2020年11月22日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2020年11月21日 (土)

今週も無事終了

新型コロナの感染者が日に日に増えているのは不安ですが、どうやらマスクを外しての会食などの場面での感染が多いようだとの話もありますので、マスクを外さない状態であれば、ある程度は安心できるのかもしれませんね。

ほとんどの子ども達もこんなに長い間、学校でもどこでもマスクをしていなければならない状態で過ごしたことはないでしょうから、気の毒ではありますが、この冬はその分、風邪やインフルエンザの心配は減るのかなと。
小さい子達にもマスクをさせるのは心苦しいものはありますが、万が一のことを考えて、何卒ご理解、ご協力のほど改めてお願い申し上げます。

今月も気づけばあっという間に下旬となりましたが、今日は概ねみんな調子がよかった気がします。ひとり、来る途中で眠くなってしまったとのことで、大泣きして現れた子がいましたが、泣き止むとその後はいつも通りに取り組んでくれていて、それはそれでびっくりしました。

別の、成長が少しゆっくりな子は、学校でもかけ算の学習をしていて、九九は暗記しているようなのですが、例えば4×6でも、「しいちがし、しにがはち…」と、必ず1から順に唱えて答えを出していて、ここに来てくれたときの数の理解度などから考えると、順に唱えてでも答えが出るのであれば、それはひとまずよしとするつもりではあったものの、ためしに「それ、1から順に言わなくても、『しろく』でぱっというのは難しい?」と尋ねてみたところ、その後、4×7や4×8はその九九だけを言って答えを書くことができたので、それもまたひとつステップアップしたのを感じて嬉しくなりました。

来週もどうぞよろしくお願い致します。

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2020年11月20日 (金)

やめるタイミング

先日から、どうやら算数が大好きらしい年中さんとのレッスンが始まりました。
年中さんとは思えない利発さのある子で、その上算数は楽しいらしく、ほぼずっとニコニコしながら問題に取り組んでくれています。
もちろん、まだ年中さんですので、プリントばかりするわけではなく、色を塗ったり、ハサミを使ったり、積み木を並べたり、色々なことをするのですが、何をしてもほとんどスラスラできてしまうことに驚かされています。

今日は8つの積み木を使って、基本の立方体の形から、積み木を1~3個動かして、別の形にするというものをしてもらったところ、初めのうちは見た瞬間どこを動かすかぱっと分かって、逆から見ている私の方が確認に時間がかかるほどでした。ただただすごいなぁと思っていたのですが、3個動かす問題の2つ目で初めてちょっと悩んだようでした。
そもそも、そんなペースで次々にやってしまうとは思っていなかったので、そこは無理をさせる必要はないなと思い、「よくできたから、続きはまたにする?」と尋ねたところ、素直にうなずいたので、それはそこまでにしました。

子ども達は楽しいともっともっとと次々にしたがりますが、スラスラできる子は特に、できない、難しいと感じることに戸惑ったり、悲しくなったりすることが少なくないので、やめるタイミング、切り上げるタイミングというのは大事だと思っています。
その子に「またにする?」と尋ねて、「ううん、今やる」と言えば、そのまま考えてもらうつもりでしたが、素直におしまいにすると意志表示をしてくれたので、なんとか、スラスラできて楽しかったという気持ちで終えてもらえたのではないかと思います。

もちろん、学年が上がってきたり、時と場合によっては、難しい、やりたくないと思ったものでも、なんとかがんばらなくてはならないことも出てくるかと思いますが、今はまだ学ぶことは楽しい、知らなかったことを知るのは楽しいという気持ちを持ち続けてもらえることの方がずっと大事なのではないかと思っています。

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2020年11月19日 (木)

試行錯誤の時間

小さい頃から来てくれている子達にとっては、算数は考えるのが当たり前という感覚でいてくれる子が多く、説明されるのを待っているような子はいないのですが、そうやって小さい頃から学んでいる、中でも算数が得意な子達であっても、問題の内容が難しくなってくると、私の予想より随分ペースが下がることがあります。

普段の様子を見ていると、このぐらいはできるのではと用意していたものがその半分も進まないようなときに、この子でもこれだけ時間がかかるのかと気づかされると同時に、どうすれば解けるか気づくまでに得意な子でもそれだけ時間がかかるものを、学校や塾などで先生が説明をして、とりあえず問題を解けるようにしたとしても、定着度はかなり低いのだろうなとも思います。

今日のレッスンでは、ある子が公約数の利用の問題で、27を割ると3余り、40を割ると4余る最も小さい数を求めようとして、初めは全く閃かない様子で1から順に試して考えようとしたので、少し待ってみたものの、「1は違う、2も違うな、3は…」と続いていき、そうかと思えば突然とちゅうが飛んで先まで行っていたりもしたため、「初めに27個用意したら3個余って、40個用意しても4個余るのだから、いくつずつ用意していれば余らないか分かる?」と尋ね、24と36という数に気づいてもらいました。

すると、それぞれの約数を考えて、公約数を見つけたものの、今度は書き出した「1、2、3、4、6、12」を1の方から順に確かめ始め、1も2も3も4もダメだったことで、公約数じゃないのかなと思ったらしく、24と36のそれぞれの約数のうち、公約数ではないものについて考え始めました。

それも少し様子を見ていたものの、当然問題に合うものはありません。困って、次は倍数を考えようとしたので、「24や36を48とかで割れる?」と声掛けをし、「ところで、さっき違うと思って消したみたいだけど、12で割ったらどうなるの?」と尋ね、確かめてもらうと「あ、いける!」と。「じゃあ6は?」というと「あ、これもいける!」そこで、「でも、4とかほかはダメだったんでしょ?」というと、「あ!そうか。あまりが3とか4とかだから、1から4はあかんのか!」とようやく気づいてくれました。

その後はその考え方を使うような問題をスイスイ解いていましたが、普通の塾などではたった1問にここまで試行錯誤はさせないでしょうし、やり方を説明されて、その場では「ああ、そうか」と思って解いて通り過ぎていくのだろうと思います。

これだけ試行錯誤をしても忘れるものは忘れますから、それすらしなければ、更に記憶には残りづらいだろうと思います。
ただ、受験塾などでバリバリ問題をこなさなければならなくなってから、そこまでじっくり問題に向き合う時間的余裕はなかなかなくなるでしょうから、尚更、低学年のうちにじっくり時間をかけること、試行錯誤することが大事になってくるように思います。

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2020年11月18日 (水)

意識が向くかどうか

今日のあるレッスンで、ある子がしてきた宿題を見ていたときに、びっくりするような答えが目に留まりました。1歩の歩幅が0.6mで、90m歩くのには何歩歩くかという問題の答えに「1.5歩」と書かれていたのです。

その子は小さい頃からがんばってくれているのですが、できるようになったことも少し時間が経つとすっかり抜けてしまうことも少なくなくて、今回は、小数の割り算で割る数を10倍したら割られる数も10倍するはずが、なぜか記憶が書き換えられて、割る数を10倍したら割られる数は10分の1になると思っていたようで、その答えが出てきたみたいでした。

もちろん、私は機械的に小数点を動かすようには教えないのですが、色々数字を変えて尋ねてみながら、思い出してくれないかなと思ったものの、「あ!」という反応はないまま、いくつか例に出した式の答えを考えながら、改めて、同じように点を動かすのだと気づき直した様子でした。

それはそうと、もう高学年なので、90mという長さはまあまあ長いことは分かっているはずで、私が「90mを2歩もかからずに歩けるって、そんな人おらんでしょ?巨人やん、巨人!」というとケラケラ笑いました。笑っているその子を見ると、言っていることは通じているようで、指摘されたら、自分の答えのおかしさには気づいたのですが、本当ならその答えを書く時点で90mを1.5歩って、そんなはずはないなと気づく必要があるはずです。

算数が本当の意味で得意な子たちを見ていると、例えば、90mという文字を見たら、体育での50m走や100m走の経験から、ああ、あのぐらいの長さだなとイメージし、自分の歩幅や60cmという長さもイメージして、1歩1mでも90歩だなとか、そういうことが自然と浮かぶ気がします。
イメージできるかどうかは持って生まれたものもあると思いますが、小さい頃から何かを空想したり、色々な経験をしたりして、イメージできるものを増やすことで広げていけるようにも思います。

90mに1.5歩と答えてしまう子は、数量感覚が乏しいか、算数に興味が薄いか、嫌々宿題をやったか、色々考えられますが、問題を解いているときにそこに意識が向くかどうかで正解率が変わることは結構あるのだろうなと思います。

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2020年11月17日 (火)

覚えるべきことかどうか

自分が学校に通っていた頃は、算数、数学という教科は、習ったことを覚え、公式なども覚えて、それを使って解く教科という認識に近かったように思います。問題が解けることと、どうしてそれを使えば解けるのかというのは別物で、特に高校数学では、授業の進度についていくのに精一杯となり、じっくり考えている余裕などなかったため、本当にほとんど丸覚えで、意味は分からないものの、答えは何とか出せるというような状態だった気がします。

そんな勉強には当然限界が来て、その限界が私にとっては今でいう数Ⅲとかだったわけですが、もし、小さい頃から意味を考えて学んでいたら、どこまで行けただろうなと思ったりすることもあります。
個人的には、自分には持って生まれた空間認知などの能力はないので、数学を極めるにはどこかで限界が来ていただろうとは思いますが、それでも、限界を感じるタイミングがもう少し先に延びていたかもしれないなとも思います。

最近、私立中の3年生とずっと数Ⅰ・数Aをしているのですが、昔、暗記したことはきれいさっぱり忘れていることがほとんどで、最近は覚えようとしてもすぐに忘れてしまうため、どんな問題もまずは何も覚えず、公式なども見ずに、解けるかどうか考えてみるようになりました。
ですが、中3の子は中学受験も経験し、中学生になってからここに来てくれたこともあって、覚えて解くという勉強からなかなか抜け出し切れずにいて、期末の範囲が方べきの定理のあたりからになりそうだけど、忘れてしまったからもう一度やりたいと言ってきました。

そう言われても、方べきの定理って、何かあったなぁというぐらいしか覚えていない私は、問題を見て、覚えていない理由に気づきました。それは、覚えなくても問題を解くことができたからで、その際使った知識は小中学校で習ったことでした。
もちろん、公式などの類は覚えられるなら覚えた方が、特に試験などの際には時間短縮ができるので便利なのは間違いありません。ただ、忘れてしまったり、うろ覚えで符号や計算の順などを間違ってしまえばどうしようもありません。

ですから、私はその子に、覚えられるなら覚えたらいいけど、忘れても解けるよという言い方をするようにしています。そして、覚えていなくても解けるということをその子にも感じてもらったところ、「ああ、こっち使うわ」とのこと。

そもそも、ほとんどの人は覚えたものは忘れてしまうものですから、忘れるかもしれないということを前提に、これは覚える必要があるかどうか(言葉の意味や計算のルールなどは覚えるしかありませんので。)考え、覚えることを極力減らしていくことも大事なのではないかと思っています。

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2020年11月16日 (月)

懐かしい再会

今日は低学年の頃の一時期一緒にレッスンをしていたお子さんとおうちの方が来てくれました。
うちの教室はほとんどが小さい頃に来てくれて、その後中学受験のために転塾されてお別れしたり、小6まで来てくれてお別れしたりという感じで、一時期一緒にレッスンしていた子がまた戻ってきてくれるという機会は滅多にありません。(中学受験を終えてから、また戻ってきてくれたという子が数えるほどいたでしょうか。)

今日来てくれた親子さんはその頃、印象に強く残るご事情があったので、お別れした後もどうされているかなと思っていたところ、ひょっこりメールを頂き、今回、イレギュラーでごく短期間、またレッスンをさせてもらえることになりました。
恐らく6年ぶりに会うその子は、もうすっかり大きくなって、面影はあるもののすっかりお姉さんになっており、その頃はあまりおしゃべりしなかったのに、色々と自分の考えや希望を話してくれて、すごいなぁ、成長してるなぁと感激しました。

 

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2020年11月15日 (日)

オフ

今日は更新お休みします。

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2020年11月14日 (土)

子どもにとっての難しさ

子どもの能力はみんな違っているというのはいつも書いていますが、それとは別に、一部の飛び抜けて感覚が優れている子は別として、子ども達にとって、簡単に感じる範囲は成長に伴って広がっていくものなのだろうとも感じています。

かつて教室を始めるきっかけを頂いた先生は、学校ではまず10までの足す、引くをして、終わったと思ったのに、学年が上がると100までの足す、引くが、その先にまた大きな数の足す、引くが…と、やった、できた!と思ったのに、また出てきた、また出てきたとなって、段々やる気をなくしていくので、足し算・引き算であれば一気に10000ぐらいまで(もちろん順番にですが)、掛け算も九九の範囲から一気に2桁×2桁や筆算まで、まとめて学習させるとおっしゃっていて、私も初めはそうしていたのですが、それでも十分やっていける子はごく僅かで、大半の子はまだ低学年のうちに100を超える数をイメージして操作するというのはかなり負担が大きく、時にはかえって嫌になってしまうこともあるように感じるようになって、教材の順を入れ替えたり、自作の教材になってからはそれをもっと思い切って変えたりしてきました。

九九を暗記すれば、かけ算の意味すら理解していなかったとしても、答えを出すことはできるようになります。
それを同様に、2桁×2桁のかけ算の筆算は、テクニックとして、どことどこの数をかけてそれをここに書き、次にどことどこの数をかけて…と「書き方」を教えてしまえば、九九を暗記している子であれば、それなりに答えを出すことはできるようになります。

ですが、過去にそろばんでかなり先まで学習が済んでいるという低学年の子が、2桁×2桁の筆算の、2段目の答えの書く場所を間違えて、全くあり得ない答えを書いて、「答えがそんなに少ないはずないよね?」といっても、全く通じなかったことがあり、その子以外にも、計算の仕方は覚えているのである程度できるものの、自分が何の計算をしているのか、そこに書いている数は何を表しているのかは全くわかっていないという子はいました。

つまり、ほかの塾や教室、学校では、テクニックとして教えて覚えさせ、正解できたらそれでよしとしてしまうことがあるということで、それは危険なことだと思っています。イメージできない数の計算を、前倒しして、意味も理解させずにやらせる必要はないのではないかと思うのです。
前倒しするのであれば、意味を理解させる。意味が理解できない段階では無理はさせない。それはきっと大切で、子ども達が算数を嫌いにならないためにも必要なことなのではないかと思います。

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2020年11月13日 (金)

結局はイメージできるかどうかなんだろう

算数や数学をしていると、自分自身についても、子どもたちを見ていても、問題が解けるか解けないかは、その問題が言っていることをイメージできるかどうかによるところがとても大きいんだろうなと感じています。

例えば、何度も書いていますが、私は空間認知の能力に関しては「持って生まれたもの」が乏しいので、サイコロの展開図や立体の切断など、実際に見たことがあるもの、経験したことがあるものでなければ、そもそも問題を考えることすらできないという状態になることがあります。
解答解説を読んで、解き方を理解することはできるかもしれませんが、その場合、本当の意味で自分で理解はできていないので、その後同じような問題を解くことができたとしても、解法を暗記するに近い状態で解いているだけです。それを避けるには、私の場合、実際に何かものを使って問題にかかれている立体などを作り、見て確かめる必要があります。

つまり、問題によっては、問題文がいくら読めても、イメージできないことは解くことができないということが起こる場合がありますが、逆に、初見の問題であっても書かれていることを読んで、何を言っているのかイメージできれば、問題を解くことができる可能性も高いように感じます。

算数や数学が苦手な子達は、絵や図などに表すことにも苦労することがあるので、積極的に書かせることで、段々と解ける範囲が広がっていく気がします。今日のレッスンで、多分まだ文字という抽象概念が扱いづらいんだろうなと感じる中1さんが、方程式の利用の立式で悩んでいました。問題を読んでじっと動かないので、文字ではなく比較的簡単な数字に置き換えた問題で尋ねてみると考えられました。速さが関係する問題では、向かい合って出発する状態の絵を簡単に描いて見せ、それを見て考えてもらったところ、先ほどまでは完全にストップしていた思考がゆっくりとではあるものの動き出したのが分かりました。

頭に思い描いて、頭の中だけで操作できる子もいますが、そういう子は概ね算数、数学が得意ですので、無理に描かせる必要もありませんが、苦手な子、イメージできていなさそうな子には見える状態を作り出させることが効果的だろうと思います。

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