービックキューブができないと困ることがあるわけでもないので、結局自分にはできないのだと諦めていました。

ただ、教室には普通のものと4×4の小さいものが置いてあるので、子ども達が遊んだりして、どうやったら揃えられるのか尋ねられることもありました。1面しかできないのよと答えてはいたのですが、ある時、せめて小さい方は攻略本を見たら何とかならないだろうかと思い立ち、ちょっと気合いを入れて読んでみたところ、ある個所でずっと持ち方を間違えていたことが分かりました。その結果、すんなりとはいかなかったものの、初めて揃えることができました。

すると、もしかしたら普通のものもできるかもという気が湧いてきて、本を見ながら再チャレンジ。やはりすんなりとはいかなかったものの、何度かチャレンジするうち、とうとう揃えることができました。

それでも、初めはまだきちんと理解していないところがあり、分からないなりに繰り返していたらいつか揃うというような状態だったのですが、そのうち、キューブの見方の意味が分かってきて、初めて揃えられた時よりは偶然の要素が減り、攻略本に書かれていることをかなりきちんと理解できるようになりました。

私の場合、4×4の方をやってみようと思えたことがまずきっかけになり、それが揃えられたので、普通のものにも挑む気になり、どちらも何とか試行錯誤すれば揃えられる自信が持ててきたので、更にしっかり理解してみようという気持ちが湧いてきたという流れなので、4×4のものを置いていなければ、きっと未だに揃えられないままだっただろうと思います。

そんな風に、これならちょっとやってみようかな、これなら考えられるかもという、ちょうどの難易度を見つけられたら、もっともっと子ども達が力を伸ばし続けてくれるのではないかなと思います。

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2024年2月13日 (火)

気づく子、気づかない子

教室のレッスンで主に使っているプリントは自作しているのですが、説明は極力せずにいかに気づいてもらうかということを意識して作っているものなので、ほとんどの場合、まずはプリントを渡して、読めないところがあったり、読んで考えても分からなければ言ってくれるように伝えてスタートします。(プリントの前段階で教具などを見せることが必要であれば見せてからですが。)

もちろん、そう伝えても、時々表情などを見て、分かってなさそうであればフォローするのですが、これなら子ども自身が気づいてくれるのではないかなと知恵を絞って作ったものがうまくいったときは、やはりちょっと嬉しくなったりします。

今日のレッスンで色々な図形の面積の学習を始めた子がいました。その子は元々算数のセンスがかなりある子なので、習ったことがあるわけではないらしいのに、次々にクリアしていきます。
もちろん、私としては面積の公式を覚えさせることはしない(解けるようになった後で一応触れますが、覚えなさいとは言いません。)ので、子ども達がそれぞれどんな風に考えたら解けるか気づいてもらえるようにあれこれ考えたのですが、そのうちのひとつ、ひし形は「対角線×対角線÷2」で求められるということを教えなくても、どう解けばいいか気づいてもらえるかもということで設定した問題があります。
1辺の長さは分からず、対角線の長さは分かっている正方形の図を与えて、その面積をどうすれば求められるか考えてもらうというものなのですが、今日の子はほんの少し考えた後、あっさり動き出し、6㎝の対角線÷2をしてから、3×3をした後、9×2という流れで解いていました。
直角二等辺三角形を2つくっつけて1辺が3㎝の正方形を2つにするということです。

子どもによっては正方形2つではなく、3㎝×6㎝の長方形をイメージする子もいますし、考えられていればもちろんまずは何でもOKです。

そして、この場合、気づいて解けるのはもちろん喜ばしいことですが、気づかない子ももちろんいます。そんな子には、直角二等辺三角形のプレートを4枚出して、それで図のような正方形を作ってもらって、動かしてもいいよと言って更に考えてもらうこともあります。

それでも気づかない場合はプレートを私が動かして長方形にして見せたりすることもありますが、とにかく、ただ公式に当てはめるということはさせません。

何も言わなくても気づく子はそれでいいですし、気づかない子の場合は、仮に学校で公式を覚えるように言われても、どの場合は2で割るのかとかがごちゃごちゃになりがちですから、尚更、まず自分で考えてみることが大事なのではないかと思います。(考えて分からなければ、どうやったら解けるのか真剣に聞こう、覚えようという気持ちが多少は高まると思いますので。)

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