2021年3月 6日 (土)

ああ、嬉しい。

5までの数の把握から始めて、その後10まで、20までは比較的すんなり進んできたものの、100までの数の引き算でストップしてしまった、発達がゆっくりの低学年さん。この子のことは時々書いていますが、教具を何度見せても、頭に思い浮んでいる様子がなく、そういえば点つなぎがまだまだ苦戦状態だったのだと気づき、反省したのが先々週。

その後、自力でできそうな少し簡単な点つなぎに戻す代わりに、宿題に出す点つなぎの量を少し増やし、様子を見ていたのですが、今日は来てくれた時点で、以前ならかなり苦戦していた点つなぎが随分楽になってきた様子が明らかに感じられました。ほんの2週間だけど、見ていて、あれ?と思うぐらい、点の位置が見え始めているのを感じて嬉しくなったのですが、これもまた何度目になるか、これまで何度もやってきたものの、どうもぴんと来ていない様子だった、2桁ひく1桁の繰り下がりのある引き算を、まずは教具を使いながら少し長めにして、次にプリントも手で隠してもらったりしながら進めた後、数式だけのプリントに移り、43—7であれば、「上の3隠したら、あといくつ隠す?」と教具を使いながらやったやりとりの方法で尋ねると、時には指を見たりもしましたが、明らかに何か考えている姿を見ることができ、待っていると「あと4?」と答えてくれた後、「そう!」と言って「じゃあ?」とだけ言ってまた待っていると、「三十…六?」と答えが言えました。その後も何度か同じやり取りを繰り返すうち、何をしているのか、どう考えているのかが繋がり始めたのではと感じられ、最後は大きな声で答えられるようになりました。

その子は、筆算をすれば大体は答えが出せる状態ではあるのですが、頓珍漢な答えになってもそれがおかしいということには気づけない段階なので、できるものなら低学年のうちに、きちんと数を感じ、自分が何をどう考えて解いているのかを分かってもらえたらと思っていますので、これまで何度やってもなかなかピンとこない様子だった2桁ひく1桁が、何らかのイメージと共に考えられるようになりつつあることがとても嬉しく感じました。

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2021年3月 5日 (金)

どう違うんだ??

このところちょっと不調続きの低学年さん。元々計算はかなり得意で、結構楽しそうに解いてくれることが多い子なのですが、このところ、一体何があったの?というぐらい、たびたびおかしなスイッチが入ります。
それでも、今日は比較的ましだったのですが、前回間違いだらけだったため、文章問題の宿題の直しをしてきてもらったものを見ると、よく読むように書いて、赤で下線まで引いておいた問題を、まだおかしな間違いをしたまま持ってきました。

きちんと読んでいないのか、何か勘違いしているのか、どちらか判断できなかったので、問題を声に出して読んでもらったところ、きちんと読んでいます。それでも気づいてくれる様子がないので、「何をどれだけ買ったの?」と尋ねたところ「1個280円のケーキ1個と1個150円のプリンを3個」と答えました。問題文は「1個280円のケーキと1個150円のプリンを3こずつ」と書いてあるので、ケーキのあとの「と」を「ケーキ1個と150円のプリン3個」と読んでしまっているんだろうかと思い、「3個ずつってどういうこと?」と尋ねても「プリンを3個ずつ」と答えます。

なんだ?これはまたおかしなスイッチが入ったのか?それとも言葉の意味がわかっていないのか??と思いつつ、こう尋ねてみました。

「1枚10円の赤い色紙と1枚20円の金の色紙を2枚ずつ買ったら、色紙何枚あるの?」と尋ねたところ、「4枚」と即答しました。

なんで??(汗)

まだ自分で買いものをする経験も少ないであろう2年生男子なので、買い物することがイメージできていないんだろうかとも思いましたが、「ずつ」の意味も分かっていましたし、1枚10円、1枚20円と言っても、そこに惑わされもしませんでした。
でも、それを即答した後にも、ケーキとプリンがそれぞれ3個とは答えてくれず、ためしに「280円のケーキと150円のプリンを3個ずつ」だったら、何をいくつ買ったのか尋ねても6個とは言ってくれず、しまいには「1個」「1個」「3個ずつ」を見たのか、「5個」と言い出す始末…。

時間も過ぎていたので、これ以上やっても今日は無理そうだなと保留にしましたが、色紙なら即答できて、ケーキとプリンだと分からない、その違いは何なんでしょう…。(値段が高いとかもあるかもしれませんが、買った数を聞いている段階では値段がいくらだろうと関係ないように思いますし…。)

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2021年3月 4日 (木)

それがいい方法だとは思わないけど

年長の頃から来てくれているものの、ずっと数に関して苦労している子がいます。適当にやっているわけではないのはわかりますし、形などの問題にはさほど苦労せず、問題によってはスラスラ解いたりもしますので、その子の持って生まれた能力が、数に関する部分はでこぼこの「ぼこ」になっているのかもしれません。
仮にそうだとしても、その子は日々学校で授業を受けていますので、少しでも学校で困らないようにということを考えて、できることをしているのですが、数量感覚がなかなか伴わないこともあり、引き算は特に間に0があるようなものになると、何度やっても身に着かない状態が続いていました。

計算で苦労しているのはわかっているので、その子に関しては、暗算の問題でも筆算を使ってでも答えが出せればよいことにしているのですが、例えば、2000-123とかのように、何千とか何万とかジャストの数から引き算をすると、どうしても上から順々にくり下がってくることを覚えてくれない状態で、さてどうしたものかと。

がんばっているのにできないものを「なぜできないの?」と言われても本人もどうしようもありませんから、どうすればその子がその類の問題を解くことができるか、あれこれ考えました。
その結果、ジャストの数から1桁の数を引いた答えは少し考えたらほぼ間違えずに答えられるようになりました。(3000-2=2998のようなことです。)ですので、その子には、仮に「3000-182」という問題であれば、まず2を引いたらいくつになるか考えた後で、残り180を取るという考え方をすれば、間違える確率が格段に減りました。

そして、「こうやって考えたら解けるんだから、がんばって宿題もやってね」と言ったときに、計算用紙を手に取って「これ持って帰る。忘れたらこれ見てやる!」とその子から、宿題に対して前向きな言葉を聞くことができました。

年長さんの頃から数はあまり好きではなさそうだったので、嫌々やって間違いが多発しているのかと思ったりしていたのですが、100を超えてくると、その子にとってはイメージできない数だったのだろうと思います。それでも何とか答えを出そうとするのに、ほとんどバツになってがっかりしていたのかもしれません。傍から見たら、なんてまどろっこしい解き方をさせているんだと思われるかもしれませんし、例えば筆算の書き方を何度も何度も繰り返し教えて練習させれば、答えは出せるようになるかもしれませんが、その子にとって、その答えは全く何もイメージできていないものになってしまいます。

子どもの成長は読み切れないので、今は苦戦していても、きちんとその子が分かる方法で積み上げていっていれば、あるときぴょこんと段を超えるときが来るかもしれません。
今はまだ低学年なので、手間がかかる方法であっても、その子自身が考えられる方法、理解できる方法で答えを出してもらえることの方が大事なのではないかと思います。

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ちょっと切なくなる

先日から、算数、数学に強いコンプレックスを持ってしまった中学生さんとレッスンをさせてもらうようになったのですが、その子とレッスンをしていると、必要のないところで、力なく「ははは」と笑うことがよくあります。

私は、算数、数学が得意なお子さんとも苦手なお子さんともレッスンする機会を頂いているので、苦手な子には、今分からないことを恥じる必要も誤魔化す必要もないということは伝えますし、分からないところはひとつずつクリアしていけばいいのだという話もします。

ですから、少なくとも私の前では、分かったふりをする必要もなければ、取り繕ったり、笑ってごまかしたりする必要もないのですが(仮にそういうことをしても、ほとんどの場合、分かっているか分かっていないかは表情などを見て判断できますので)、その新人さんの場合、私にはそういうことをする必要がないということは理解してくれているのに、それでも必要ないときに何度も「ははは」と笑ってしまう。その姿を見ると、ちょっと切なくなります。

想像でしかないので、違うかもしれませんし、そのことを本人に確認することはかえって傷つける可能性もあるので、確かめるつもりはありませんが、これまで何年にも渡って、その子は、授業の内容の大半を理解できず、それでも授業は受けねばならず、日々学校は続いていき、友人関係も色々とあるわけで、その力ない笑いは、その子にとっての処世術のひとつだったのではないかと思うのです。

まだ数回しか一緒にレッスンをしていないので、すぐすぐ変化が現れるのは難しいだろうと思いますが、それでもレッスン中に「あ~あ!」というような声を出してくれることがあり、そういうときには声に力もこもっていますので、きちんと理解できた、納得できたのだなとわかります。そういう経験を算数、数学では長くしてこられなかったのだろうと思いますから、その「あ~あ!」といえる機会をできるだけ多く作っていくことで、コンプレックスが和らいでいくだろうと思います。
なんとか受験に間に合う段階で変化が現れてくれることを願いつつ、私もがんばろうと思います。

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2021年3月 3日 (水)

もどかしい

子どもの学びに限った話ではなく、例えばしなくてはいけない仕事が山積していて、どれも期限があり、期限内に終わらせるにはひとつひとつ丁寧にやっていては間に合わないかもしれない、仮に間に合うにしても、それだけの量を丁寧にというのは気合いや覚悟が必要になるというような場合、大人でも手を抜いたり、やっつけ仕事で片付けたりしてしまうのはいくらでもあり得ることだろうと思います。

少し考えたらそんな当たり前のことでも、「子どもの勉強」となると、何か別物と思ってしまう大人もいるのでしょう。
更に厄介なのは、結構広く、「定着させるには反復が必要だ」という考えが信じられていることもあるのでしょう。

もちろん、ものによっては反復が必要なものもありますし、好き嫌いなどによってもぱっと覚えられるものとなかなか覚えられないものなどもあるでしょう。ただ、例えば小学生の頃に宿題になりがちだった百字帳に同じ漢字を何度も書くような宿題は、退屈だし、やっつけ仕事で書くので、ひとつひとつ細かいところまで気を配って書く子は稀ですし、間違えたまま何度も書くとむしろ害になったりもします。
それであれば、細かいところまで意識を向けながら、これ以上丁寧には書けないというぐらい丁寧にひと文字だけ書くのと、どちらが記憶に定着するかは、後者である可能性は少なからずあります。

計算問題も同じような問題を大量にせねばならないとなると、集中が続かなくても不思議はありませんし、いちいち考えていてはくたびれますから、適当に終わらせるということになってもおかしくありません。
適当に20問やるのであれば、3問連続正解したらそれ以上はしなくていいというふうにして3問きっちり考えるほうが有効な場合もあります。

教室のプリントの問題を減らすとか、宿題を加減するとかは可能ですが、学校の宿題に関しては私にはどうしようもないところなので、学校の宿題が多い場合、子どもがじっくり取り組まないとしても無理はないのだろうと思います。

たくさん宿題などを課す先生は、反復させて定着させようと思っているのかもしれませんが、それが好きな子はたくさんしなくても身に着くでしょうし、嫌いな子はたくさんすることがストレスになりますから、なんとももどかしいというか、悩ましいというか…。
それぞれの子がきちんと問題に向き合って考えられる程度の量の課題をうまく与えるというのは、クラス単位になるとやはり難しいものなのでしょうね。

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2021年3月 2日 (火)

そういうの嬉しい

「天才系」でちょっとつかみどころがなく、ほとんどの子がすんなりクリアするようなところでめちゃくちゃ苦戦したかと思えば、これは難しいかもと思うようなものをひょいっと解いてしまうこともあるようなタイプの子とのレッスン。

数ヶ月前に割り算の筆算をしようとしたところ、暗算は全く抵抗なく解いたのに、どうしたことかものすごく激しい抵抗を示し、それは宿題で、おうちの方が働きかけてくださっても全くダメだったのですが、数ヶ月保留にし、その間に3桁や4桁の数を1桁で割る暗算などは問題なく進み、学校で九九も完全に覚えたので、前回再び出してみたところ、あの抵抗は何だったんだろうというほどあっさりクリアしました。

今回もその続きだったのですが、筆算ばかり続くとぼ~っとしてくる子も少なくないので、間に文章問題を挟みました。
しかし、うっかりしていて、そのプリントの中には3桁÷2桁や4桁÷2桁をしなくてはいけないものがありました。(それはまだ一緒に学習していませんでした。)

でも、1問目は気づくのではないかと思う数だったので、黙って見ていると、やはり答えを出せました。
しかし、2問目は3000÷16を考えねばならない問題だったので、ひとまず引き取って後日にしようかなと思いかけたところ、その子が「10回で160だから…」とブツブツ言い始めました。単位換算が必要な問題だったため、初め、300÷16と勘違いしていたようで、更にはそれでもまだ答えは間違っていたのですが、その子なりに考えた式が「300-16×10=140」でした。

もちろん、まだ140も余っているので、色々考え足りないところはある上に、本当は3000÷16なのですから、問題を解くという意味では「全くダメ」と言われるのかもしれません。ですが、まだやったことのない問題を「わからない」とは言わず、その子なりに10回分で160になるから、それを引いたら余りが出ると考えたことがすごいなと思いました。

その辺りで時間が来ていたので、続きは次回に回すことにしましたが、そうやって考えることができれば、16×100で1600。まだ1400残るから…と考えて、きっと答えに辿り着くことはできるはずです。
そして、そういう考え方ができるようになってから筆算をすれば、筆算の考え方の意味がきっと理解しやすくなるだろうとも思います。

やったことのないものを、既存の知識を駆使して考えようとする姿を見ると、とても嬉しくなります。

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2021年3月 1日 (月)

3月

今日はすっかり春の陽気でしたが、明日はまた寒くなるとか。
1月は行く、2月は逃げる、3月は去るとかいいますが、ぼ~っとしていると、あっという間に今年度が終わりそうです。
家では悲しいぐらい仕事が捗りませんが、新年度に向け、なんとか自分で自分のお尻を叩きながらがんばろうと思います。
今月もどうぞよろしくお願いいたします。

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2021年2月28日 (日)

2月28日

今日で緊急事態宣言が解除になりますね。
そうは言っても、子ども達の生活は特に変わらぬまま、まだしばらくはマスク生活が続くのでしょうね。

ここに来て、県内の感染者数が明らかに減っていますが、それは寒さが和らいできた季節的な影響なのか、飲食店の時短が功を奏したのか、その辺りのことを知りたいなと思います。
遅くまでお酒を飲みながら会話を交わし、酔いが回ると当然感染対策にも気が回らなくなっていくだろうとは思いますので、もし飲食店の時短の影響が大きいのであれば、日常生活はそこまでピリピリしなくてもいいということになるかもしれませんし、何より、子ども達は学校生活ではマスク着用をしなくてもいいということにできるかもしれません。
なんというか…1年も経つのに、そういう検証のようなものが一切出されていないような気がするのですが、未知のウイルスだと難しいのでしょうか…。

明日から3月。今年度もあとひと月ですね。
早く、新型コロナ以前の日常が戻ることを願います。

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2021年2月27日 (土)

2月最終日

2月は28日までの上に明日が日曜なので、今日が2月の最終レッスン。
今年ももう2か月が過ぎたのかと思うと驚きますね。
コロナ禍がいっこうに収束しませんが、あとひと月で今年度も終了します。
週明けには新年度のレッスンに関するアンケートを順次お配りする予定ですので、ご回答のほどよろしくお願いいたします。

それにしても、全世界的に同じウイルスが広がり、1年経ってもまだ収束の目途が立たず、更には新型に変異を続けていて、自分が生きている間にこんなことを経験することになるとは全く想像していませんでした。
10年ほど前に新型インフルエンザが流行した際は、世界的に大きな影響はありませんでしたし、国内でも程なく収束(というか、普通のインフルエンザの仲間入りを)したので、あのとき他県のお知り合いなどにお願いして送って頂いた使い捨てマスクの大半がそのまま残ったのを覚えています。

日本だけとかアジアだけとか、限られた地域で広がったのであれば、他国からの応援なども受けられたかもしれませんが、今回に関しては地球規模のパンデミックともいえる状況ですから、考えるほど気が重くなります。

丸1年マスクでの学校生活を強いられた子達のことを思うと、本当に1日でも早く、マスクを外し、大きな声を出し、友達と思い切りおしゃべりしたり、ふざけ合ったりできる日が戻ってきてほしいと思います。

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2021年2月26日 (金)

気持ち悪さを感じてほしい

これまで何度も書いているように、私自身は子どもの頃、習ったことを覚えて解くという勉強の仕方をしていたので、公式なども教えられれば疑問を持たずに覚え、当てはめて答えを出しているものの、どうしてそれを使えば解けるのかなどはあまり考えたことがありませんでした。
そういう勉強をしていると、解けた喜びも薄いのですが、覚えたものを忘れて解けなかったとしたら、また覚え直すだけで、モヤモヤする気持ち悪さを感じることはなかったように思います。

ですが、教室を始め、きちんと意味を理解しながら解くようになってからは、意味は分からないもののとりあえず解けるという状態ではどうにも気持ち悪さが残るようになりました。少なくとも、その状態は「理解できていない」状態なので、子ども達に向き合えないことになります。もちろん解き方だけ説明して解かせることは可能ですが、それはここですることではないと思っているからです。

そんな教室を続けていると、小さい頃から考えて解くのが当たり前になった子達の中に、学年が上がっても、説明だけ聞いてとりあえず解くということは気持ち悪くて嫌だと感じるようになる子が増えてきます。それは同時に、理解して解けたときの快感を知っているからともいえるのでしょう。

学年があがってから来てくれる子達の中には、昔の私のように、習ったことを覚え、反復し、きちんと理解はしていないけれど、とりあえず解くという状態の子がいます。そういう子達はその癖を抜かなくては、自分で考えるようになりづらいですし、解けた快感を感じることもなかなかないでしょう。
今、そういう癖がかなりしっかりついてしまっている子とレッスンをさせてもらっていますが、今は毎回のレッスンが根競べのようです。それでも今日はある問題で「あっ!」と言った瞬間がありました。少なくとも、その瞬間は、その子がはっきり気づいた瞬間です。本人の自覚があるかどうかは分かりませんが、その瞬間、何らかの快の感覚があるはずです。その経験を重ねていくことで、理解せぬまま適当に答えを出すことに気持ち悪さを感じるようになってくれることが多いので、なんとか少しでも早くその状態に辿り着いてほしいと願いつつ、まだまだ根競べが続きそうです。

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